第六章15 実践訓練開始
「フュエ!!! 『回復』を頼む!!!」
俺は一切ダメージを負っていないが、フュエ王女に『回復』を依頼する。
さあ、これから実践訓練の開始だ!!!
「は、はい!!!」
フュエ王女は震えながらも気力を振り絞り『回復』を唱える。
【慈悲と再生の女神エイルよ! その慈愛に満ちた御力をもって、かよわき我らをお救い下さい】
≪――――ανάκτηση(回復)――――≫
フュエ王女が俺に向けて広げる両手に光が集まる!
そして二〇センチ程の丸い光の球が俺に飛んできて、俺はフュエ王女の『回復』に癒された。
⦅よし、本番でも成功させた!⦆
すると……
意外にも次に立ち上がったのはミゲルだった。
「ディ、ディケム殿! な……ななな、なかなかやるでは無いか! わが男爵家の用心棒として雇ってやっても良いぞ!」
「こらミゲル! 下らないこと言ってないではやく戦え! 奴らの攻撃は俺が全て受け止める! タイミングを見計らって剣で攻撃しろ!」
「く、下らないとは――…… まあ良い、だが俺の剣があれほどの魔獣に効くのか?」
「忘れたかミゲル! お前の剣には、冷気の属性バフが掛かっているだろ?! 大丈夫だ! お前なら出来る!!!」
「おぉぉぉぉ! よし任せろ!!!」
ミゲルが奮闘する! 本当に単純な奴だ。
だがそのミゲルの戦う姿を見て次にシャルマが立ち上がった。
「よしシャルマ、出来るな?」
『う、うん……』シャルマは震える声で答える。
シャルマが勇気を振り絞って呪文を唱える
≪――――επιτάχυνση(加速)――――≫
だが、シャルマが唱える『加速』が霧散して不発となる。
「え? そんな、うそ……」
「シャルマ、焦るな!」
「なんでよ…… お願い…… お願いだから魔法かかってよ!!!」
「落ち着けシャルマ! 君なら大丈夫だ! 悪いイメージを自分に植え付けるな!」
俺は二匹のファイア・ウルフの攻撃を防ぎながら、シャルマに話しかけ、励ましてみるがなかなか難しい。
すると……
「シャルマさん。 魔法は強いイメージが大切なのですって。 私と一緒に【女神エイル】様にお祈り捧げませんか?」
「っな!? わ、私は【女神エイル】など信仰していない――……」
「おまじないみたいなものですよ。 さぁ一緒に」
戸惑うシャルマが一度俺の顔を見て、決心したかのようにフュエ王女と一緒に口ずさむ。
【慈悲と再生の女神エイルよ! その慈愛に満ちた御力をもって、かよわき我らにお力をお貸しください】
≪――――επιτάχυνση(加速)――――≫
『ぼわっ』と俺の体がほのかに光を帯びる。
「良くやったシャルマ! 『加速』成功だ! そのままミゲルにもかけてやってくれ!!!」
「はい!!! 『慈悲と再生の女神エイルよ! その慈愛に―――………』
シャルマも初級魔法に恥ずかしげもなく『詠唱』を行っている。
『よし良いぞ!』俺は二人の様子にほくそ笑み、まだ一人立ち直れないフローラを見る。
すると……
「わ、私だって大丈夫です!!!」
俺の笑みを見たフローラが『キッ!』と俺を睨みつけ、立ち上がり呪文を唱える。
≪――――μεδεμέναμάτια(目隠し)――――≫
しかし、フローラの魔法も霧散する。
『くっ!』フローラが唇を噛み締め、悔し気に俺を見る。
そして……
【慈悲と再生の女神エイルよ! その慈愛に満ちた御力をもって、かよわき我らにお力をお貸しください】
≪――――μεδεμέναμάτια(目隠し)――――≫
今度は『目隠し』がきちんと発動する!
俺が『よし! フローラよくやった!』と含みのある笑顔を向けると!
フローラは『フン! 当り前です!』とツンと俺を睨む。
現にフローラが成功させた『目隠し』は、この状況を覆すだけの力がある。
『目隠し』は掛けられた相手の視力を奪う強力な魔法だからだ。
まだ初級のフローラには、ファイア・ウルフの視力を完全に奪うことは出来ないが、それでもかなりの効果がある。
人は五感のうち、視力に頼る割合が八割以上にもなると言われている。
嗅覚と聴覚が強いファイア・ウルフでも、視覚に頼る割合は高い筈だ。
そして俺の思った通り、フローラの『目隠し』は、戦況を劇的に変えていった。
ファイア・ウルフは狂ったように闇雲に暴れ出し、今までかすりもしなかったミゲルの剣が面白い様に当たるようになる。
そして彼女たち四人に余裕が生まれ、笑顔すらこぼれだす!
こうなればもう大丈夫だ。
【慈悲と再生の女神エイルよ! その慈愛に満ちた御力をもって、かよわき我らをお救い下さい】
余裕が生まれた三人だが、皆『女神エイル』に祈りを捧げ呪文を『詠唱』している。
『詠唱』を行った三人はみな、その後魔法を失敗する事は無かった。
フュエ王女は、剣を握り俺の隣に立つミゲルを回復させ。
シャルマが全員に『防御』と『加速』の重ね掛けをする。
そしてフローラがファイア・ウルフに『目隠し』の重ね掛けをする。
流れは完全に俺達に傾き、時間が経てば経つほど魔法も重ね掛けられ、最後には一方的な展開にまでなった。
そして遂に!
二匹の変異種のファイア・ウルフは力尽きた。
彼女たちは初めての試練に打ち勝った。
初勝利を挙げた彼女達の自信に満ちた笑顔は、眩しいほど輝いて見えた。