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寂滅のニルバーナ ~神に定められた『戦いの輪廻』からの解放~  作者: Shirasu
第五章四節 それぞれのイマージュ  ディックと落日のモンラッシェ共和国
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第五章4-36 破壊の焔

 

 『ゲヘナの炎』が消えた事にシトリは焦っていた。

 『ヘルズ・ゲート』を早く開ける為には、さらなる『ゲヘナの炎』の力が必要だった。


 シトリはすでに『ヘルズ・ゲート』の召喚は済ませた!

 扉を開けるだけの力も十分満ちている!

 しかし……

 一秒でも早く扉を開く為には、さらにエネルギーを追加する必要があった。

 そのエネルギーを全てディックに消されてしまったのだ。


 ジョルジュ王国では、『ヘルズ・ゲート』を召喚して扉が開く直前まで上手くいっていたのに、扉は開く事無く破壊された!


 シトリは思う。  『メリヘムと同じ(てつ)は踏まない』と!


「私は、メリヘムのように油断などしない! これで満足などしない! お前は危険だ! お前さえ居なければ、もう『ヘルズ・ゲート』を止められる者など居なくなる!!!」


 シトリは叫び、一番の危険人物、ディックを消すために飛び立つ。




 シトリの属性は『色欲』、得意な魔法は『魅了』。

 だからシトリは人を観察し、顔色を窺い、分析する事に長けている。


 その事から、今までのディックとの戦闘で、メリヘムにはディックがもう限界であることは察しがついていた。

「相反する属性の上位精霊を二柱も顕現させれば、脆弱な人族など、壊れてしまう事は必定! しかもあれ程の魔法を使ったのだ。人族以外の強者であったとしても、耐えられるはずが無い!」


「どのようにして『ゲヘナの炎』を消し去ったのかは分からないが、これ以上の邪魔はさせない!」


 シトリは瀕死のはずのディックにとどめを刺す為に向かう!



「人族にしては頑張りました。 素直に賞賛致しましょう! ですが、私には――…… なっ!」


 ディックの目の前に降り立ったシトリは絶句する。


「ど、どう言う事ですか?! あれだけの事をして、どうして壊れていないのですか!?」



 今、シトリの前には、瀕死どころか力と自信に満ち溢れたディックが立って居る。

 そしてディックの左頬には黒い炎のような模様がくっきりと浮かんでいる。

 そのディックの異様な様子に気づいたシトリが叫ぶ!


「ばっ……バカな! お前何をした! まさか『ゲヘナの炎』を取り込んだというのか? ありえない…… そんな事あり得るはずが無い!!!」


「『何をした?』と言われてもなぁ…… 俺にもわからん。 さっきまではイフリートを使った時は膨大なマナを消費したが、今はむしろ力を貰っているような感覚がある」


 するとウンディーネがディックに話しかける。


「ディックよ、お前は『ゲヘナの炎』を取り込む事により、イフリートを無理矢理屈服させたのじゃ!  危うくゲヘナと直接つながり、イフリートとも直接繋がるところじゃったが、妾が強引にディケムとのラインに繋ぎ変えた! おまえでは直接つながってしまえば魂が持たない。 全く無茶な事をする! そんな所はディケムにそっくりじゃな!」


「はぁ、ありがとうございます。 『ん?』って事は…… 俺はイフリートと繋がることが出来たのですか?」


「あぁ、お前は自分の力でイフリートを手に入れた。 誇るがいい!」


「ありがとうございます! ウンディーネ様にもご苦労おかけいたしました!」


「いや…… お前のお陰で、ディケムの『マナ・ライン』に【ゲヘナ】を繋ぐことが出来た。 この事は非常に大きな事じゃ! そしてお前は一度『ゲヘナの炎』を取り込んだ、今後も使う事は難しく無かろう」


「…………。 俺が『ゲヘナの炎』を使う? 良いのですか? 地獄の力を使っても?」


「あぁ人族は、悪魔=悪、天使=善 と単純に考えているが力とはそんな簡単に白黒つけられるモノではない。 人族の善は魔族の悪にもなる。では魔族は全てが悪なのか? それは人族が勝手に決めつけている事だ。おまえは悪魔のメフィストと会い、それに薄々気が付いているのであろう?」


「………………」


「まぁ今は難しい事はいい。 しかしそこの悪魔に『ゲヘナの炎』は使うのではないぞ! 悪魔に『ゲヘナの炎』などポーションを与えるようなモノじゃからな!」


「はい」




「フン…… 人間が『ゲヘナの炎』を使えるだと? そんな事あり得るはずが無い! 我々ですら扉を使わなければ顕現など出来ぬのだ。 まぁ良い。ここで終わらせてしまえば憂いなど必要無い!」



 ディックとシトリは仕切り直し、改めて対峙するが……

 イフリートと繋がり、ウンディーネによりマナを補充した万全の状態のディックには、もはやシトリは敵ではない。

 いや、シトリでなくとも大公位の悪魔ではもう、ディックには敵わないだろう。

 特にシトリは力の強い悪魔でもなく、その切り札である『魅了』はディックには効かない。


 そしてシトリも既にその事を理解している。

 シトリは幕を引くために……

 ディックの力を見定めるために、最後の戦いに挑もうとしていた。




 最初に動いたのはシトリ!


≪――――Μελωδία(メロディ)(オブ) γοητείας(エンチャントメント)(魅惑の旋律)――――≫



 シトリから薄紫色のオーラの波動がディックに向かってゆく!

『魅惑の調べ』は広範囲の魅了。

『魅惑の旋律』は限定範囲の魅了。

 そして波動は、波、振動、避ける事は難しい。


 しかし……

 ディックは『魅惑の旋律』を避けようともしない。

 そしてイフリートの炎が一瞬でシトリの魔法を搔き消す!


『………………』

 圧倒的なディックの力の前に……

 なぜか黙ったままのシトリの唇は笑ったように見えた。




 ディックの側に顕現しているイフリートは、『浄化の(ほむら)』を使ったときから変わらず青い炎のままだ。

 そのイフリートにディックが告げる!



 【原初の炎よ! 今一度その力の一端を示せ! その破壊の力をもって全てを滅したまえ!】


≪――――Καταστροφή(カタストロフィ)ς – Φλόγα(フレイム)(破壊の焔) ――――≫



 イフリートが纏う青い炎が、凄まじい勢いで燃え上がる!

 そしてその炎が全てイフリートに吸収され集束していく……


 ――次の瞬間!

 爆発的な速さでイフリートがシトリに突進し燃やし尽くす!!!




 青い炎に包まれたシトリが崩れ逝くさなか……

 最後にディックに向かい微笑む。


 ⦅ありがとう……⦆

 そぅ……ディックにはシトリが囁いた気がした。


「…………。 おまえ…… もしかしてあの時の声はお前だったのか?!」



 ディックの問いにシトリが答える事は無かった……


 大公位の大悪魔シトリは消滅した。



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