第五章4-49 閑話 火の神殿の巫女ナージャ1
これは――
モンラッシェ共和国が建国されるずっと前。
ゲンベルクの民を守り、愛する人との約束を守り通した、一人の巫女のおはなし。
ここはゲンベルク神殿、火の神【アジ・ダハーカ】様を祀る神殿。
ここゲンベルク神殿では、代々男の神官の中から最も『力』の強い者がゲンベルクの名を継ぎ、【神主】となり神アジ・ダハーカ様を祀り【火の宝珠】を護ってきた。
そして、女の神官の中から最も『魔力』の強い者が、【巫女】に選ばれ、神代より眠るアジ・ダハーカ様のお世話をし、神託を皆に伝える役目を担ってきた。
巫女に選ばれた者は、ゲンベルクの民が付ける指輪にアジ・ダハーカ神の加護が宿る。
加護が宿った指輪を持つ者だけが、神殿奥のアジ・ダハーカ神が眠る祠に入ることを許される。
そしてゲンベルクの民はこれまで、アジ・ダハーカ神の加護により、様々な恩恵を受けて来た。
もともとゲンベルクの民は、戦争に敗れ、迫害から逃げるために、誰も近づかないこの火竜山の麓、毒ガス立ち込める不毛な土地に逃げてきた。
ここは水を掘れば硫黄を含む熱水が湧き出し、至る所にガスが噴き出だす。
稲作も出来ず、家畜も育たない、人が住むには過酷な土地だった。
ここへ逃れて来たゲンベルクの民も、次第に毒に侵され短命だったと云われている。
しかしある時、一人の少女が、誰も近づかない毒ガスが濃い洞窟の最深部に、【火竜】を発見する。
少女は、悠久の時より眠る【火竜】に塵や瓦礫が積もり、あまりにも酷いありさまに心を痛め、瓦礫をどかし、塵を払ってやった。
――すると!
少女が付けている指輪が光り出す。
そして【火竜】の声が少女の心に響く。
【火竜】の言葉は、瓦礫に埋まった【火の宝珠】を掘り出して欲しいと言う願いだった。
少女は【火竜】の願いを聞き入れ、仲のいい村の男に頼み、瓦礫を退ける。
すると、心に響いた声の言った通り【火の宝珠】が瓦礫の下から出てくる。
【火竜】は、自身の身を清めてくれた事と【火の宝珠】を掘り出してくれた事の礼
として、この土地のガスを治め、食物を育てられる湧き水を与えた。
この時よりゲンベルクの民は【火竜】を『迫害された民=ダハーカ』を導く竜【アジ・ダハーカ】と敬い、共に生きるようになった。
選ばれた男の神主は【宝珠】を護り、女の巫女は【アジ・ダハーカ】の声を聞き世話をする。
だがこの時、ゲンベルクの民は皆、何故【火竜】は悠久の時より眠りにつくのか、その理由を知る事はなかった。
私の名はナージャ。
【アジ・ダハーカ】様と生きる、この肥沃な土地ゲンベルクの民として生を受けた。
ゲンベルクの女は皆、【アジ・ダハーカ】様に仕える巫女になる事を目指し、指輪に加護が灯る事を夢見ている。
もちろん私も、いつか巫女になりたいと日々精進している。
私達が働く神殿はとにかく大きい。
伝え聞くところによると、アジ・ダハーカ様がそれまで洞窟で暮らしていたゲンベルクの民の為に、一夜にして神殿を作り上げて下さったのだとか。
アジ・ダハーカ様は大きい、だから人のサイズの神殿が分からなかったらしい……
でもそのあまりにも大きな神殿が今では名物になり、他国より観光の旅人が押し寄せるようになった。
良い温泉が湧くので、湯治場としても人気だ。
そして、日々巫女の修練に明け暮れる私には憧れの人が居る。
ワジム・ガモワ様。
ガモワ様は次の【神主】、【ゲンベルクの名】を継ぐのに最も近いとされるお方。
だからガモワ様はいま一番モテル人なのだ。
「ガモワ様~♪ ガモワ様~♪」
私はいつもガモワ様の後をついて回る。
私は、魔力は強いけど体の成長が遅い。
身長が低く胸も尻も小さい、女性としての魅力がゼロ……
ガモワ様は私を女として見てくれないけど、今は側に居られるだけで嬉しい。
いつかきっと私も成長して、女性として見てもらうんだ。
それまでは、愛嬌で勝負するしかない。
「ガモワ様! 今日もお弁当作って参りました」
「ナージャ、いつもありがとう。 ナージャのお弁当は美味しいからね」
「フフ、私頑張っているのです。 褒めてくださいませ!」
「あぁ。 いつもありがとうナージャ」
「はい! ガモワ様♪」
これが私とガモワ様のいつものやり取り。
私はガモワ様が喜ぶ顔が見たくて、お弁当を作り、お部屋に花を飾り、お掃除をして…… 身の回りのお世話を何でもやった。
私の押し付けのお節介、そして『褒めてくださいませ!』の要求に、ガモワ様は嫌な顔一つせず、いつも付き合ってくれた。
私はガモワ様から『ありがとう』の言葉が貰えると何よりも幸せな気持ちになった。
「ナージャ、巫女の修練はどうですか?」
「………………」
これが今、私がガモワ様から聞かれて、一番辛い質問だ。
この頃私は、あれほどなりたかった巫女の修練に身が入らない。
正直に言うと、アジ・ダハーカ様に仕えるよりも、ガモワ様に仕えたい。
巫女に選ばれれば、そのお役目から解放されるまで、結婚など出来なくなる。
そんなの嫌だ………
「どうしたナージャ。 其方は今、ここゲンベルクで一番魔力が強く巫女の誉れに近い神官なのだぞ! 皆一生懸命精進している。 怠けていると、直ぐに他の者に追い抜かれてしまうぞ」
「私はそれでも構いません。 私はガモワ様にお仕えしたいのです!」
「ナージャ…… ゲンベルクの民にとって、アジ・ダハーカ様に仕える事こそが一番大切な事なのだ。 アジ・ダハーカ様の信頼を裏切る事は許されない」
「はい……」
私が巫女の修練を頑張れば頑張るほど、ガモワ様に褒めてもらい嬉しいけど……
私の一番の望みからは遠ざかっていく。
でも…… 私はガモワ様の信頼を裏切ることは出来ない。
「ガモワ様! この前の修練では一番に選ばれました! 私、頑張ったのです! 褒めてくださいませ!」
「あぁ。 よくやったナージャ! えらいぞ」
「はい! ガモワ様♪」
結局私は、ガモワ様に褒めてもらいたくて、誰よりも修練の努力をした。
「ガモワ様! 今年の巫女修練では最優秀に選ばれました! 私、頑張ったのです! 褒めてくださいませ!」
「あぁ。 さすがだナージャ! えらいぞ」
「はい! ガモワ様♪」
――そしてその年。
ガモワ様が【神主】に選ばれ、ゲンベルクの名を継ぎ……
私の指輪に【加護】の光が灯った。
その日の夜、私は人知れず泣き明かした。
『これでもう、私の一番の願いは叶わなくなった』と……
【神主】と【巫女】となった、ガモワ様と私は、【アジ・ダハーカ】様へのお勤めに励んだ。
ガモワ様は、神主となりゲンベルクとなられたけど、二人の時は『ガモワ様』と呼ぶことを許してくれた。
毎日毎日、良き【神主】と【巫女】であれと……
ガモワ様と私は二人一緒に励んだ。
そんなある日。
「なぁナージャ。 私は其方に謝らなければならない。 其方が私に好意を抱いている事を知って、それを利用し立派な【巫女】に仕立てようとした。 最低な男だ」
「え……?」
「私は、私が【神主】の時には最高の【巫女】が側に居てほしと思ってしまった。 そしてそれが其方、ナージャだった。 そんな私の我儘に其方は答えてくれた。 だが……修練が足りていなかったのは私の方だった。 最高の【巫女】のそなたの隣に立つ私は、自分の欲望の為に少女の心を利用する、最低の【神主】だった。 本当にすまなかったと思っている」
「そ……そんな! 違います!!! ガモワ様は立派な【神主】様です! 頭を上げてください」
ガモワ様はしばらく何も言わず、私に頭を下げたままだった。
そして――
「なぁナージャ。 もし其方が私を許してくれるのなら…… 何年先になるかわからないが、二人のお勤めが終わった後、二人で一緒に暮らさないか?」
『あ……』
私が一番聞きたかった言葉、私の一番の願いだったこと。
「で、でも巫女のお勤めは、いつ終わるか分かりません。 終わる時、私はお婆さんかもしれませんよ?」
「あぁ勿論だ」
「それでも良いのですか?」
「もちろんだ。 其方がお婆さんなら私もお爺さんだ。 一緒に暮らそう! 約束だ」
「はい! ガモワ様♪」
私は……
今、世界の誰よりも幸せだ――




