第六章19 私のロート
フローラ視点になります。
草むらに寝転んだ私に赤茶色の子犬が駆け寄ってくる。
私の上に飛び乗った子犬が『ダメ』と言っても私の顔を舐め回す。
子犬は私の後をついて回り、ほんの小さな事にも興味を示す。
「ママこれなに?」
「ママ一緒に遊ぼうよ!」
「ママ、一緒に寝よ」
「ママずっと一緒だよ」
「ママ~ ママ~! ママ――……」
いつもそこで私は目を覚ます。
私は何度も何度も同じ夢を見る。
私の周りを赤茶色の子犬が駆け回る夢を。
「犬が喋れるわけ無いのにね……」
私の頬は涙で濡れている。
私は小さい頃、庭園に迷い込んだ一匹の子犬を見つけた。
貴族の窮屈な暮らしに飽き飽きしていた私は庭園の外れ、庭師の道具小屋に隠れてその子犬を育てていた。
名前は「ロート」とつけた。
簡単だけど『赤』という意味。
ロートの赤色が、早朝に昇り始めた太陽の光に照らされて山肌が赤く染まる現象。
『モルゲンロート』の色にそっくりだったから。
ロートは全身が赤毛で胸のところに白い月のような模様がある。
私の可愛い子
ロートを見つけてからの私は、世界が華やいで見えた!
私はロートとの時間を増やすために一生懸命勉強し、少しでも自由な時間を作り、毎日ロートに会いに行った。
ロートは私が会いに行くと私に飛びつき甘えてくる。
私の後をついて周り、私が帰る時間になると寂しそうに鳴く。
「あぁ、この子とずっと一緒に居られたら良いのに……」
そんなある日、庭師のジエッタお爺さんからロートの事を聞いてしまう。
「フローラ様。 こりゃ犬じゃないですね…… 多分この色からファイア・ウルフの子共で間違いないかと」
「ウソ!」
ファイア・ウルフって魔獣じゃないの?
この子はこんなに懐いて可愛いのに!
「ねえジエッタ、この子はこれからもずっと一緒に暮らせるわよね? 大丈夫よね?」
「お嬢様。 それは無理と言うものです。 ファイア・ウルフを人が飼うなんて聞いたことがない。 人と魔獣、相容れぬものです」
「そんな! ロート……」
キュゥキュゥ〜
キュゥ〜 キュゥ〜
涙ぐむ私にロートが頭を擦り付けてくる。
『ねぇママ、どうしたの? なんで泣いてるの?』
私の顔を舐め回してくるロートは、私を慰めてくれているよう。
私の愛しい子。
ロートが魔獣……
その現実を受け入れられないまま、私はそれからも毎日ロートに会いに行く。
私が帰る時間になると、ロートはいつも寂し気に鳴く。
クゥ〜ン クゥ〜ン
「ほらロート、また明日も来るから! ね? 私いつも約束守ってるでしょ? 私の愛しい子 またね! ずっと一緒に居ようね」
そう言い、ロートをギュッと抱きしめると……
ロートは落ち着いて、私を見送ってくれる。
そんなある日…… 夜の遅い時間にその事件は起きる。
「魔獣が屋敷に侵入したぞ――! 探し出せ! ファイア・ウルフだ――!」
⦅え……? ファイア・ウルフってロートだわ! 嫌ぁ!⦆
私が外に飛び出そうとしたときお父様に腕を掴まれる。
「フローラ! 何処に行く! いま外は魔獣の侵入で大騒ぎだ! 大人の邪魔になるから外に出る事は許さん! それに淑女たるもの、こんな夜遅くに家から出ようとするとは…… お前達フローラを部屋に閉じ込めておけ!」
私は召使達に連れて行かれ、自分の部屋に閉じ込められる。
でも…… あの子はきっと、知らない人間に追い回され震えている。
母親の私が助けに行かなきゃ!
あの子が頼れる人間は私しかいないの!
私は閉じ込められた部屋から窓を伝い抜け出し、夜の庭園を走る。
そこらじゅうに松明を持った大人達が沢山いる。
声を上げてロートをいぶり出そうとしている。
そして、私がいつもの小屋にたどり着いた時……
小屋はもう壊されロートは居なかった。
「ロート! ロート――!! ロート――――!!!!」
何度も何度もロートの名を叫んでも……
ロートは居なかった。
屋敷に戻り、父にロートの事を聞いても『知らん』と言われるだけ。
私はそれから毎日毎日、庭園にロートを探しに行った。
でも…… ロートは帰ってこなかった。
それから私はロートの夢を見る。
夢の中のあの子はいつも私に喋りかけてくれる。
「ママ〜 遊ぼうよ」
「ママ~ 大好きだよ~」
「ママ〜 ママ〜」
と……
それから数年、大きくなった今でも私はロートの夢を見る。
だけど…… この数年で私たちの環境も大きく変わった。
シャンポール王国の英雄が人族の天敵デーモンスライムを倒し、魔神族と同盟、エルフ族を傘下に収め、瞬く間に滅亡寸前だった人族を、強種族と言われるまでに押し上げた。
そしてジョルジュ王国の国王に次男のルーミエ王子が即位された。
次男にも関わらず即位できたのはその英雄の後押しがあったからだと聞く。
モンラッシェ共和国も悪魔の襲撃を受け、滅亡寸前まで追い込まれたけど、その英雄のおかげで乗り切り、英雄の口添えで同盟に加盟したと聞きます。
そして人族六大国以外の小国、その小国の中でも取り分け有名だった竜騎士のゲンベルク王国が、同盟国加盟を断り英雄の従属を選んだという。
これには各国が混乱した。
英雄はシャンポール王国の英雄という枠組みを超えてしまった。
魔神族、エルフ族、ゲンベルク王国が英雄個人につく。
焦りを覚えた六大国が英雄と結びつくために一斉に動き出した。
そしてこの国も……
その為に白羽の矢が立ったのが私だった。
私なら血筋として問題ないらしい。
私へ下された勅命はソーテルヌ卿に見初められる事。
あれ程の偉業を成した偉人に取り入るなど出来るのでしょうか?
英雄色を好むと聞きく。
きっと女など道具のように使い捨てられるに決まっている。
私には自分の好きな人と結ばれ、大事な家庭を作る自由などないのです。
私がシャンポール王国へ旅立つ直前、城で大きな騒ぎがあった。
軍で実験していた魔獣が逃げ出したと言う事でした。
⦅魔獣?!⦆
私の脳裏にロートの姿が過った。
私は走って父親の元に駆けつけて問いただしました!
最初は取り合ってもくれなかったけど……
「お父様が教えて頂けないのでしたら、私も勅命をお断りいたします!!!」
困惑した父は渋々教えてくれた。
その内容は、この国では長年シャンポール王国の英雄に対抗するために人工的に『神獣』を作り出す研究を行っていたと言う事。
魔獣の体に精霊様が作り出した『属性結晶』を埋め込むのだという。
『属性結晶』を埋め込まれた魔獣は殆ど死に絶えたが、極まれに適応した個体が突然変異を起こし、強力な魔獣になったそうだ。
けれど神獣までの力には遠く及ばず、変異した魔獣をコントロールする事もできなかったという。
「ロートは! 数年前、庭に迷い込んだファイア・ウルフの子共をそこへ送ったのですか!?」
父は素直に頷いた。
魔獣を殺さず生け捕りにする事は難しい、ましてや魔獣の子供を確保できるなど奇蹟に近い事。
あの時ロートは高額で引き取られたのだと言う。
涙を流す私に父は……
「お前達に贅沢な暮らしをさせるためだ。 この国は軍国主義! 軍族以外の貴族には贅沢ができるほどの金など回ってこぬのだ!!!」
結局私は、ロートを売ったお金で贅沢をしていた事になる。
ロートに申し訳なくて…… 自分が許せなかった。
研究所から逃げ出したのは変異種のファイア・ウルフ十二匹。
名前は一〜十二番と番号で呼ばれていたそうだ。
その中でも、十二番のブルーの毛並みに変異したファイア・ウルフがボスらしい。
十二番が他の十一匹を引き連れて逃げ出したのだという。
⦅もしかしたらロートも生き残っているかもしれない!⦆
私は微かな望みを抱き、ロートを探しに行くことを決意する。
逃げ出したファイア・ウルフはシャンポール王国領の『魔の森』まで追跡したあと見失ったと言う。
この事を他国に知られれば大問題になる。
国は冒険者を集めて討伐隊を魔の森へと向かわせた。
私も急いで『魔の森』があるシャンポール王国へ向かわなきゃ!
シャンポール王国へ行けば、きっとロートの情報も集められるはず。
きっとロートは知らない土地で怯えている。
あの子はずっと私に助けを求めていたはず……
『ママ…… ママ怖いよ! ママどこに行ったの? ママ一緒に居てよ!』
あの時私は、ロートを助けられなかった。
でも今度こそあの子を助けたい。
きっとロートは震えて私を待っている!!!