第六章22 冒険者行きつけの店
予想外に大きなグレーターボアを仕留めた事で、荷車を調達する。
「でも今回もちょうどよく『運び屋』が近くに居て良かったわね! いない場合は王都まで調達に行かなきゃいけないしね」
近頃、人が通る街道沿いには、『運び屋』と言う仕事を生業にしている業者がいる。
その業者は大抵人を運ぶ馬車を運営しているのだが、その流通網を利用して荷も運んでいる。
人も荷物も運ぶ、だから人々は『運び屋』と呼んでいるらしい。
だから馬車を見かければ、荷車を頼むと持ってきてくれる。
「前回も『運び屋』が近くに居たのかい?」
「うん、そうそう! ちょうど荷車あるから使ってくれって」
「…………。 私はそんな偶然にあったこと無いぞ」
シャルマの言葉にアマンダが怪訝な顔で俺を見るが、直ぐに諦めた顔をする。
まぁ怪訝にもなるだろうな……
もちろんそんな偶然はそう有るはずが無い。
俺は王都に『運び屋』、流通の商会を作り諜報部のメリダに任せている。
王都、人族中の情報を把握し、迅速にその情報を伝達するためだ。
情報網を構築し、それを伝え操作する流通網を構築する。
王都防衛には必要な事だ。
メリダの部下が、俺たちの行動を見ている。
そして荷車を持ってきて、街道で偶然を装って待っていたのだろう。
俺達は依頼のホーンラビット十匹とグレーターボア一匹を冒険者ギルドへ運び込む。
ちなみに、丸焦げや肉を切り裂きすぎて商品価値の無くなったホーンラビットも、あとで自分達が食べるように運んできている。
「お疲れさまでした。 クエスト達成です」
ギルドの受付嬢が獲物を確認する。
追加依頼は『ワイルドボア』だったが、『グレーターボア』の方が価値は高くて美味い。
だが報酬金の上乗せが有るかどうかは、のちほど依頼主と要相談だ。
依頼は『ワイルドボア』だったのだから仕方がない。
しかし討伐記録として、今回の『グレーターボア』はとても大きい事から『D級プラス』と判定された。
変異種とまではいかないが、異常に大きな『グレーターボア』が近頃ギルドでは話題になっていたそうだ。
その話題の獲物を、また出来たばかりのパーティー『レクラン』が仕留めて来たのだ。
ギルド内の冒険者たちから、賞賛の視線を向けられるが……
今日の狩りの内容があまりに酷かったことから、さすがに俺達は居たたまれなくなり、早々にギルドを後にした。
それから俺達が訪れたのは本日のメイン、冒険者が獲物の素材を持ち込み加工してくれる店。
店の看板には『ドサージュの店』と書かれてある。
「ドサージュの店?」
「そう。 ここの店主がドサージュって言うの」
「でもそれじゃ何の店か分からないじゃない?」
「そう! ただのバカなのよここの店主は」
恐る恐る店内に入ると……
誰も居ない店の奥に、仏頂面のガタイの良い男が一人座っている。
「ドサージュ。 客だ」
「アマンダ! お前のパーティーが全滅して、お前は大怪我を負ったって聞いたが……」
「あぁ、みんな死んじまった…… 私は辛うじて生き残って、彼らに助けられた」
「そうか…… お前らアマンダが世話になった。 こいつとは腐れ縁でな。 こいつの恩人ならお前らの仕事を請け負おう」
「みんな。 このドサージュは腕が良いけど偏屈でな。 確かな客の紹介以外は仕事を受けないんだ」
⦅だから店には誰も客がいなかったのか…… でもそれで食べて行けるのか?⦆
「みんな『それで食べて行けるのか?』って顔してるね?! それがムカつく事にこのドサージュは腕がいい。 顧客にはあの英雄ラス・カーズ将軍とそのパーティーも居るんだ。 だから奴に仕事を頼みたい冒険者はごまんといるのさ」
⦅なるほど、ラスさんのご用達の店なのか⦆
アマンダが店のカウンターにファイア・ウルフの素材を並べていく。
「ほぉ~ これは変異種か? なかなかいい素材じゃないか」
「あぁ、これでそこのミゲルに革の鎧と、シャルマとフローラに革のボレロを作ってくれ。 それから牙を使ってナイフを六本。 後の素材はキープで頼む。 パーティー名は『レクラン』だ。 それと私のパーティーの素材もそこに移してくれ」
この店は、客の持ってきた素材を取り置きしてくれるらしい。
そしてその都度必要なものを作ってくれるそうだ。
「そこの二人の分はナイフだけで良いのか?」
「あぁドサージュ、よく見てみろ。 あの二人には必要ない」
確かに、俺とフュエ王女の装備は、変異種ファイア・ウルフの素材よりも良さそうだ。
俺の革の服も、精霊ルナの洞窟に保管した事で、かなり内包するマナ量が増しているからだ。
「…………。 確かにその二人が着ている装備は、何かおかしな事になっているな。 元の素材としてはこの変異種素材に劣るのに、何かの加工で上位の装備になっている。 俺にはこんなことは出来ない…… まだまだ勉強不足なようだ」
マナが見えないであろうドサージュも、アマンダと同じ冒険者の勘的なもので、内包するマナ量をかぎ分けている。
それはそれで感心させられる。
⦅この二人、下手な勇者よりも素質があるんじゃないのか?⦆
『ドサージュの店』で装備の依頼を終え、次は冒険者行きつけの酒場に向かう。
時間的にも食事時で丁度いい。
そしてたどり着いたのは【とまり木】と言う店。
『…………』 『…………』 俺とフュエ王女は固まる。
「ん? どうしたディケムとフュエ?」
「いや…… ここ俺の学友の親がやっている店でした」
「へ~ って事は看板娘のポートと知り合いって訳だ!」
そう…… ここはポートの家だ。
そう言えば失念していた。 ポートの両親が営む店は冒険者に特化した店だった。
冒険ギルドと連携して、ソロの冒険者とパーティーの橋渡しをしていると聞く。
さらにアマンダは説明してくれる。
この店はドサージュの店と同様に、獲物の素材を保管してくれるらしい。
だがここはドサージュの店と違い食事処だ。
『え? 生肉を保管できるって事?』と皆驚きを示す。
そう。 普通、腐りやすい食材の長期保存をすることは出来ない。
『干す』か『塩漬け』にするとか加工をするほか無い。
王宮になると、天然氷を山から取り寄せ『氷室』と言う冷蔵倉庫を作っている。
しかし、貴族を含め一般市民に『氷室』を作る事など出来るはずが無い。
では魔法はどうだろうか?
魔法は便利だが一時的なモノ。
継続的に冷やしたり凍らす事は出来ない。
だがもし、冷却用の設置型魔法陣に継続的にマナを補充する事が出来ればそれは可能になる。
そう、俺ならそれが出来る。
ようはソーテルヌ邸や王都に張っている『精霊結界』と仕組みは同じだ。
俺はソーテルヌ邸に張った『精霊結界』維持の為に【精霊結晶】を触媒とし、マナの通り道の井戸と触媒を繋ぎマナを自動的に補給している。
その応用で『薬草畑』にマナを行き渡らせたりしたが、ついでに魔法陣を設置した『氷室』にマナを繋ぎ冷蔵倉庫を作ったのだ。
そして王都全体に『精霊結界』を張った時。
王都に点在するマナの通り道に適した場所に俺は『精霊結晶の像』を設置した。
そこにたまたまポートの家(酒場)の庭にある井戸が有った。
ソーテルヌ総隊の側近となったポートが、邸宅に設置されている『冷蔵倉庫』を見たとき、感激し俺に懇願してきた。
『うちの酒場にも作って欲しいと……』
『まぁ…… ポートには世話になっているし、良いよ』と作った事を今思い出した。
なるほど…… なかなかポートも商売上手らしい。
腐りやすい獲物の生肉を長期保損できるとなれば、食を売りにしている酒場の唯一無二の強みになる。
そして食材を預けた客は必ずその店に食べにくる。
確かにポートの店はいつも大繁盛のはずだ。
俺達はアマンダの後について店内に入る。
「あらアマンダさんいらっしゃい!」
「ポート、依頼のホーンラビット十匹と、ワイルドボアじゃないけどグレーターボアを持ってきた。 納めてくれ」
「まぁ、『レクラン』ってパーティーが引き受けてくれたって聞いたけど、アマンダさんだったの――…… え! ディケムさぁ……ん…………」
ディケム『様』と『さん』がごっちゃになっている。
フュエ王女を見て、すぐに察してくれたのだろう。
「ポート、私のパーティーが全滅したのは知っているかい?」
「はい…… 皆さん良い人たちだったので、とても悲しかったです」
「辛うじて息の有った私を助けてくれたのがこのパーティーだ。 私は頼み込んでこのパーティーに入れてもらう事にした」
ポートは目を見張り俺を見る……
ポートの目が『ディケム様! これどうするんですか?!』と言っている。
うぅ…… フュエ王女も居るこのパーティー、どうなるんだろう?
もう成るようにしか成らないと、俺は諦めている。
「ポート、今日はレアな良い肉もいっぱい持ってきたから預かっておいてくれ。 それから売り物にならないホーンラビットの肉がいっぱいあるから料理して出してくれ、余った肉は他の客にも振舞ってくれ」
『他の客に振舞ってくれ』の言葉に店は大盛り上がり。
新参のパーティー『レクラン』の良いお披露目になったようだ。