第六章24 大規模討伐クエスト準備
アマンダが『レクラン』に加入してから、教会の魔法講習が行われる日以外は、毎日のようにアマンダとクエストに出かけていた。
それは、皆が魔法の実践訓練を行いたかった事も有るが……
『近いうちに変異種ファイア・ウルフの大規模な討伐計画が行われる』と言う情報に、フローラが異常に興味を示したからだ。
俺がドライアドから聞いている情報だと、変異種のファイア・ウルフは十二匹いた。
そのうち二匹は俺たちが討伐したから残り十匹となる。
そしてその十匹の中にはA級とB級相当が一匹ずつ居る。
さらに諜報部のメリダの情報では、このファイア・ウルフは『ロマネ帝国』が行っていた魔獣の強化実験、その被検体が何らかの事故で逃げ出したと言う。
そしてこの頃、森で発見される見知らぬ冒険者の遺体は、帝国が証拠隠滅のため送った者達らしい。
自分たちの実験のために命を弄び、手に負えなくなったら処理しようとしている。
なんとも腹立たしい話だ。
しかし現実問題、事件は帝国ではなくここシャンポール領土で起こっている。
身勝手な帝国の者達がどうなろうと、自業自得だろうと思ってしまうが……
シャンポール国民にも被害が出ている現状では捨て置くことも出来ない。
現にアマンダのパーティーは全滅してしまった。
「う~ん…… だけど気が進まないな」
「どうしたの? ディケム」
俺の独り言に、ララが少し心配そうに尋ねてくる。
この頃、総隊メンバーとは別に、『レクラン』メンバーと行動する事が多いい俺は、夕食後の時間は毎日、神木下のテラスでラトゥール、ララ、ディック、ギーズとお茶の時間を取っている。
「魔の森に迷い込んだ変異種のファイア・ウルフだよ」
「A、B級が一匹ずつ、あとはC級が八匹だっけ?」
「あぁ」
「私がササっと片付けておきましょう。 ディケム様のお手を煩わせる事は御座いません」
「いや、ラトゥールありがとう。 だけど今回は良い。 これくらいは冒険者達で解決していかなければ、冒険者組織の意味が無くなってしまう」
「ですがディケム様。 A級の変異種は、冒険者どもには少し荷が勝ちすぎていませんか? あまり被害が拡大するのも如何なものかと……」
「そうなんだよな。 だけど人のエゴで強化された魔獣を『手に負えなくなったから手っ取り早く殺してしまおう』と言うのも少し違うと思わないか? だけど…… だからと言って被害を放っておくこともまた否だよな」
「ディケム! そんな事を言ってるとキリがないぞ! 向こうも牙を剝いてきたんだ、同じ土俵に立ったのなら、勝負の勝敗こそが公正だ! 勝った方が正義、負けた方に同情する必要は無い」
「ディック…… お前強くなったな」
「甘い事を言っていると、大切なものを失ったときに後悔するからな」
そう…… これ以上の被害が出る事は無視できない。
そして、この国の上位冒険者、民衆の守り手と言われる『黒の牙』でさえBランクだ。
A級の魔獣は手に余るだろう。
そして懸念材料はまだある。
冒険者ギルドが討伐対象の変異種ファイア・ウルフに、A、B級相当が居るのを知らない事だ。
下手をすれば甚大な被害が出る恐れもある。
「ラトゥール、それとなく冒険者ギルドに情報をリークしておいてくれ」
「はっ!」
「玉藻!」
「はいさ! ボス!!」
俺の呼びかけに、ララの懐から九尾の玉藻が飛び出してくる。
「ファイア・ウルフの件、お前も把握しているな?」
「はい!」
「なら監視を頼む。 基本は手を出さなくていいが、もし甚大な被害が出そうな時は、お前の判断で対処しろ」
「被害が甚大でなかった場合は?」
「全てお前の判断に任す。 必死に生きようとしている命を、一方的な理由で殺さなきゃいけない道理はない」
「ユア グレイス」
それから数日後。
冒険者ギルドの招集の元、大規模な討伐作戦が始まろうとしている。
王都北門にはギルドの招集に呼応し、沢山の冒険者が集まっている。
俺はいつものように王宮にフュエ王女を迎えに行く。
「おはようございます。 ディケム様」
「おはようございます」
「フュエ殿下。 せっかく身なりを整えて頂きましたが、申し訳ありません。 新しい装備が出来上がりましたので、この装備に御召し変え下さい」
俺はやっと完成した、ララ達四門守護者が着ている装備と同じ。八属性のオリハルコン糸で作った装備をフュエ王女に渡す。
デザインは淡い水色を基調とした、ボレロ風のコートと『神現祭』風のシアファニー調ワンピーススカートを組み合わせてみた。
ようは少し白魔導士っぽい修道院のイメージを織り交ぜた、今時っぽいお洒落服だ。
防御力には自信が有るのだが…… デザインも気に入ってくれると嬉しい。
「あの…… これは?」
「ラトゥールやララが着ている装備と同じ素材でできています。 今、私が作れる最高の装備です」
「これがあの四門守護者の方々だけが着ていると話に聞く装備ですか。 あの……ディケム様。 大変うれしいのですが、私には過ぎた装備だと思います。 私なんかが着るのは勿体ないです!」
「フュエ殿下。 あなたは王女。 多くの者があなたを守る為に命を掛けます。 ですがもしあなた自身が強ければ、護衛する者は助かります。 多くの護衛兵の命を失わせずに済むでしょう」
「…………」
「あ!? それとも…… もしかしてデザインが気に入りませんでしたか?」
「ディケム様、わたしが浅慮でした。 命は代えが効きません。 私がこの装備を身に付ける事で、一人でも多くの護衛兵の命が助かるのでしたら、喜んで着させて頂きます。 ありがとうございます。 あっ! それと…… デザインは大変気に入りました!」
「それは良かったです。 あぁ…… それから、後から言うのは申し訳ないのですが、まだマナを勉強していないフュエ殿下は、この装備の力をほんの少ししか引き出すことは出来ません。 ですからこの装備を着ているからと過信をしてはなりません。 正直今のラトゥール以上の力が無ければ使いこなせているとは申せません。 ララですら使いこなせていないのですから。 これからもっと勉強をして頂き、いずれ使いこなせるようになってください」
「ララ様でもですか…… わ、私がんばります!」
「出来るだけ多くの時間この装備を着て頂ければ、装備はフュエ殿下のマナに染まり、より一層馴染んでいきます。 そしてフュエ殿下の得意な属性が定まり才能が開花したとき、この装備に込められている属性も呼応してフュエ殿下にさらなる力を貸してくれる事でしょう」
「…………」
「すみません、話が少し難しかったですね。 便利服として出来るだけ沢山着て頂ければ良いのです。 この服は汚れも浄化してくれるし、服の傷もアウラの属性が修復してくれて便利です。 特に冒険に出た時など清潔で居られて良いですよ」
「はい! それと先ほどの話もなんとなく分かりました。 私の成長と共に一緒に育ってくれる服なのですね! とても楽しみです!」
育つと言うより、力を引き出せるようになるって事なのだが。
まぁいい。 俺の契約精霊が増えると、この服の属性も増える。
厳密に言うと、俺が成長するとこの装備も成長するって事だ。
俺とフュエ王女も冒険者達が集まる、王都北門に到着する。
すでにレクランのメンバーもそろっている。
「あらフュエ! 装備変えたのね…… 凄い素敵だけどそんなお洒落服で大丈夫なの? 今までのローブの方が強そうだったわよ!」
「そうそう、今日は大事な大規模な討伐作戦の日なのだぞ、我々だってこの『ドサージュの店』で作ったスペシャル装備で挑むのだ!」
ミゲルが他の冒険者に聞こえるように、『ドサージュの店』で作った装備と声を上げる。
ドサージュが作った装備を使える事は、冒険者の一つのステータスだからだ。
シャルマはそんな自慢はしないが、普通にフュエ王女を心配している。
まぁマナが見えない者はそう思うだろう。
見た目だけで言えば、今までフュエ王女が着ていたゴブラン織りのローブの方が冒険者ぽく見える。
だが、マナが見えなくても、感じることが出来るフローラとアマンダは、フュエ王女の装備に息を呑んでいる。
なんとなく感じてしまうのだろう、この装備が内包する膨大なマナを。
「これが、ディケム様が私に下さった最高の装備です! これで大丈夫です!!」
フュエ王女の言葉に、『それならまぁ良いか』とみな納得して、レクランのメンバーでまとまり、冒険者達が集る輪に入って行く。