第六章2 式典準備のバイト
フュエ王女との話は頭が痛いが……
此度の三人の『叙爵・陞爵式』は、俺は本当に嬉しかった。
特にディックの『叙爵(爵位を授けられること)』は本当に嬉しい。
だから俺は個人的に式典準備の手伝いをマール宰相に申し出ていた。
「ソーテルヌ卿…… 式典準備は式典に参加できない下級貴族の青年と娘達で行うものだ。 彼らには良いバイトになるし、下級貴族が参加出来ない王族が関わる式典、舞踏会の雰囲気だけでも味わうことが出来る。 そしてここが社交の練習や繋がりを作る場にもなっている。 上級貴族の……、 しかも公爵位のソーテルヌ卿が参加する格の仕事ではないぞ」
「マール宰相。 もちろんバイト代など要りません。 ただ……ディック達が『叙爵・陞爵』されることが嬉しくて、どうしても式典準備を手伝いたいのです。 初めて三人が揃う式典ですから…… それに、『例の件』の為にも自分の目で見て確認しないと心配で……」
「あの件か……。 まぁ良いか。 下級貴族の子供達にも、お前と繋がる機会が有っても良いかもしれんな」
本当に渋々だけど、マール宰相の許しが出た。
⦅最後に少しだけ口元が『ニヤッ』としたのが気になるが……⦆
俺は、総隊の仕事を片付けて、『叙爵・陞爵式』の会場となる謁見の間の扉を開けて中に入る。
会場が一瞬ざわつき全員が俺を見る……
だけど『まさかね……』とみな仕事に戻る。
⦅ん? なんだこの反応は?⦆
すると、現場を取り仕切る職人気質の雰囲気の男がこちらに歩いてくる。
「おいお前! バイトに来たのならさっさと手伝え! 式典までにあまり時間が無いんだぞ!」
⦅これは…… マール宰相、俺がバイトに行く事、誰にも話していないな!⦆
マール宰相がほくそ笑む顔が脳裏に浮かぶ。
今日の俺は、完全作業着での参加、現場作業の為『徽章』なども何も付けていない。
そして何気に俺は、社交にあまり参加してこなかった事も有り、総隊員以外の貴族と接点が薄い。
「しかしお前…… この時間から参加とは、すでに騎士団にでも内定しているのか?」
またも少し会場がざわつき、一瞬だけ俺を見る。
学生の時に騎士団に内定を貰えた学生は、あらゆる面で優遇される。
部隊による訓練義務が発生するからだ。
だからこのようなバイトも、騎士団での訓練が終わってからの参加が認められている。
しかも働く時間が短くても、同じ賃金が貰える好待遇。
さらに騎士団からも訓練で拘束された分、給料が支給されることから、稼げる金額が格段に違ってくる。
金銭的な余裕のない下級貴族学生の集まりの中では、俺の状態は夢にまで見る好待遇に違いない。
俺はその男に頷く。
現に総隊の仕事を終えてから、この現場に参加しているからだ。
俺がブラブラ遊んでいられるほど、総隊は暇ではない。
「そうか、わかった。 騎士団訓練の後なら仕方がない。 俺はこの現場を取り仕切っている、『アポール・ドテール』と言う! 以後俺の指示に従ってくれ」
この現場は、『アポール・ドテール』と言う男が取り仕切る。
それは学校と同じ、この現場では身分の上下は関係なく、みなが彼の指揮に従わなければならないと言う事。
忙しい現場で身分の上下を言い出すと、仕事に支障をきたすからだ。
とりわけ、現場監督を務められる職人気質の貴族が、『騎士爵』に多いいからだろう。
式典準備の仕事は下級貴族のバイトだと言っていた。
下級貴族は下位から『騎士爵』『準男爵』となる。
『男爵』位からは中級貴族となり、貴族街に屋敷を構える事を許され、社交場が代わるのだ。
現場での上下関係は無いと言っても、それなりの気遣いは出てくる。
『アポール・ドテール』は騎士爵なのだろう。
俺が騎士団に内定している事を知ると、素直に引き下がったからだ。
普通は学生時に事前に内定がもらえる貴族は、余程才能のある者か上級貴族と決まっている。
ここには下級貴族しか居ない現場と言う事は、騎士団に内定をもらっている学生はほぼ皆無だと言って良い。
俺のように内定している者は、将来有望、上官になる可能性が高いと言う事になる。
まぁ…… 俺は『アポール・ドテール』に逆らう気などサラサラ無い。
式典の準備を任されているという事は、この男は口は悪いが無能な筈が無いからだ。
郷に入れば郷に従え、ここは彼の戦場、俺はその中の一兵士にしか過ぎない。
トンテン カンテン トンテン カンテン
トンテン カンテン トンテン カンテン
俺は式典の手伝いをする。
昨日は一日トンカチ仕事だった……
正直、式典会場作りの仕事を手伝うと言ったが、バイト学生と同じ仕事をする予定では無かったのだが……
現場監督『アポール・ドテール』に俺の事を伝えていないマール宰相が悪い。
今更後に引けず、バイト作業を続ける……
そして、バイト代は要らないとマール宰相に言ったのに、仕事終わりに皆と一緒にバイト代を手渡された。
『金貨一枚』 元平民感覚で言うと家族四人が外食して銀貨二枚ほど。
金貨なら五回分の外食が出来る。
下級貴族の金銭感覚は平民に近い、いやむしろ商人の方が裕福だと言える。
一日のバイト代『金貨一枚』は嬉しい金額だろう。
そして今日もバイト仕事で、トンカチで……
トンテン カンテン トンテン カンテン
トンテン カンテン トンテン カンテン
すると……
一人の女の子が俺の隣に座り、一緒に作業をしだす。
その手際は……ド素人。
⦅まぁ……下級と言っても貴族だしな。 元平民の木こりだった俺とは違うよな⦆
……と思って、何気なくその少女の顔をチラッと見てみると……
⦅ッ――!!! ちょっ! フュエ王女!!!⦆
目を見張る俺の顔を見て、フュエ王女がニコリと微笑む。
⦅マ……マール宰相ッ――――!!!⦆
俺は心の中で叫ぶ!
明らかにこれはマール宰相の『謀』だ…… やられた!!!
気まずく何もしゃべれない俺の隣で……
一切無駄口を叩かず、フュエ王女も一生懸命トンカチを叩く。
トンテン カンテン トンテン カンテン
トンテン カンテン トンテン カンテン
俺は誰にも気づかれないように小声でフュエ王女に話す。
『で、殿下…… どうしたのですか? 殿下がこの様な場所にいらっしゃるなど』
『はい。 ここにソーテルヌ卿がいらっしゃると聞いたものですから……ご一緒したくて』
流石にフュエ王女も空気を読んで小声で話してくれる。
『そ、そうですか……』
トンテン カンテン トンテン カンテン
トンテン カンテン トンテン カンテン
⦅か、会話が続かない――!!!⦆
『キャッ!』
『ッ――! 殿下!! 大丈夫ですか?』
『はい、大丈夫です。 すみません、このトンカチと言うの使うの初めてなもので……』
『そ、そうですか…… おケガが無くてよかったです……』
⦅この状況…… どうすれば正解なんだ!?⦆
⦅とりあえず…… まずは呼び方だな、王女や殿下はマズい!⦆
『あの……殿下! これからなんとお呼びすればいいでしょう?』
『フュエ! フュエと名前でお呼びください!』
フュエ王女は満面の笑みで答える。
⦅ち、違う―――!!! ………ま、間違いじゃ無いけど、そういう事ではなくて、ここでの王女と気づかれない為の呼び名を聞きたかったのに!⦆
俺がテンパっておたおたしていると……
現場監督のアポール・ドテールから怒鳴られる!
「そこのお前! 何をブツブツ話している! ここの仕事はジョルジュ国王やモンラッシェ大統領も参加される大事な式典の名誉ある仕事なのだぞ! いい加減な奴は出ていってもらうぞ」
『『はいッ!』』
咄嗟に謝った俺と同時にフュエ王女も謝る。
その王女とは思えない素朴な謝罪のサマに俺は笑顔が零れる。
トンテン カンテン トンテン カンテン
トンテン カンテン トンテン カンテン
その日は一日、俺はフュエ王女にトンカチの使い方を教えながら、私語を慎み二人で作業に勤しんだ。
【共同作業】
二人の男女が協力し合い、同じ体験・経験をする事で相手との距離をぐっと縮める手助けとなる。
マール宰相の思惑通りに進んでしまっているようで…… 怖い。
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