第六章18 冒険者アマンダ
冒険パーティーレクランの仲間たちと別れ、フュエ王女を王宮へ送りとどけた後、自分の邸宅へ戻る。
夜、いつものように皆と夕食を終えた後、神木下のテラスでお茶をする。
邸宅に居る時はだいたいこの時間、精霊との時間を過ごすのが俺の日課だ。
この時期、本当は外のテラスは寒いのだが…… ここは精霊の聖域。
テラスにはサラマンダーが遊びまわり、程よい気温に暖めてくれている。
この場所は特別な場所、精霊達の楽園。
俺が許可した者以外の立ち入りを禁止しているのだが、上位精霊と繋がった四人には自由に使ってくれと言っている。
精霊との繋がりを強くするために必要な事だからだ。
でも四人とも俺に気を使って、俺が居る時は使わないようにしているらしい。
「ディケム。 お茶に誘ってくれてありがとう」
テラスにララとラトゥールが訪れる。
執事のゲベルツが、おいしい紅茶を入れてくれる。
少しくつろいだところでララが話しかけてくる。
「それでどうなのディケム?」
「ん? 『どう?』と言うと?」
「フュエ王女よ」
「あぁ、一生懸命だよ。 戦力になるかと言えば今すぐは無理だろうけど、騎士団クラスまではいけると思うよ」
「…………」
「ララ。 ララは毎日ディケム様がフュエ王女に付きっきりな事が不満なのだろう? 回りくどく聞かないで、ストレートにやきもち焼いた方が可愛いと思うぞ」
「ラ、ラトゥール様!」
「あぁ、まぁその事は…… ちょっとまだ分からないけど。 でもまぁ…… 彼女が居ないと新学期の魔法学校がカオスになりそうだから、フュエ王女との繋がりは必要だろ?」
「まぁ~ね。 六大国の王女様相手に私は無力よね」
「フュエ王女がおっしゃった通り、権力と政略と言う土俵では俺達はド素人だ、マディラ達の頭脳なら何とかなりそうだが絶対的に地位が足りない。 俺達の土俵に持ち込み人族のシステムを全て壊すくらいの覚悟が無けりゃ、郷に従う他ないだろう」
「人族のシステム壊すとか…… 怖いから止て!」
『だろ?』とララも納得したところで……
ラトゥールが『私なら何とかできます!』と命令してほしそうに見てくるが……
「ラトゥールの力を借りるのは最終手段だ。 何とかなるだろうが傷つく人が多そうだからな」
『ヒドイ……』って顔をしているが、俺は騙されない。
その話はそこまでにして、俺はドライアドを呼び出す。
「お呼びですか? ディケム様」
「あぁ。 魔の森で何か起きているな?」
「はい。 ですが…… 変異種のファイア・ウルフが十二匹、他の地より逃げて来ただけです」
「変異種が十二匹も居るのか?!」
「はい。 しかしながら…… A級が一匹、B級が一匹、後の十匹はC級です。 そのうちC級の二匹は今日ディケム様のパーティーが討ち取りました。 正直申しますと…… 魔の森にはA級以上の魔物が数多くいます。 一匹程度増えたところで何も変わりません」
「まぁそうだろうな。 他に変わった事は?」
「ファイア・ウルフは南西からロワール平原を超えて逃げて来たようです。 そしてそのファイア・ウルフを追って、多数の冒険者パーティーが魔の森に入りました」
「なるほど…… ありがとうドライアド!」
「ラトゥール! メリダに調べさせてくれ。 だが手出しは無用だ」
「はっ!」
翌日はまたフュエ王女を王宮に迎えに行き、西の教会での講習会へと向かう。
講習会場へと入ると『おはよう!』とシャルマとフローラが直ぐに声をかけてくれる。
そして声を聞きつけて直ぐにミゲルも『おはよう!』と俺達に加わる。
『昨日一日で何が?』とミゲルの取り巻き達が驚いている。
昨日一日だけだが、窮地を共に味わった仲間だ。
ただの友達よりも濃密な時間を過ごした仲間は少し違う。
そして座学の講義が終わり実習の時間が始まる。
するとフュエ王女、シャルマ、フローラ、ミゲルの四人が……
【慈悲と再生の女神エイルよ! その慈愛に満ちた――……】
と【詠唱】を始めた!
講習会場は『え……?』と言う雰囲気に包まれたが、二日前は一切魔法を成功できなかったフュエ王女が、今は一度も失敗しない事から、みな笑えなくなっていた。
昨日の実戦で四人は、いかに簡単な事でも実戦の中で行う事の難しさを体現した。
だから今日の四人の学ぶ姿勢は半端ない。
あのミゲルさえも、その真剣な熱量に周りの人たちが襟を正した。
そんな事でこの日の教会講習会も大盛況に終わり、最後にはフュエ王女達に触発されて、そこかしこから【詠唱】の祝詞が飛び交っていた。
俺達はまた一週間後に開かれる講習会の予約を終え、レクランのメンバーで冒険ギルドに向かう。
今日には【ギルドカード】が出来上がっていると聞いていたからだ。
ギルドに入ると、黒の牙のダーヴィヒと、昨日手当てをしたアマンダが待っていた。
「あぁよかった。 今日ここに来るんじゃないかと聞いたから待っていたんだ。 昨日はアマンダも大変だったからきちんとお礼を言えてなかっただろ」
ダーヴィヒがそう言い、改めてアマンダを紹介してくれた。
アマンダは冒険を始めた時からダーヴィヒが面倒を見ていたらしい。
ダーヴィヒのもとにはアマンダの他にも数人面倒を見ていた冒険者達が居たと言う。
そしてアマンダはその冒険者達とパーティーを結成したのだと……
だから、昨日アマンダ以外のパーティーが全滅した事を知ったダーヴィヒは、せめてアマンダだけでも助けたいと必死だったのだろう。
二人は改めて俺達に深々と頭を下げ、丁寧にお礼を言ってくれた。
そして――
「あぁ…… そう言えばアンタたちは昨日パーティーも組んだのだったな。 たしか『レクラン』と言うパーティーを」
『『『うん!!!』』』 シャルマ、フローラ、フュエ王女が元気よく返事をする。
はたから見ればこの美少女三人が冒険者パーティーなど、お遊びにしか見えない。
異変が起きている『魔の森』の中で、ダーヴィヒが声をかけて来たのも頷ける。
三人の美少女オーラに気圧されて、ダーヴィヒは戸惑いながらも説明してくれる。
「あぁ…… 昨日遅くにアマンダが落ち着いて、状況を確認できたんだ。 森は非常に危険な状況だから冒険者みなに伝えておかなければと思ってな! アマンダ話してくれ」
「あぁ。 昨日アンタ達が仕留めた変異種のファイア・ウルフを確認させてもらったが、私が襲われた個体とは違った」
「え!? 他にもまだ変異種がいるって事?」
「あぁ、少なくとも私のパーティーが全滅した奴らのコロニーは六匹だった!」
「なっ! 六匹!!!」
「そうだ! そしてコロニーのボスは他の変異種よりさらに一回り大きく、毛色が青白かった」
「ファイア・ウルフの毛色が青白い?!」
⦅それは…… ワイバーンが属性の影響を受け、変異したのに似ている⦆
「他には!!! 他にはからだに模様があったとか特徴は無かったですか!?」
突然! 今まで一切口を挟まなかったフローラがアマンダに問いかける。
その必死さにアマンダも戸惑っている。
「いや…… うん…… 無かったと思う」
それ以上の新しい情報は無く、フローラも『そうですか……』とそれ以降は口を開ける事は無かった。
変異種のファイア・ウルフの情報は、それ以上は無かった。
昨日ドライアドから聞いた情報以外では、毛色が青白い個体が居ると言う事。
あと…… 気になる事はフローラが異常に反応を示した事だ。
俺がそんな事を考えていると、
アマンダが俺の顔を真剣にジッと見てくる。
そして……
「なぁアンタ達。 私をアンタ達のパーティーに入れてくれないか?」
「なっ! アマンダお前!」
「へ?」 「………」 「………」 「………」 「………」
突然のアマンダの申し出に、その場の皆が戸惑う。
だがアマンダの目は本気のようだ。
アマンダは俺に話しかけているが、俺はシャルマの顔を見る。
このパーティーのリーダーは彼女だ。
「なんだ、このパーティーのリーダーはアンタじゃないのかい?」
「なぜそう思った?」
「いや、あたしたち冒険者は騎士様と違ってきちんとした教育は受けていないが、生き残る嗅覚はいつも研ぎ澄ませているのさ。 だいたいそいつを見れば強いかどうかは分かる」
⦅ほぉ…… マナが見えていなくても感じ取ることが出来るようだ⦆
「なら…… なぜ変異種のファイア・ウルフと戦った?」
「ちょっと! ディケムさん!」
「ディケム殿! それは……」
「ディケム様……」
皆がアマンダを気遣っているが、これは大事な事だ。
おれはアマンダを見つめたまま、彼女の答えを待つ。
「戦いたくはなかった。 私達は森に入った時獲物を狩るつもりでいた。 でも…… 狩をしていたのは奴ら、獲物が私達だったって事さ。 罠にはまった私達には逃げる事すら許されなかった。 そして奴らが私だけを生かしたのは…… 次の獲物を呼び寄せる為!」
『ひっ!』 フュエ王女達四人がそう白になる。
「わかった。 思い出したくない事を言わせてしまった。 すまない」
「いや…… パーティーに入れてくれと言うやつの性格を見極める事は大切だ。 アンタが一番信用できる」
「アマンダ。 俺はギルドにはまだ登録していないが、別のパーティーを組んでいる」
「そのパーティーは皆、アンタくらい強いのかい?」
「あぁ」
「それは…… 私なんかじゃ力不足だね。 だけど私が入りたいのは、この『レクラン』ってチームだよ」
「アマンダ。 レクランのメンバーは学生だ。 学校も行かなきゃいけない、休みには故郷に帰るメンバーもいるだろう。 いつも冒険を出来るわけじゃ無いんだ」
「ならちょうど良いんじゃないかい? いつも時間を作れる私がとまり木になって、皆の帰ってこられる場所になればいい。 私はアンタ達に命を救われた…… だからって訳じゃないんだが、アンタ達と一緒に冒険がしてみたい」
「復讐のための冒険はしないぞ!?」
「もちろんさ。 恨みが無いと言えばウソになるが、狩る者と狩られる者。 弱い方が狩られる。 それが自然の摂理、私達が弱かっただけだ」
俺の質問はそれで終わり、聞きたいことは聞けた。
俺はシャルマを見て頷く。
シャルマが他のメンバーを見回すと、みな頷いている。
「それではアマンダさん! 私達のチーム『レクラン』にようこそ!」
「ありがとう」
アマンダの『レクラン』への加入が決まった。
まぁ女性中心のチームってのも悪くない。
「あの、入ってから言うの悪いのですが…… アマンダさん『レクラン』は出来立てのパーティーで、みな冒険者ランクG級のビギナーです。 いろいろ教えてください!」
「へ……?!」
レクランが結成したばかりなのは知っていたが……
変異種のファイア・ウルフを狩れる冒険者が皆Gランクのビギナーだとは思わなかったらしい。