第一章26 地の底にあるもの
「ウンディーネ様! 本当に僕たちはラスさんラローズさん達を助けられないのですか?」
「そうじゃ」
「俺たちだって、少しは助けになれるんじゃないか?!」
「オヌシラは確かにある程度の強さを手に入れた、その反則的なマナの繋がりのおかげでな」
「――なら!」
「お主ら…… 戦争をなめておらぬか?」
「え……?」
「戦争と戦闘は違うのじゃ。 オヌシラは戦争をしらぬ。 個々の武勇など、圧倒的数の前には無に等しい。 オヌシラは何度か騎士団の者たちと摸擬戦をやっておったが、あれはあくまでルールを決めての事じゃった。 オヌシラがもし戦場で少しでも目立ったら、敵はオヌシラ一人一人に百人いや千人ぶつけてくるかもしれぬぞ」
「そ、そんな………」
「まえに、戦闘訓練を行ったとき、そなたらは妾の理不尽な攻撃に『こんなの無理! ずるい!』と言っておったよなぁ。 あの時のような理不尽にまだお前たちは対応しきれぬじゃろ? 」
「うっ…… あ、あれは――」
「戦争とは、相手に理不尽さを突き付けた方が勝つのじゃ! オヌシラには、圧倒的に経験が足りぬ! だが焦るのではないぞ? まだ十歳やそこらのガキが、経験なぞ有ってたまる物か! アヤツら大人たちは、オヌシラ次の子供達にその時間を与えるために行ったのじゃから」
「で…でも! じゃあ、何のためにラローズさんに、精霊と契約させて鍛えたんだよ! ラスさんやラローズさんに勝ってほしいからじゃないのかよ! 足止めだけならこんな希望を与えて、見放すような事しなくたって………」
「――ディケムも黙ってないでなんか言ってくれよ!」
「………………」
俺はディック達の叫びに何も言えなかった………
「……なんの為じゃと?」
皆がウンディーネの真意を測るように、次の言葉を待つ。
「そんな事は言わなくても分かるじゃろ! ディケムの時間を作るためじゃ! あと二年もすれば、ディケムもデーモンスライム如き倒せるようになるじゃろう」
「でもそのために、ラローズさん達が死んでも良いのですか? 皆で戦えば少しでも勝機が上がるのではないですか?」
「おぬしら勘違いしておらぬか? 妾はディケムだけの精霊じゃ。 ディケムが生き残るためならば、他の誰が死んでも構わぬ。 躊躇なく犠牲にする、それはお前らとて同じじゃ! 少しでもディケムに死の危険があるのなら、犠牲を払ってでもその可能性を妾は潰す!」
「そ…そんな………」
ディックとギーズは絶句して動けない――
ララは泣きじゃくっている………
「重ねて言う! 今の実力ではカヴァ将軍に決して勝てぬ! 勝つ見込みが無い以上、決して戦場には行かせはせぬ! ディケムを危険に晒す行動を取るのならば、妾はお前たちとて躊躇なく処理すると知れ!!」
「―――ッ!」
三人は力なくへたり込んだ………
ウンディーネの決断は覆らない。
そして自分たちの不甲斐なさを呪う。
この一年半もっとまじめに訓練していれば、この結果は変わっていたかもしれないと………
「ディケムもわかったな!」
「………ハイ………」
俺はウンディーネの言葉に素直に従うが………絶望などしない!
(ちがう………ウンディーネは『勝つ見込みが無い以上』と言ったんだ。 勝てる策がきっとあるんだ! それさえ見つければきっと!)
――俺はまだ諦めない!――
数週間後、王国軍が、アルザス渓谷で準備を進めるカヴァ将軍の軍に、奇襲を行ったとの情報が流れてきた。
奇襲は大成功、わが軍優勢!
「フン、奇襲は成功したが、ただの足止め程度よな」
「そんな! 王国が発表した情報だと人族軍が魔族軍に大打撃を与えたって!」
「これは戦争じゃ。 情報操作に決まっておる。 新聞やあらゆる情報誌に、国民の血沸き肉躍る嘘の情報を流し、士気を上げるものじゃ。 国民・兵士の士気次第で戦況は簡単にひっくり返る。 味方に『攻撃効かないから打つ手なし』など、士気が下がる事言うわけ無いじゃろ。 国民意思の誘導も、戦争下では悪ではない、勝った者が正義なのじゃから」
「うっ…… そんな……」
「まぁ、ラローズが居るから、多少のダメージを与えられているがな」
数の戦いでは、士気こそが勝敗のカギになる………
だが、戦略を考える者はその情報に流されてはいけない、正確な現状を把握し打開策を考えなければならない。
「ディケム! そろそろオヌシ【大いなるマナ】から、戦場の情報を見ることが出来ぬか?」
「戦場って、そんな遠くの事が見えるわけ――」
「――ディケム、マナの大河とはこの星全体をめぐっている。 オヌシは前に精霊にはからだ、個の概念が無いと学んだな」
「――ハイ!」
「マナの大河を大きな精霊と考えろ、オヌシは一〇m先に妾を飛ばして、そこを見ることが出来るじゃろ?」
「――ハイ!」
「イメージは、【大いなるマナ】を通じて、遠くに妾を飛ばす感じじゃ!」
「やってみます!」
おれは目をつぶり瞑想する。
大いなるマナとのラインを繋ぎ、意識をマナに潜り込ませ、遠くへ遠くへ飛ばしていく………
微かにボヤっとだが、アルザス渓谷の戦場が見えて来る。
(ここか! たどり着けた!)
戦場の細かな個々の判別など分からないが、なんとなく懐かしいマナが集まっている方が人族軍だろう。
対戦している軍に、強烈な悪意と、とてつもなく大きなマナの戦士がいる……
これがカヴァ将軍か? こんなの勝てるはずがない!
「見えたか?」
「はい! なんとなくボヤっとですが…… 細かな個々の判別は難しいですが、どちらの軍が優勢くらかは……、 あと、マナが強大なカヴァ将軍と、精霊を使っているラローズさんはわかります。 あの…… デーモンスライムって人の形しているのですね?」
「いや、動きやすいように擬態しているだけじゃ、人でなくても悪魔や動物にも擬態できる。武器を持ちやすい形を選んでいるだけじゃろう……、擬態を解けば、お前らが知っているスライムじゃ」
「それで、苦戦している様子が見えたか?」
「はい…… こ、こんな……」
「今日は、オヌシの訓練はしばらくその戦場を見る事じゃ」
「はい……」
「そして、どうしたらこの戦況を打開できるかを考えてみるのじゃ! 戦争を第三者の視点で、しかも安全な場所から観察することは、普通出来る事では無い。 良い経験になるじゃろ」
良い経験って…… ラスさん達が居るのに、そんな悠長に見ていられない――
――いや違う今だ! ここでウンディーネは『勝つ見込み』を探せと言っているんだ!
この戦場には何かある! なにか探せ! いい方法が見つかれば、駆け付けられなくてもラスさんに教えられるかもしれない。
焦るな俺! 戦場は今、辛うじて均衡を保っている、少しは時間があるはずだ!
ラローズさんが、ウォーターエレメントを使い、火炎球に水属性を付与し、戦場を水蒸気爆発で敵をかく乱させている。
しかし下級精霊の魔法では威力が足りない。
デーモンスライムの軍勢には決定打を与える攻撃には至っていない……
だが幸運にも、カヴァ将軍に人族の精霊魔法の底が知られていない。
カヴァ将軍も、慎重になり思い切った攻勢には出られないでいる。
もし精霊使いが一人だと知られたら……… 一気に潰される。
そんな焦りが、俺の思考を停滞させる。
カヴァ将軍の軍は少数精鋭の圧倒的な防御力特化の軍隊だ。
軍全体で三千人ほど、その中のカヴァ将軍直轄のデーモンスライム千体がやばい!
対する人族軍は、二年前に壊滅的損害を受けたが、ウンディーネの情報により二年間立て直しに励み、現在シャンポール王国軍は前線戦力一万五千まで回復した。
だが、他の同盟国三ヶ国は、ウンディーネの情報を信じず、大敗後の立て直しが間に合わず、二年間動かなかったカヴァ将軍が動き出した情報にさえ懐疑的だった。
さらに攻め込まれている領土がシャンポール王国と言う事もあり、援軍を出すとは言ってはいるが、その実は時間稼ぎをしているだけだった。
ここでシャンポール王国が滅べば、他国の滅亡も時間の問題になると、なぜ分からないのか………
五倍もの戦力差を確保し、普通の戦争ならば人族軍の圧勝だろう………
しかし相手は人族の天敵デーモンスライムだ。 ラローズさんのお陰で前線はまだ崩壊していないが、やはり敗北は時間の問題だろう。
一体でも倒せないデーモンスライムが千体とか………
一体一体に少しずつダメージを与えていてはジリ貧だ。
圧倒的な力で一気に焼き払いたいが…… 何か? 何か無いのか?
ウンディーネは、こう言う時は必ず何かある。
簡単には教えてくれないが、必ず導いてくれている。
戦場をもっと広く見るんだ……… 川か? それとも谷か?
アルザス渓谷はその昔、氷河が削って出来た高低差千メートルにもなる渓谷、谷底には温泉が湧き、もともと風光明媚な温泉療養地として人気の観光地だった。
それが二年前の戦争で戦場になり、現在は魔族軍が占領している。
カヴァ将軍が一度本国に引き返さず、ここで二年間もの長期にわたり軍備を立て直したのも、ここが温泉地で、療養地としても優れていたからだろう。
ん? 温泉? ………地下には熱線? ………地下に何かある!
この大きなマナのエネルギーは……… マグマ!
だけどこの感じ……… マグマのほかに何かいる?
(ッ――――アッ!!!)
谷の底、マグマだまりがあり、そこに【火の上位精霊サラマンダー】が居る!
面白ければブックマークや、評価を付けて頂けると励みになります。




