第六章10 詠唱と呪文
「フュエ殿下。 我々が大きな魔法を使う時、呪文の前に【詠唱】を行う事が有るのですがご存じですか?」
「すみません。 私、王宮からは殆ど出た事が無いものですから、あまり魔法を見た事が無いのです」
「あぁ、そうでした。 それでしたら少し見ていてください。」
「えっ?」
俺は、イフリートを顕現させる。
『あ、あのっ! ディ、ディケム様!!!』 フュエ王女がイフリートに怯えている。
「殿下! 大丈夫です! イフリートは私の従属精霊ですから」
フュエ王女が今まで見た精霊とは、神木の下でくつろぐカワイイ姿しか見た事が無かったのかもしれない。
猛り狂う戦闘態勢の上位精霊イフリートの顕現に、目を見張り立ちつくしている。
そして俺は『詠唱』する!
【原初の炎よ! 今一度その力の一端を示せ! その破壊の力をもって全てを滅したまえ!】
≪――――Καταστροφής – Φλόγα(破壊の焔) ――――≫
イフリートが纏う赤い炎が青い炎に変わる!
そして凄まじい勢いで燃え上がる!
次の瞬間!
爆発的な速さでイフリートが上空に飛び上がり――……
『パチッ!』 俺が指を鳴らすと、青く燃え盛るイフリートが霧散した。
「ッ――!!! きゃぁぁぁぁぁ!!!」
その圧倒的なマナ量と火力。
力を開放すれば、このシャンポール王都をも消滅させられるほどの破壊力。
緻密なコントロールと結界を張っていなければ、一瞬でフュエ王女も今、蒸発していた。
そんな強大な技を間近で感じれば、人は何もできなくなる。
地面に腰を抜かし、呆然自失と言ったところだ。
⦅うん…… やり過ぎたかもしれない⦆
⦅だけど…… 詠唱って大技しか思いつかなかったんだよな……⦆
だが言い訳では無いが……
強大な力を見ておくことも、実戦を経験する事と同じくらい大事な事だ。
一度見て経験しておけば、ある程度の物差しが自分の中に出来上がる。
もしフュエ王女が強敵と対峙したとき、『あの時の技と比べて……』と冷静に分析できるようになるからだ。
「殿下。 フュエ王殿下! 大丈夫ですか?」
「…………」
「殿下?」
「あ……は、はい……」
「解りましたか?」
「ごめんなさい…… 怖くてよく解りませんでした」
放心状態だったフュエ王女が、辛うじて再起動してくれた。
まぁ、あの『破壊の焔』を間近で見て、気を失わなかっただけでも上出来だ。
「いま私が【原初の炎よ! 今一度その力の――……】と『詠唱』したの、解りましたか?」
「はい…… そこまではなんとか……」
「良かったです。 この『詠唱』は本来必要の無いものです。 魔法は『呪文』だけで良いのですから」
⦅厳密に言えば呪文すら要らないのだが…… ややこしくなるから言わない⦆
『え?』フュエ王女がキョトンとしている。
「では…… なぜ我々は『呪文』だけではなく『詠唱』を行うのか?」
「なぜなのですか?」
「それは只のイメージ付けです」
『え?』フュエ王女がさらにキョトンとしている。
まぁそれはそうだろうな。
「ですがこの『イメージ付け』が大事なのです。 先ほど私は魔法には『明確なイメージ』が重要だと言いました。 ですが…… 高度な魔法になればなるほど、魔法は複雑になりイメージがぼやけてきます。 失敗する確率が上がるのです。 ですから『詠唱』を行い、イメージをハッキリさせてから『呪文』を唱えるのです」
「では…… 先ほどの『破壊の焔』も熟練すれば、『詠唱』は要らなくなるのですか?」
「その通りです。 戦闘中の『詠唱』など、本当は無い方が良いのです。 敵に隙を与えているようなものですから。 ですが、今の私達には『詠唱』を行わなければ『破壊の焔』は使えないでしょう。 今のフュエ王女と同じだと思いませんか?」
「え? …………」
「魔法の大小は関係ありません。 フュエ王女も『明確なイメージ』が出来ていない。 でしたら『詠唱』をしてみましょう。 熟練したら止めれば良いのですから」
「あっ! はい、やります!!!」
フュエ王女がどうしても解けなかった難題の解決策を見つけたように、やる気に満ち溢れる。
「それでは殿下。 殿下が信仰している神、もしくは好きな神や精霊はいますか? できれば聖属性の神や精霊だとイメージしやすいです」
「え~と…… 慈悲と再生の女神エイル様は好きです」
「では、女神エイルでいきましょう」
俺は詠唱を考える。
ただのイメージ付けだ、それなりで良い。
「慈悲と再生の女神エイルよ…… その慈愛に………… お救い下さい……」
「…………」
「う~ん…… こんなのはどうでしょう? 『慈悲と再生の女神エイルよ!
その慈愛に満ちた御力をもって、かよわき我らをお救い下さい』 ……どうですか?」
「ッ――!!! 良いです! そのディケム様が私の為に作ってくださった『詠唱』にします!」
⦅ん? なんかニュアンスが違うが…… まぁいい⦆
⦅それで『明確なイメージ』をしてくれるのなら⦆
呪文を唱える前に、しっかり指にはめている指輪以外の装備、杖とローブも装備してもらう。
イメージ作りが大事だから、装備もまた大事。
それっぽい装備をすれば、人はそれになり切ることが出来る。
そして仕上げに、言葉で雰囲気を出しフュエ王女の感情を乗せる!
「フュエ殿下! その杖の触媒には、月の上位精霊ルナの上質な水晶を使っています。 さらにその杖とローブを、ルナの宝物庫で保管し、聖属性を付与し、内包するマナ量も増やしました! そしてブルー・ダイヤモンドには『意思力』のステータス上昇効果があります! さぁこれであなたは立派な白魔法師! 呪文を唱えてみましょう―――!!!」
「はい!!! 私にはディケム様が私の為に作ってくださった『詠唱』があります!!!」
フュエ王女が『回復』を唱える。
【慈悲と再生の女神エイルよ! その慈愛に満ちた御力をもって、かよわき我らをお救い下さい】
≪――――ανάκτηση(回復)――――≫
フュエ王女が俺に向けて広げる両手に光が集まり、二〇センチ程の丸い光の球が出来上がる。
その光が俺に飛んできて……
俺はフュエ王女の『回復』に癒された。
『…………』 フュエ王女が俺をじっと見ている。
「おめでとうございます。 『回復』成功です」
フュエ王女が大喜びで俺の胸に飛び込んでくる。
⦅………………⦆
⦅まぁいいか。 初めての魔法だ、俺も初めて『火炎球』撃った時は感動したからな⦆
その後も何度か『回復』の練習をして、今日の訓練はおしまい。
たかが『回復』如きと言う勿れ。
初級魔法の『回復』に臆面もなく、これほど一生懸命打ち込めるフュエ王女は、いつか大成すると俺は思う。




