第五章4-41 雷を支配する者
ナターリア視点になります。
北地区に向かう私達は、西地区でララという少女が見せた衝撃的な戦いに戦慄を覚えていました。
⦅あの少女は絶対に怒らせたらダメなやつだ……⦆
私は心の手帳の怖い人リストに、あの少女の名前をしっかりと書き込み見ました。
グラン様もロベリアの上でしばらく黙ったままでした。
ララという少女の戦いを見て目を見開き固まっていた事から、グラン様も友人の戦う姿を見たのは初めてだったのかもしれない。
あの四門守護者の人たちの中に混ざってディック様争奪に挑むとか……
それは相当分が悪そうです。
私はそっとグラン様の健闘を祈りました。
そしてディック様は変わらず凄い勢いで次の目標『北のヘルズ・ゲート』へと向かって行きます。
そしてようやく目的地近くまでたどり着くと、竜騎士の小隊が戦っているのが見えて来ました。
あれは…… ベルモットのライバル『セイゲル』です!
『クロッサンドラ』には乗れるようになっていますが、その戦いは正直まだ覚束ないようです。
竜騎士とは、ワイバーンを乗りこなしその力を利用して戦うもの。
空を制し地の利を得、上空からの滑空を利用した攻撃が竜騎士として正道。
上空からワイバーンの爪と牙そして竜騎士の槍での同時攻撃が真髄と言えるでしょう。
しかし今のセイゲルを見ると…… ほとんどワイバーンが戦っている。
セイゲルはワイバーンに必死にしがみついている感じです。
⦅不甲斐ない……⦆
……と一瞬思ってしまいましたが、これが当たり前なのだと自分の考えを改める。
セイゲル達はワイバーンに乗れるようになったばかりです。
冷静に考えれば、そんな状況で援軍に駆けつけてくれた事が奇跡だと思います。
私はディック様グラン様の戦いを間近で見て、普通以上の特別な竜騎士の戦いばかりを見てきている。
自分の目がそれに慣れてしまっている危険に気づきました。
⦅そして…… 自分の不甲斐なさを棚上げして、セイゲルを責めるなど愚の骨頂です⦆
モンラッシェの人々から見れば、今のセイゲル達でも十分頼もしく見えるはずです。
そんな事を考えていると……
低級悪魔の軍勢とセイゲル達の間にディック様のアキレアが割り込みました!
『なっ!』驚くセイゲルに脇目も振らずアキレアが火炎の息を吐く!
アキレアの超火力に達した火炎の息は放射状に延び、魔法陣までの低級悪魔を一瞬で焼き尽くしました!
「嘘だろ……」 「…………」 「…………」
セイゲルがアキレアのブレスの威力に息を呑んでいる。
西門で私達も同じ思いをしたばかり、セイゲルの気持ちは良く分かります。
ディック様もアキレアも、イフリート様とゲヘナの炎の力を得てゲンベルク王国で戦った時よりも格段に力を増してい流のです。
『これは一体どうなっている?』とセイゲルが私を見ていますが、今は少しの時間も無駄にすることは出来ません。
五つの『ヘルズ・ゲート』を破壊するという不可能なミッションに挑んでいる最中なのですから。
「セイゲル! 今は時間がありません説明は後でします。 我々はディック様の援護に徹します手伝いなさい!」
「あぁ、わかっている! もう俺にわだかまりなどない、事が落ち着いたら改めてゲンベルクでの事は詫びをさせてくれ」
アキレアの火炎の息で開かれた道を抜け、ディック様は何も躊躇することなく魔法陣に飛び込みます。
ディック様が魔法陣を改変している無防備な時間、ディック様をお守りするのが私たちの役目。
グラン様とロベリアは脇目も振らずディック様のすぐそばで身を呈して低級悪魔からディック様を守っています。
私達ゲンベルクの竜騎士も負けていられない!
「セイゲル! 私達もゲンベルクの誇りに掛けて遅れをとっていられません! 決してディック様に悪魔共を近づけてはなりません!」
「おぅ!!!」
私達が『ヘルズ・ゲート』からあふれ出る悪魔を何十と滅し、ギリギリの所で戦線を維持していた時……
西地区の魔法陣の時と同じ様に、ここ北地区の魔法陣にも光の柱が立つ!
――そしてその直後!
ズドォンッ!! バリバリバリバリ――――――!!!
ズドドドドドォン!!! バリバリ――――――!!
凄まじい数の雷落が北地区の街に降り注ぐ。
「キャアアアアアア――――ッ!!! グ、グラン様! な、ななな……何ですかこれは?」
「雷帝と称されるラトゥール様が転移なさったのでしょう。 落雷で悪魔共が滅っされて行くわ。 北の転移陣も改変成功と言うことよ!」
降り注ぐ落雷に怯える私とセイゲルとは違い、グラン様は冷や汗をたらしながらもその口元には笑みが浮べ、興奮を隠しきれていない様子が窺えます。
ディック様が二つ目の転移陣改変を成功させ、転移してきたラトゥール様は四門守護者筆頭と聞きます。
モンラシェ共和国をどうしても救いたいグラン様にとって、今回計画の大本命とも言えるラトゥール様の転移成功は何よりも嬉しい吉報なのでしょう。
魔法陣の光の柱が収まると……
そこには雷をそのまま形にしたような竜が現れます!
「あ…あれは……雷嵐竜シュガール様…… なの?」
「信じられん…… 竜信仰の我々にとって神にも等しいエンシェントドラゴン雷嵐竜様を拝めるとは」
雷嵐竜様にも驚きましたが、その神たるエンシェントドラゴン様の上に立つ美しい女性がいる。
あれは……あの会議で少しだけ顔を見ることができた方。
あの人が四門守護者のラトゥール様なのでしょう。
ラトゥール様をただ呆然と見ていた私とグラン様の元に、必死の形相でセイゲルが駆け付ける。
「ナ、ナターリア! この状況本当に大丈夫なのだろうな? あの雷嵐竜様と魔神殿は味方なのだろうな? あんなの敵だったら我々などひとたまりもないぞ!」
「だ、大丈夫! 私もあのラトゥール様の顔は見ているから」
「顔を見ているって…… 四門守護者殿はシャンポール王都から転移してきるのだろう? なぜナターリアが知って―――………」
私はセイゲルを手で制し話しを止める。
いまは悠長に説明などしている暇はない!
ラトゥール様の顕現と共に、ディック様がすぐにアキレアを飛ばして東地区へ飛び立とうとしているからだ。
するとラトゥール様が私達へ告げる。
「お前らも邪魔だ! 竜騎士も皆ディックの補佐についてゆけ。 ここに止まれば怪我だけでは済まぬと思え」
「なっ! 我々では足手まといと言うの―――………」
私は有無を言わさずセイゲルの言葉を遮り、後ろ襟を掴み無理矢理連れ出す!
今この目まぐるしく変わる戦場に要らぬプライドなど邪魔でしかない。
大局を決めるのは強者のみ。 我々の力では強者の仕事をお手伝いする事しか出来ない。
それほどこの戦場で起こる事全てが人知を超えている。
「これは命令だ――! ここにいる竜騎士全員ディック様に続け! 決してディック様に悪魔を近づけさせる事は許さぬぞ!」
「「「「おぉぉぉぉ――――!!!」」」」
竜騎士達は私の号令に従い一斉にディック様を追いかける。
だがセイゲルだけは何か物言いたげに私の下へ駆け寄る。
「ナターリア。 いくら四門守護者殿といえども『ヘルズ・ゲート』と此処の悪魔全てをお一人で相手するのは厳しいのではないのか?! しかもあのような美しい女性を一人だけおいて行くとか……」
⦅ん? 美しい女性?⦆
「せめて俺だけでもここに残って、あの方の―――………」
アホなセイゲルの言葉を私は遮る。
「セイゲル……大丈夫だ。 さっき私は西地区で別の四門守護者の戦いを見た。 そしてあのラトゥール様は四門守護者の中で一番強いと聞く。 我々がここに居ては本当に足手まといなのだ」
「………………」
⦅セイゲル…… ソーテルヌ卿とラトール様の話は有名です。 そんな目でラトール様を見ていると命が無くなってしまいますよ⦆
後ろ髪を引かれるセイゲルを無理矢理引っ張り、次の東地区の『ヘルズ・ゲート』へと向う。
私達が飛び立ちしばらくすると……
チリッ チリッ チリッ……
自分達の体が少量の電気を帯び、スターチスが怯えている事に気づく。
『なにこれ……?』と思った次の瞬間っ―――!
ズドォオオオオオオオオオッッッ――――――――ン!!!!
後方に天を焼くほどの巨大な稲妻の柱が立っている!!!
「なっ――!!!」
「なっ、なんなのだ……あれは? あのデタラメな雷の柱は!? 天すらも焼かれているのではないのか?」
「多分アレが 【雷霆】。 雷帝ラトール様がジョルジュ王国で『ヘルズ・ゲート』を滅したという神のイカヅチでしょう」
理解を超える巨大な雷の柱におびえる私とセイゲルにグラン様が教えてくれる。
もしあそこに留まっていたのなら…… 間違いなく我々も消滅していた。
⦅もぅ~なんなのよ四門守護者って! みんなデタラメじゃない⦆
あのディック様が追い込まれていた筈だわ!
あんなのと連ねられて四門守護者とか名乗っていたら……
その重圧は私などには想像もつかない。
ディック様のあの飄々とした振る舞は、そうしなければプレッシャーに耐えられなかったからに違いない。
ディック様が一度だけ見せたあの時の弱さ、これを見てしまったら納得せざるを得ません。
私達がチラチラと後方の様子を確認しているときもディック様は一切後を見ようとしません。
ラトゥール様が『ヘルズ・ゲート』を滅する事を疑いもしていないのでしょう。




