第五章4-46 火竜アジ・ダハーカ
ナターリア視点になります。
私達は最後の『ヘルズ・ゲート』の前に立つ。
今も『ヘルズ・ゲート』からは膨大な数の悪魔があふれ出している。
それを三人の四門守護者と魔神ペデスクローが殲滅している。
「それでディック…… どうするの?」
グラン様の簡単な質問にディック様が困った顔をする。
「『ヘルズ・ゲート』には『ゲヘナの炎』は効かないんでしょ?」
「あぁ。むしろ魔王を強化して出てきてしまうと思う……」
「じゃあ…… イフリート様の超火力で燃やし尽くすの?」
「いや…… 残念だけど今のおれではまだ『ヘルズ・ゲート』を燃やせるほどの超火力をイフリートから引き出せない」
確かに……
ラトール様以外の他の四門守護者も、神獣の力を借りて『ヘルズ・ゲート』を消滅させていた。
だけど…… ディック様には力を借りられる神獣が居ない。
⦅え? って事は…… まさか!?⦆
「ならどうするのよ…… 何も策が無くてここに来たわけじゃ無いんでしょ?」
「あぁ……だから失敗しちゃったらごめんな。 グラン……」
「なんで私に最初に謝るのよ……ん? ちょっ……まさか!?」
「うん……【火竜アジ・ダハーカ】を起こそうと思う。 それしか俺には方法が無い」
⦅ッ―――!!! とうとうアジ・ダハーカ様を⦆
すると悪魔の掃討を終え、やっと私たちに周りに集まってきた竜騎士たちが話を聞いて動揺を見せている。
「ナターリア。 い、いま…… ディック殿はアジ・ダハーカ様と言わなかったか?」
セイゲルの問いに私は頷く。
「それは…… 我々の神『アジ・ダハーカ様』を顕現させると言う事で間違いないのですか!?」
ベルモットの問いにも頷く。
「し、しかし…… それは我々の開祖様から伝わるただの神話、おとぎ話では無いのか? 『アジ・ダハーカ様』が本当に存在するなど……」
「セイゲル……『アジ・ダハーカ様』は現にいます。 これがその証拠です」
私はセイゲルに『巫女の証』ゲンベルクの国章が光り輝く指輪を見せる。
『なっ! これは……』 セイゲルとベルモットは目を見張る。
「私はあの時、グラン様に案内され本当にアジ・ダハーカ様とお会いしたのです。 そして本当に会話を交わしたのです。 そのお姿は神話に伝え聞く通り灼熱のように赤く神々しいお姿でした。 ただ今はまだ悠久の眠りについたまま念話だけの会話しか出来ませんでしたが……」
『それは本当なのか……?』『信じられん……』『それが本当なら……』
と続々と集まってくるゲンベルクの竜騎士たちの動揺は隠せない。
自分達が信仰する神がすぐ近くに居るのだと知れば誰だって冷静では居られなくなる。
戸惑うゲンベルクの竜騎士達を私に任せ、ディック様が『ヘルズ・ゲート』を召喚した魔法陣の上に立つ。
そして両手を付け、魔法陣の組み換えを行ってゆく。
⦅ディック様は、アジ・ダハーカ様の座標を分かっているの?⦆
⦅この魔法陣の組み換えはソーテルヌ卿からの指示じゃない⦆
⦅ディック様は自分で魔法陣を理解して自分一人で組み替える事が出来るの?⦆
失敗すれば…… 不発ならばまだ良い。
最悪の場合はこのモンラッシェ共和国が滅ぶ可能性もある。
でも……
私の懸念など『なんら問題はない』と言わんばかりにディック様は平然と魔法陣を組み替えていく。
――そして!
魔法陣の光が増しついに光の柱が立つ。
『アジ・ダハーカ様が……顕現する!』
私の叫びにゲンベルクの竜騎士全てが光の柱を固唾を呑んで見守っている。
『…………』 『…………』
セイゲルとベルモットも私の隣で息を呑んでただ光の柱を見つめている。
天を焦がすほど輝いていた光の柱が薄らいでゆく……
すると徐々にその中に巨大な竜の姿が見えてくる。
その体の大きさは暗黒竜ファフニール様と同等。
皮膚は灼熱のように赤く鱗は全ての攻撃を跳ね除ける鋼のよう。
そして…… 神殿で拝見したときは閉じられていた目は今は開いている。
その見た者の魂を喰らい尽くすような金色の目は静かにディック様だけを見据えている。
「あっ……あれがアジ・ダハーカ様なのか!?」
「そうです。我々竜信仰のゲンベルクが崇める神! アジ・ダハーカ様です」
「まさか…… この目で拝見する事が叶うとは……」
このモンラッシェ共和国に来た全てのゲンベルクの竜騎士が、アジ・ダハーカ様をみて膝を折り崇拝の意を示している。
しかしアジ・ダハーカ様が見据えているのは我々ゲンベルクの民ではなくディック様だけ。
悠久の眠りにつく神を起こす事が許されるのはその資格を持った者だけ。
そしてアジ・ダハーカ様の前に立つ資格が有るのは、その資格を持つディック様しか居ない。
アジ・ダハーカ様がディック様を見据える中ディック様は袋から【竜王の宝珠】を取り出す。
するとその宝珠はアジ・ダハーカ様の前で強烈な光を放ちだす!
(あれは……【神の呪い】を浄化しているの?)
アジ・ダハーカ様はだまってその光を浴びている。
そして……
光が収まり宝珠が力を失ったとき、ディック様がアジ・ダハーカ様に問いかける。
「『火竜』これで良いのだろ?」
「うむ…… いや……『ゲヘナの炎』までとは予想以上だった。 よくぞこの短期間にそこまでの力を手に入れたものだな。 正直お前が我の所まで来るのにあと三百年はかかると思っておったぞ!」
「残念だが人族はそれ程長く生きられない」
「そうだったな…… 今は神代とは違うのだな」
私達が見守る中、二人が二言三言ことばを交わした後アジ・ダハーカ様がディック様に頷く。
ディック様も頷いた後…… 呪文を詠唱する。
【火竜アジ・ダハーカに告げる! 我の鎖を受け入れ我の力となれ。 さすればいかなる呪詛を退け汝に自由を約束しよう】
≪――αλυσίδα(鎖)――≫
≪――πρόσκληση(召喚)――≫
『火竜アジ・ダハーカ様』はディック様の契約魔術を受け入れそして叫ぶ!
「我が名は火竜アジ・ダハーカ! 契約に従いディックの支配を受け入れよう」
「…………」 「…………」 「…………」 「…………」
我々ゲンベルクの竜騎士はその光景をただ息を呑み見守る事しか出来なかった。
私達が神と崇める存在を…… ディック様は従属させてしまったのだから。
「ナ、ナターリア…… ディック殿はなにを……」
「まさか…… アジ・ダハーカ様を支配下におさめたと言う事ですか……?」
「そ、そんな事……」
あまりの事に竜騎士達は軽いパニックに陥っている。
「みな落ち着きなさい! アジ・ダハーカ様は神の呪いを受け悠久の眠りを必要としていました。 この『従属契約』はアジ・ダハーカ様をその呪いから解放するもの! アジ・ダハーカ様の指示によるものなのです」
私の言葉を聞き一応みな表面上の冷静さを取り戻しましたが……
正直その顔はまだ納得していない。
しかし今はまだこの戦いは終わっていない。ここで皆がパニックになられては困る。
最後の『ヘルズ・ゲート』を破壊した後、皆にあらためてゆっくりと説明するしかない。
竜騎士団が浮足立っている間にディック様は一気にこの戦いに終止符を打つ為に動き出す。
ディック様の指示でアジ・ダハーカ様が詠唱を始める。
【此処より彼方へ、世界すら跨いだ彼方に終末はある。 時は満ちた! 今より境界を払い終末をもたらそう…… 来たれ終末の炎よ! 全てに終末をもたらせ!】
アジ・ダハーカ様の首にノイズが走りブレる!
そしてノイズが収まった時……
そこには三頭竜となったアジ・ダハーカ様がいる。
≪――διαρρέουσα-φλόγατης-μοίρας(漏れ出る終末の炎)――≫
アジ・ダハーカ様の背後に空間の割れ目が顕現する。
そこからアジ・ダハーカ様へと炎が流れ込む……
――そして!
三つの頭から『終末の炎』が放射される!!!
ドンッッッ────────!!!!
ゴォッ——オオオオオオッ————————————!!
その炎は……
神の領域『獄炎界』から引き出された炎。
私達がただ茫然とその光景を見る中……
アジ・ダハーカ様の『終末の炎』により『ヘルズ・ゲート』は消滅した。




