第六章17 魔の森の異変
俺達がギルド登録をし終わった丁度その時……
「どいてくれ! ケガ人だ!」
大ケガを負った女性の冒険者が運び込まれてくる。
「アマンダ! おまえ…… しっかりしろ!!!」
運び込まれた冒険者に、黒の牙のダーヴィヒが駆け寄り叫ぶ。
そして黒の牙のベテラン白魔法師が『中回復』をアマンダと呼ばれる女性に掛けるが容体は良くならない。
「クソ! 誰かもっと上位の魔法使える奴はいないか! もしくは上位の回復薬は無いか! このままじゃアマンダが助からん! 頼む! 誰か頼む!!!」
だがギルド内の全員が首を横に振る。
それはそうだろう……
民衆の守り手『黒の牙』と言われる程のパーティーでも、ダーヴィヒがBランクでそれ以外のメンバーは皆Cランクのようだ。
『大回復』はせめてBランク以上の使い手で無ければ覚えられるとは思えない。
このギルドに今『黒の牙』以上のパーティーは居ない……
ギルド中が絶望の雰囲気に包まれる。
すると…… フュエ王女がおれの袖をつかむ。
『どうにか出来ないのですか?』と言いたいのだろう。
もちろんどうにか出来ない事もないが……
どうにかしてしまうと波紋が起きる事は必定だ。
冒険者と言うリスクを覚悟でこの職に着いた者を、たまたま俺が居合わせた事で一命をとりとめる……
しかも俺の任務はお忍びのフュエ王女の護衛、身元がバレる事は任務の失敗と変わらない。
だが…… フュエ王女の顔を見ると、こんな事を考えるだけ野暮だなと考え直す。
目の前に救える命が有るのなら救うべきだろう。
俺はアマンダという女性の傍に膝をつき、ダーヴィヒを後ろに下がらせる。
俺がアマンダの鎧を脱がせ傷を確認すると、ほぼ致命傷の傷を受けている。
その傷を見たダーヴィヒも悔しそうに下を向き、歯を食い縛る。
これは『大回復』でもダメな傷だ。
もし一命を取り留めたとしても……
もう冒険者としては終わりだろう。
だが――
よく生き残り、俺の居るここまでたどり着いた。
これもまた運命なのだろう。
俺は腰の袋から薬の瓶を取り出し、口に含む!
そして息も絶え絶えのアマンダの口に薬を流し込む。
その瞬間に、誰も見えない角度で呪文を口ずさむ。
⦅ ≪―――δραστηριότητα(活性化)―――≫ ⦆
アマンダに飲ませたポーションは、俺が近頃研究しているポーションだ。
ソーテルヌ総隊で作っている最上級ポーションにさらに世界樹の葉を少し混ぜている。
世界樹の葉はエルフ族のアールヴヘイムより、ある程度送ってもらえるが、まだまだ貴重なもの。
だから少量だけ最上級ポーションに混ぜてみたが……
やはり致命傷を直せるエリクサーとは非なるもの、回復の効力が少し高まっただけだった。
だがしかし、そこに植物の精霊ドライアドの精霊魔法を使ったらどうなるのか……
『回復薬』も『世界樹の葉』も植物。
効果は劇的だった!
もちろん世界樹の葉だけで作られたエリクサーとまではいかないが、今回のアマンダ程度の致命傷なら治すことが出来る。
アマンダの傷が癒えていく!
その傷が致命傷に達する程の酷い有様だっただけに、その視覚効果も絶大だった。
冒険者ギルドの誰しもが息を呑む。
さて――
アマンダの傷は完全に癒えたが……
皆にはどのように言い訳を言ったらいいのか。
すると……
「お、おまえ! アマンダの傷は致命傷だった! それなのに…… 今使ってくれた薬は、どんな致命傷でも治せると言う『エリクサー』じゃないのか? そんなアーティファクト級の薬をお前は……」
冒険者たちが『エリクサー』だと騒ぎ出す。
そしてそんな伝説級の大切なアイテムを赤の他人に使った事に皆驚きを隠せない。
「ディケムと言ったな! ありがとう! アマンダは俺の娘みたいに可愛がっていた奴なんだ! こんな大切な薬を使ってくれるなんて…… このエリクサーの礼は一生かかっても返す! 本当にありがとう!」
お! エリクサーではないが、なかなかいい勘違いで話が流れてくれた。
この流れなら、冒険で偶然見つけた『エリクサー』を使った事にすればいい。
ちょっと伝説の薬エリクサーの借りとか可哀想になるが、俺達の素性をバラしたくない。
俺がホッとして、メンバーに向き直ると……
フュエ王女が頬を膨らませている。
『へ?』どうして?
結成したばかりの『レクラン』のメンバーも『致し方無し』と言った感じだ。
た、確かに口移しでポーション飲ませたけど…… これは仕方ないじゃないか!
俺達がバタバタしていると……
ギルド内でも動きが起きる。
「アマンダ! 気が付いたか! よかった…… 本当に助かったんだな」
「おぉぉ! アマンダ! よかった!」
「みんな! アマンダが目を覚ましたぞ!!!」
アマンダが眼を覚ましたようだ。
このギルドの騒ぎようを見るとアマンダはギルドでも人気者だったのだろう。
「ダーヴィヒ!!! ここは、冒険者ギルド?! 私は…… 助かったのか?!」
アマンダは自分の置かれた状況をまだ理解できずにいた。
しかし、直ぐに思い出したかのように自分が受けた致命傷の傷をさぐる。
「傷が無い…… 私は…… 私のパーティーは変異種のファイア・ウルフの群れに囲まれ…… あっ…… うゎぁぁぁああ”あ“!!!」
余程怖い目にあったのだろう。
何があったのかを聞きたかったが、今のアマンダの精神状態でそれを聞きだす事は酷なことかもしれない。
この場をダーヴィヒに任せて、今日の所は皆解散する事になった。
少し気になる事は――
アマンダは『変異種のファイア・ウルフの群れ』と言った。
二匹のファイア・ウルフならば群れとは言わない。
と言う事は……
『魔の森』でおかしなことが起きている。
普通なら、発生しても数年に一匹の変異種のファイア・ウルフが二匹いた。
しかも、アマンダの話が真実なら、さらに数頭の変異種が存在する事になる。