第六章14 恐怖の克服
俺が事前に伝えた、ファイア・ウルフ討伐クエストの例外。
その危険度が一気に跳ね上がる変異種個体が二匹も俺達を狙っている。
その恐怖にシャルマ、フローラ、ミゲルの三人が一気に顔色を悪くし、恐怖に呑み込まれている!
何か少しのきっかけで、パニックに陥り、制御できなくなる可能性が高い。
フュエ王女は俺に絶対の信頼を持っている。
だから俺の後ろで恐怖に耐えながらも、辛うじて冷静を保っている。
俺の一番の難題はファイア・ウルフより、このパニック寸前の三人をどうやって落ち着かせるかだろう。
俺はマナ感知を張り巡らせ、背後の崖に細い道を見つけた。
その通路へと皆を背に押し込むように逃げ込む。
「ディ、ディケムさん! ここ行き止まり! このままじゃ逃げ道が無くなっちゃうわ!!!」
「いや、これで良い!」
むしろ行き止まりだと知っていたから、ここに逃げ込んだと言っても良い。
俺が一番恐れることは、パニックになったパーティーメンバーがバラバラに逃げ出し、俺の背後で襲われることだ。
攻撃が前からしか来ないと分かっていれば、俺は例え相手が竜だとしても止められる自信がある。
それに、出来れば縁を持ったこのパーティーメンバーを、誰一人として死なせたくはない。
さてこの状況……
危険を回避する為に、俺一人で勝つのは簡単だろう。
だがそれはダメだ。
俺はフュエ王女、シャルマ、フローラ、ミゲルに勝たせなければならない。
彼らには、突然降りかかったピンチだが、これをチャンスに変えなければならない。
このピンチを自分達で切り抜けたとき、それは大きな自信と経験となり、彼らに強い信頼と友情が芽生えるはずだ。
俺は腰の袋から、大きめの『青白い結晶』を二つ取り出し、フローラとミゲルに渡す。
「これは?」
「【冷気の属性結晶】だ! このアイテムを使って杖と剣にバフを掛けろ!」
「で、でも! 『属性結晶』ってすごく高価なアイテムじゃないですか! こんな高価なもの使えません!」
「死んでしまったら、いくら高価なアイテムを持てても意味が無い! 使ってくれ!」
【属性結晶】は精霊の力がこもった使い捨てアイテムだ。
その効果は、一時的にだが誰でも簡単に武器に属性を付与できる。
結晶に込められている力は様々で、その力によって等級があり、等級によりレア度、価値が違う。
だが、自然界で気まぐれな精霊が、たまたまお遊びで作ったもの。
その数は稀に見つかる程度で、レア度が高いため、等級が低い結晶でも取引価格は高額だ。
もちろん精霊を使役する俺は、この結晶をいくらでも作る事が出来る。
しかしながらこの結晶、俺から言わせれば正直あまり実用的ではない。
結晶に込められた力を、別の剣などに付与する、要は移し替えるわけだが……
移し替えればその分力は分散し劣化する。
俺のように精霊を使役していれば、力を逃がさず移す事は可能だろうが……
そんな面倒な事をするより直接精霊を使った方がよほど効率的だ。
『アルザスの悲劇』戦役において、対デーモンスライム用に使われたと聞くが、効果が有ったかどうかは疑わしい。
だが魔法を持たない戦士や、精霊と契約できない魔法師が、少しでもバフを増やしたい、火力を増やしたいと、需要が高まり、価格が高騰しているようだ。
精霊使いの俺から見たら、本当に精霊のお遊びアイテムだと思う。
そんな【属性結晶】アイテムだが、変異種とは言え相手はたかがファイア・ウルフ。
そして彼女たちは初級冒険者。
この状況下ならば、力を十分に発揮するだろう。
しかも、俺が作った【結晶】は最高純度!
込められている力は低レベルだが、質と濃度は最上級だ。
フローラとミゲルが【冷気の属性結晶】を武器に使う!
【冷気の属性結晶】は粉々に砕け散り、力だけが武器へと吸い込まれていく。
すると……
フローラの杖とミゲルの剣がほんのりと青白く光を帯びる!
「おぉぉぉぉ! 私の剣が! さすが我が家の宝剣!!!」
⦅いや、ただの銅の剣だから……⦆
フローラは黙ったまま、光を帯びる自分の杖に見入っている。
「シャルマはこれを使え!」
俺はシャルマに【水の属性結晶】を渡す。
シャルマも少し躊躇したが、受け取って自分の杖に使う。
フュエ王女の杖は…… ルナの水晶を触媒にし、ルナの洞窟で保管する事によって、もとから聖属性が付与されて、マナの量も格段に上がっている。
【結晶】を使った一時的なバフなど必要ない。
俺達の準備が整ったところで二匹のファイア・ウルフが悠々と姿を現す。
行き止まりの通路に追いこんだ状況に自分達の勝利を確信しているのだろう。
その余裕の表情が、言葉が分からなくても容易に想像できる。
グルルルルル……
グルルルルルッ──!
俺はフュエ王女たち四人を背に、盾を構え二匹のファイア・ウルフと対峙する。
この細い道は、辛うじて二匹のファイア・ウルフが同時に攻撃できる程度。
⦅丁度いい。 この道の細さなら彼女らを守り切る自信もあるし、彼女らも戦闘に参加できる⦆
≪――――άμυνα(防御)――――≫
シャルマの魔法が今度は発動する。
『結晶』を使ってバフを掛けたお陰で、シャルマ、フローラ、ミゲルの三人は、少しは落ち着いたようだ。
だが……
「皆気合い入れろ!!! 来るぞ!!!」
二匹のファイア・ウルフが俺に襲い掛かる!
ガツン!! ガッ!! ズガガガガガガガガ……
「きゃああああ!!!」
「うわあああああ!!!」
人の大きさを優に超える変異個体、二匹のファイア・ウルフが猛烈な勢いで襲いかかてくる!!!
俺は盾を使い全ての攻撃を悠々とガードする。
だが後ろの四人は、自分達よりも圧倒的な強者との実戦は初めてだったのだろう。
せっかくアイテム効果で落ち着きを取り戻したと言うのに、その迫力に呑み込まれてしまったようだ。
完全に気圧され、悲鳴を上げ、頭を抱え込みしゃがんでしまった。
⦅まったく…… 初級の討伐クエストで慣らすはずが、最初から変異種二匹と遭遇するとは⦆
二匹のファイア・ウルフは、仕留めるつもりで放った猛ラッシュを全て防がれ、怒りを露わにし、狂ったように威嚇してくる!
グゥルルルルルル――
グルググァァァゴァ――
彼女たちが落ち着くまでは、とにかく耐えて攻撃を盾で防ぐしかないが……
だが、何度も繰り返される獰猛な威嚇に、四人はさらに縮こまり震えている。
⦅これは長丁場になりそうだな……⦆
俺は何度も何度もひたすら二匹のファイア・ウルフが繰り出す攻撃を盾で弾き飛ばす。
ガガガン! ドガッ! ズガガガガガ――ン!
ガツ――ン! ドッガ! ガン!
すると……
繰り返される二匹のファイア・ウルフと俺の戦闘の中、しゃがみ込み震えていたフュエ王女が俺の後ろで立ち上がる。
最初に立ち直ってくれたのは、フュエ王女だったようだ。
彼女は俺への絶対的な信頼がある。
そして昨日俺が顕現させたイフリートを見て、俺が放った魔法『破壊の焔』を見ている。
フュエ王女の中で比較する物差しが出来上がったはずだ。
『イフリート』 と 『ファイア・ウルフ』
『破壊の焔』 と 『火炎の息』
一度強大な力を見て、基準となる物差しを大きくしておけば、人は冷静を保てるものだ。
⦅さて…… 他の三人も早く立ち直ってくれよ!⦆