第一章30 アルザス渓谷の戦い1
ラローズ視点 時は少し戻ります。
『魔族軍に動きあり、開戦の準備されたし――』
その知らせを受け、事前にウンディーネ様より聞いていた私達はすぐに準備に取り掛かった。
アルザス渓谷……… それは二年前の【アルザスの悲劇】の舞台だ。
私たちはあの場所で、再度人族の天敵である、デーモンスライムのカヴァ将軍と相まみえることになるのだろう。
私たちは、お世話になったサンソー村の人たちに別れを済ませ、訓練キャンプ所を後にした。
一週間ほどで王国に帰り着くと、王都ではすでに出撃準備は整っていた。 王都に帰還したからといって休む暇などなく、王都の部隊と合流して翌日にはすぐ出撃し、そして一週間ほどでアルザス渓谷に到着した。
移動中に休息は一切取らなかった。 魔族軍には奇襲で先手を撃ち、僅かでも敵に打撃を与えるためだ。
あれほど同盟国にカヴァ将軍が動き出すという情報を伝えていたにも関わらず、同盟軍からの援軍は一切なしだ。
いまだに人族は滅亡に対して他人事、自分とは違う世界の出来事だとでも思っているのだろうか。
だけど…… そんな人族の都合などカヴァ将軍には関係ない。 この進軍で私たちを確実に潰しにくるだろう。
それでも――!
「今回は前の様にはやらせない! 必ず打ち破って見せる!」
私は自分の頬を叩き、気合を入れる!
だが、そこに斥候からの連絡が入る――!
「大変です!! ラス・カーズ将軍! アルザス渓谷中央、開戦予定地、その北の崖上に魔神軍の旗が見られます!」
「ッ――なに!」
「旗の識別から、魔神軍ラトゥール将軍かと思われます!」
「な…… なんだと! 【神槍ゲイボルグ】のラトゥール将軍だと――!」
(この世界に神など居ないのですか…… このタイミングで魔神族なんて………)
魔神族は、全種族中最強の一角! 強大な勢力を誇る。
十年前、人族が他種族に対し大反撃を行った際、その魔神族の五将の一人【剣鬼ラフィット将軍】を打ち取ったのだ。
剣鬼ラフィットは、全種族で知らぬ者がない程の有名な将軍だ。 ラフィットが討たれた訃報は瞬く間に全世界を駆け巡った。
そしてどの種族も、大国の魔神族が大規模な報復戦争、弔い戦を行うと予想していた。
だが、魔神族は動かなかった………
いやむしろ、そこから魔神族に一切の動きが無くなったのだ。
このあまりにも不自然な魔神族の動向に、全種族が混乱した。
『この大事に動かない…… 動けないのか? これはチャンスなのでは?』
そう思う者も少なくはなかったが、結局魔神族のそのあまりの強さに、どの種族もこの機に動くことはできなかった。
人族の勝手な考察だけど…… ラフィット将軍の死は、仲間の裏切りに寄る可能性が高い。
高潔な魔神族は裏切りを決して許さない。
『もっとも強大な将軍が、魔神族のタブーとされる裏切りで死んだ』 この事実によって魔神族内部で何かが起きているのだろう。
それなのに…… このタイミングで、一〇年の時を経て魔神族軍が動いた。
最悪だ!
「ねぇラス。 たしかラトゥール将軍の許婚がラフィット将軍だった覚えがあるのだけど………」
この一言で皆が息を飲んだ………。
「これは、ラフィット将軍の弔いの為に、魔族軍と手を組んだと考えるのが自然だろうな………」
皆が力無く頷いた。
「これは、勝ち目が無いわね…… でもなぜ今頃になって……」
「しかしこのままでは、どちらにしても負けだ! カヴァ将軍もラトゥール将軍も、まだ戦闘の準備が整っていない。 この好機を生かし魔族軍をなんとか全滅させて、それを見た魔神軍が引いてくれる事を祈るほかないだろう」
(私がラトゥール将軍ならむしろ、魔族軍と戦い、人族軍が弱ったところを漁夫の利で攻め込む…… そんな事はラスも分かっているでしょうけど、でも戦うしか無いのね…… 私達にはもう)
「今夜だ――! 今夜は月が無い! 闇に隠れて奇襲を行う――!」
――イエス、マイロード!――
ラスの掛け声に呼応して騎士団全員が気合を入れて、準備を始めた。
その晩、私達は夜襲をかけた。
渓谷の東に展開する魔族軍に対し、西、北、南、三方向からの包囲攻撃。
精霊魔法をチラつかせる為に、魔法攻撃を中心に行う。
⋘―――Φλόγαμπάλα(火炎球)―――⋙
一斉に三方向から【火炎球】が魔族軍に打ち出される。
魔族軍兵士部隊、火薬庫、食糧庫、攻撃対象を班分けし、効率よくダメージを与えれるようにする。
ドンッッッ──!!!! ズンッ……ズズズズズズッ!
月明りもない暗闇に、真っ赤な火炎球が降り注ぎ、爆音が響き渡り、魔族軍陣営は火の海と化した。
私も魔族軍兵士部隊への攻撃班、特にデーモンスライムへの攻撃に参加する。
火炎球に水属性を与え打ち出す――!
水蒸気爆発により、他の魔法師よりも数倍の威力の爆発が起きた。
結果は水属性火炎球の直撃したデーモンスライム、4~5体が消滅したようだ。
さらにその周囲にもダメージを与えている。
「ッ――よし! デーモンスライムに効いている!」
奇襲は成功し、私たちは魔族軍に打撃を与えれたようだった。
私の精霊魔法はデーモンスライムに二年前は傷程度しかつけられなかったけど、今では結構効いてくれたようだ。
しかし、私が一晩に撃てる魔法は二十発程度が限界で、それも水属性を付与してとなると、その数はさらに少なくなる。
私は何度も魔力回復ポーションで補いながら、限界まで攻撃を続けた。
ラスは魔神軍が現れた時点で、今晩の奇襲で勝負を決めようとしていた。
精霊魔法が、デーモンスライムに一番ダメージを与えられるのは、カヴァ将軍が準備できていない今日だけだと言う事もある。
それに応え、私も今晩で潰れてしまうほど限界まで、魔法を打ち続けた――。
空が白むころ、奇襲作戦は終わりを告げる。
これ以上続けると、両軍泥仕合の消耗戦になりかねないからだ。
結局今晩の奇襲の戦果は。
デーモンスライム以外の兵士には、ある程度のダメージを与えたが……
肝心のデーモンスライムは、五~六十体ほどしか倒せなかったのが現実だ。
最初の攻撃は順調だった、しかし魔族軍はすぐに我々の意図に気づき体制を立て直した。
固まっていたデーモンスライム兵を、他の兵士の中に分散させ、一度の精霊魔法で倒される数を少なくしたのだ。
人道的に考えれば、他の兵士を盾役にした外道の戦術だが、戦略的に考えれば正解だ。
一晩で上げた表面上の戦果としては、今晩の奇襲は成功だったが………
出来るだけ多くのデーモンスライムを、今日倒したいという人族の戦略は失敗に終わった。
残念ながら、今後の展望としてはデーモンスライムの被害を五~六十体にまで抑え込んだ、カヴァ将軍が戦場の主導権を握るだろう。
奇襲明けの作戦会議用テントには、各部隊の将軍が集まっている。
テントの外では、奇襲の成功、戦果に兵士たちは大盛り上がりで騒いでいる。
しかし、作戦会議に集まった将軍たちは沈痛な面持ちで集まる。
「兵士の士気は最高潮に達しているが……、この勢いで押し切れないだろうか……?」
「無理でしょうね…… 表面的には大勝利ですが、内容はデーモンスライム兵五十体ほどの損害しか与えられていない。 もちろん兵士の士気を保つために、そんな情報は伝えませんがね……」
「ごめんなさい、私がもっとうまくやっていれば……」
「いやラローズ殿、二年前全く倒せなかったデーモンスライムを、今回は倒せたのはあなたのお陰だ、その精霊魔法師と言う武器を、最大限に使いこなせなかったのは我々の失態だ」
「そうだな…… 悔しいがカヴァ将軍の方が、一枚上手だったと言う事だ」
「………………………」
作戦会議は、結論が出るわけもなく、新しい打開策は何も無かった。
ただ唯一の朗報は、魔神軍が動かない―― と言う事だった。
その後、何度か両軍は様子見で、小さな小競り合いを続けた。
人族軍は魔神軍とデーモンスライムを恐れながら………
魔族軍は人族軍の精霊魔法師部隊を恐れながら……
戦いは膠着状態になっていた。
不気味に崖上に陣取る魔神軍は幸運にも動かない。
だがしかし、人族の精霊魔法師はラローズのみ。
魔族軍も、徐々に人族の精霊魔法師が少ないことに気づきだしている……
二年前のように、一気に壊滅とはならないが……、戦いがじり貧になって行くのは明らかだった。
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