第六章1 大国の焦り
シャンポール王都で『叙爵・陞爵式』と『舞踏会』が執り行われる事となった。
この度の『叙爵・陞爵式』は、ソーテルヌ総隊近衛隊隊員が主役となる。
ララ・カノン女准男爵
ギーズ・フィジャック騎士爵
ディック
この三名が成した大きな功績への勲功式だ。
この式典には、この三名が功績を立てた国の重鎮も参加表明をしたことで、同盟連合軍による大規模戦争以外での勲功式としては異例な盛り上がりを見せる事となった。
参加表明をした国の重鎮は。
ジョルジュ王国よりルーミエ国王
モンラッシェ共和国よりジュリュック大統領
マルサネ王国より国王の名大としてコート王子とシャントレーヴ殿下
他国の式典に、国王や大統領自ら参加する事は珍しい。
それほど此度の功績が、その国にとって大きな出来事であったことを物語っている。
⦅しかし、なぜマルサネ王国のシャントレーヴ殿下まで来られるのかは良く解らない⦆
「ソーテルヌ卿。 此度の『叙爵・陞爵』は其方には何もないが良いのか? ラトゥール殿は他国の重鎮の為致し方ないが…… ディック、ギーズ、ララは其の方の直属。 それに此度の事変を解決したのは実質、其方の麾下総隊だ。 竜騎士部隊を創設した功績も大きい。 其方を『大公位』にする下地は十分整っていると言ってよいのだぞ!」
「マール宰相…… この国の『大公位』は王族のみに許される爵位。 それは無理というものでしょう」
「だからだ! なぜお前は『フュエ王女』を欲しない!? 王女は其方に嫁ぎたいと心に決めているのだぞ!」
「…………。 宰相、私にはララとラトゥールが居ます。 それ以上を望むなど……」
「前にも言ったであろう! 其方はすでに公爵位、妻の数は五人や十人など当たり前の事。 最低でも三人、第三夫人までは必要だと思いなさい! でなければ社交がままならなくなる」
「いや、それは……」
「繰り返すぞ! 力を持つものは、跡継ぎを残す事も責務。 だが婚姻とはそれだけでは無い。 余計な争いごとを起こさぬよう、武力ではなく社交で競い合うのが貴族というものだ! 政略として多くの妻を娶り、子を成し、繋がりを増やし、派閥を作る。 貴族同士の争いを回避する事も義務なのだ」
「…………」
「…………。 まぁ良い。 まだ其方にはこのような話早すぎる事も分かっている。 フュエ王女もまだお若い。 若者同士でゆっくり話し合ってみれば良い」
マール宰相の執務室を後にすると、ララとラトゥールが待っていた。
「二人共どうした?」
「『どうした?』はこっちのセリフでしょ? 爵位の事で宰相に呼ばれたって聞いたから…… 心配になって来たのよ」
ラトゥールを見ると、『ララに無理やり連れて来られた……』と言う顔をしている。
そしてラトゥールが口を開く。
「フュエ王女との婚約の話では無いのですか?」
「ッ――!!!」
⦅な、なぜそれを!?⦆
俺の反応が肯定と暗に示している。
淡々と話すラトゥールとは対照的にララが蒼白になっていく。
「普通に考えれば分かる事です。 フュエ王女のディケム様を見る目は恋する女の目ですし。 王族としても是が非でもディケム様を身内として取り込みたいでしょう。 ディケム様は公爵位まで上りつめられ、次に陞爵(功績により爵位が向上すること)するには王族にしか許されない『大公位』しかない。 そこに爵位の話で呼ばれたとなれば…… おのずと答えは分かります」
「…………」 「…………」
⦅ラトゥール 怖ッ!⦆
「ラ、ラトゥール様はそれで良いのですか!? ディケムが王女様と結婚しても! 先ほどから落ち着いていらっしゃいますけれど!」
「ララ…… 前から言っているが、ディケム様程の地位と力を持てば、妻を何人も娶る事は当たり前だ。 むしろそれが義務となる。 私はディケム様が私の事も愛してくれるのなら、他に何人妻が居ても構わない! むしろ妻を何人も持てないような、うだつの上がらないない男など、私は御免だ!」
「…………」 「…………」
俺もララも言葉もない……
「ララ! 私は最初にお前に言ったぞ…… 『私はディケム様ならば妻が何人居てもいいと思っている。 お前にはそれが許せるかどうかだ』と……」
「お、覚えています…… あの時は意味が分からなかったけど、今なら少しわかります」
「ララ。 お前が不安がっているのは自分に自信が無いからだ! 誰がライバルだろうと私が一番だと思えれば、そんな事は些細な事と笑えるはずだ」
「それは…… ラトゥール様ならそんな事言えるかもしれませんが…… わたしは……」
⦅ラトゥール。 元パン屋の娘には難しいと思います…… 相手が『魔神五将』とか『王女様』ですよ……⦆
すると――
『少し真面目な話をしましょう』 と急にラトゥールの顔が引き締まる。
俺とララもつられて背筋を伸ばして真面目に聞く姿勢になる。
「ディケム様。 小国とは言えゲンベルク王国がディケム様の従属に入った事は、政治的に非常に大きなことなのです。 もちろん魔神族との同盟やエルフ族の従属の方が実質的には大きな事なのですが…… 同じ人族領の国が、五ヵ国同盟ではなく、ディケム様の従属を選んだ…… これが大きな事なのです。 国として、シャンポール王国よりもディケム様の方が上、価値があると判断されたのですから」
「ちょっ……それは違う! ゲンベルク王国は竜信仰の国だから――……」
「同盟の中身がそうでも各国はそうは思いません。 それにゲンベルク王国も建前はそうでも、中身はそうでない可能性の方が高い。 ですから……今さら、各国が焦り出しディケム様との繋がりを欲しているのです。 この度のマルサネ王国の来賓にシャントレーヴ王女が含まれているのもそう言う事でしょう」
「…………」 「…………」
「そして、いくらディケム様がシャンポール王国の家臣とは言え、その力はもう国の力を超えてしまっています。 あなた様が望めば、この国を力で手に入れる事は容易! この度のモンラッシェ事変のクーデターも各国の焦りを後押しする要因でしょう」
「なっ!!! そんな事は――……」
「人の感情の話です。 シャンポール一族もあなた様を恐れ、『身内として取り込みたい』などと悠長なことではなく『取り込まなければならない』と必死なのでしょう」
「…………」 「…………」
「ディケム様! 私は……貴方様がこれから目指す覇業の為には、地位固めも必要ではないかと愚考致します。 ディケム様に足りないものが有るとすれば、血筋でしょうから。 ですが…… あなた様がこのような小事に悩まされる必要は御座いません。 好きにすればいいのです。 あなた様の覇業は、人族と言うこんな小さな国の王でも全種族の頂点に立つ事でも無いのですから。 煩わしい政治的な問題が起きましたら、私が全て片付けて差し上げます」
「…………。 あぁ…… た、たのむ」
ラトゥールの『全て片付けて差し上げます』が怖くて……
俺はこの問題を棚上げして、仕事に向かう事にした。
ララもとても個人の感情で話していい事では無いと、諦めて訓練に戻っていった。
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