第五章4-40 邪排月下と邪破月華
ナターリア視点になります。
「本当にシトリの構築した魔法陣を組み替えて、転移陣を起動させたのね。 あの複雑な魔法陣を組み替えて再起動させるとか…… 意味がわからないわ。 私がやったらヘルズ・ゲートをもう一つ召喚してしまいそう」
魔法を知らない私にはまったく意味が分からなかったけど。
魔法使いのグラン様が素直に感嘆している。
魔法陣の改変とは非常識なほど難しい事なのだそうだ。
私とグラン様が驚きで立ち尽くす中、成功する事を微塵も疑っていなかったようにディック様が迅速に動く。
「ララ! 玉藻! ここの『ヘルズ・ゲート』を頼む!」
「任せてディック! ラス・カーズ様達の竜騎士隊も到着したみたいだから、街に溢れた悪魔も任せて大丈夫そうよ。 私もここのヘルズ・ゲートに集中できそうね!」
ララという少女の言葉通り、北の空を見ると四〇騎程の竜騎士隊が見える。
その竜騎士隊は五騎ずつの編隊を組み八つの小隊に分かれて街の各地に悪魔討滅に向かっていく。
「あぁ…… 本当にみな来てくれたのですね。 ディックからの急な連絡で十分な時間も無かったでしょうに」
歓喜するグラン様の隣で、私も四〇騎の竜騎士編隊の中にイゴール隊長、セイゲルなどの知っている顔を見つけて興奮する。
ゲンベルク王国を出る時は、ベルモット以外はワイバーンに乗る事すら出来なかったのに今は皆がワイバーンに乗って飛んでいる。
私も皆のもとに直ぐにでも駆け付けたい気持ちを抑え、自分の任務に集中する。
ディック様はララという少女と少しの言葉を交わしただけで、全てを任せてすぐに北地区へと向かうようだ。
何も心配していないその行動が、あのディック様がこの少女に全幅の信頼を置いている事を物語っている。
でも私は……
「グラン様。 いくら九尾を使役しているからと言っても、本当にあの少女一人に『ヘルズ・ゲート』を任せてしまっても大丈夫なのでしょうか? せめて私達だけでも……」
「そこは心配いらないと思うわ! ララは名実ともにソーテルヌ卿が信頼する四門守護者の一人よ。 玉藻とララのペアに出来ないのなら、四問守護者を除いて人族ではヘルズ・ゲートを破壊する事は出来ないと思う。 むしろ私達ではララの足手まといにしかならないわ」
「あの少女がそれ程の力を……?」
私の心配をよそに、ララと言う少女が『月の精霊ルナ様』を右肩に顕現させる。
そしてさらにもう片方の左肩に『水の精霊ウンディーネ様』を顕現させた!
「あれは! ディック様が命をかけて行使した上位精霊の二柱顕現」
そんな……
ディック様はボロボロになりながら、精霊との契約は限界を超えたその先、生と死との狭間、ギリギリのリスクの先にある『強い想い』が必要だと言っていました。
あの少女もその試練を超えて来たと言うの?
すると――
ララという少女が歌うように呪文を口ずさむ。
≪――κάτωαπό το κακό φεγγάρι(邪排月下)――≫
上空に飛んでいる私達のさらに上空に、薄っすらと丸い幕のようなものが出現する。
その丸い何かは徐々に色を濃くしていき…… 丸く白黄色の輝く月となった。
「え……? 月?」
それはたぶん月の精霊ルナ様が疑似的に作った月……
それはとても不思議な光景だった。
晃々と太陽の光が降り注ぐ昼間に…… 皓々と輝く月が出る。
月の精霊ルナ様が浄化のクリスタルで作った擬似月から、皓々と浄化の光りが街に降り注ぎ、低級悪魔が焼かれるように煙を上げを浄化され滅してゆく!
その美しくも凄惨な威力を放つ月の光に私は言葉を失う。
『す、凄い……』
聖属性の浄化の月光は全方向に広がり、目を疑う程の広範囲、モンラッシェ共和国の西地区全域に降り注ぎ低級悪魔を次々と滅してゆく。
⦅な……なにこの人凄い! ゲンベルク王国で見た時はただの天然少女だと思ったのに⦆
西地区の低級悪魔が消滅したとき……
今度はその月の光が九尾に集まって行く――!
「今度はなに? 九尾様が浄化の光りを集めているの?」
『…………』グラン様も何が起こっているのか分からないようだ、ただその光景を黙って眺めている。
浄化の月光を集めている九尾の額の赤い紋様が光りだす!
そして…… 紋様の前に力を集めた球体が作り出されていく。
⦅ちょっ! あの球体…… 絶対とんでもない攻撃が始まるに違いないわ!⦆
私の冷や汗が、たらりと流れ落ちた時……
月の力を集めた【九尾】が呟く。
≪――Λουλούδι του κακού φεγγαριού(邪破月華)――≫
ドッン――――ッツ!!!
膨大な月の力を一点に集中させた超破壊の閃光が『ヘルズ・ゲート』へ放たれる!
ドッゴォォォォォォォォ――――…………!!!!
九尾様が放った閃光がヘルズ・ゲートに直撃した後、超破壊の嵐が吹き荒れる!
「ちょっ……ちょっと! これじゃ街まで消し飛んじゃう」
その破壊の規模、威力から爆風で西地区の街が消滅する事を誰しも覚悟した……
――しかし。
上空に顕現しているヘルズ・ゲートと街との間に、四門守護者のララが結界を張って防いでいるように見える。
私達、いやモンラッシュに住む住人全てが、西地区全域を覆う巨大な光の閃光とキノコ雲を呆然と眺めていた。
西地区の住人に至っては……
死を覚悟しただ消滅するその時を待っていたに違いありません。
破壊の嵐が過ぎ去り爆煙が風に流されると、西地区の『ヘルズ・ゲート』は跡形もなく消滅していました。
「………………」 「………………」
遠くで九尾様の上で仰向けにグッタリ寝そべるララと言う少女は、ディック様に向けて気だるそうに片手だけあげて、指だけパラパラ動かして『任務完了』、『ディック頑張れ!』と言っているのが見える。
「…………。 あ、あの……グランさま。 四門守護者とんでもなく無いですか?」
「うん……」




