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寂滅のニルバーナ ~神に定められた『戦いの輪廻』からの解放~  作者: Shirasu
第五章四節 それぞれのイマージュ  ディックと落日のモンラッシェ共和国
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第五章4-35 ゲヘナの炎

 

 『魅惑(エンチャンティング)の調べ(チューン)』から解放されたグランとナターリアは信じられない光景を目にする。

 ディックから『浄化の青い炎』が波紋のようにモンラッシェ全域に広がり、民衆全てを解放してゆく。


「し、信じられません…… 事前の準備も魔法陣も使わず、一人で住民全てを魅了から解放するなんて……」


 素直に感嘆しているナターリアと違い、グランはその深刻な現実を理解していた。

 グランの視界には、青い炎の輪を纏い、ウンディーネ様と青い炎の化身と化したイフリート様を従えたディックが居る。



 グランの脳裏にソーテルヌ卿とディックの会話が思い出される。

【上位精霊を二柱顕現させる事は非常に危険を伴う! 二柱を顕現させれば、必ず死ぬと思え!】


「あぁ…… ディック……」


 グランは『魅了』で操られているとき、ディックに願ってしまった。

『助けて…… お願いモンラッシェを助けて!!!』と……



 そしてさらにグランの脳裏にソーテルヌ卿の言葉が浮かぶ。

【もし…… 自分の命よりも大切なモノが出来たのなら使うと良い】


 現実に、自分の願いを叶える為に、大切な人が命を懸けて戦う姿を前にすれば、自分の願いがなんて身勝手で浅はかな事だったと思い知らされる。


 ⦅私はディックにそこまで思って貰える女じゃない……⦆


 グランがいくら悔やんでも、もうディックは一線を越えてしまっている。

 『ごめんなさい』と謝る事は、ディックへの侮辱になる。

 グランは歯を食い縛り、ディックの最後の姿を目に焼き付けていた。





 自分の時間が残り少ない事を察したディックは、魂が燃え尽きる前に勝負に出る!

 いま力尽きれば、全てが、自分の賭けた命すら無駄になる。


「シトリこれで終わりにさせて貰う!」

 ディックが叫び、呪文の演唱を始める―――!


【原初の炎よ! 今一度その力の――…… グハッ!】


 しかし……

 ディックが演唱の途中で片膝を付き、動けなくなる。


『もう少しなのに…… 頼むイフリート! 最後に力を貸してくれ――!!!』


 だが、ディックの願いにイフリートは答えない。

 イフリートは力ある者にしか力を貸さない……





 ディックが最後の演唱に入った時、同時にシトリも動いていた!

 『この男には勝てない』そう認めた時点で、シトリは計画の最後の仕上げに取り掛かる。


「お見事です! ですが…… この程度ではまだ私は止まりません! 私からあの人を奪わせない! さぁこれはどう防ぎますか!!!」


 シトリの本当の計画は、この国の住人半数の膨大な魂を使い、四柱の大公悪魔を顕現させ、『ヘルズ・ゲート』を完全に安定させたのち【魔王マーラ】を完璧な形で召喚させる計画だった。

 しかし今となってはもう、住人の魂は諦めるしかない。


「万全な状態では無いのが残念ですが、仕掛けは十分整っています! 今でも十分【魔王マーラ】様も呼べるはず! さぁ止められるものならば止めてみなさい!!!」



 シトリが演唱を開始する!

【永遠の滅びの場にて燃え盛るゲヘナの炎よ、その力を解放し閉ざされたゲヘナの扉を再び開き給え!】



 その時!

 モンラッシェ共和国を囲う城壁に炎の壁が立ち上る!


 グラン、ナターリアが息を呑み……

『魅了』から回復したモンラッシェの民衆が恐怖で逃げ惑う!


「こ、これは…… ジョルジュ王国で『ヘルズ・ゲート』が召喚された時に顕現したという【ゲヘナの炎】!  なら次は……」


「グ、グラン様! な、なななな――…… なんですかこれは!? 怖いです! こんなの見たことないです!」



 ワイバーンに乗るグランとナターリアは上空からその光景がよく見える。

 巨大な炎の壁に囲われたモンラッシェ共和国。

 さらに東・西・南・北に巨大な魔法陣が浮かび上がっている。

 そしてその中心に一際大きな魔法陣が浮かび上がる。

 東・西・南・北の魔法陣から、力のようなものが中心の魔法陣に流れているようにも見える。


 ―――そして!

 東・西・南・北の魔法陣に巨大な『扉』が召喚される!

 さらに中心の魔法陣には一際大きな『扉』が召喚された。



「へ、ヘルズ・ゲート……」


 グランは呆然とその光景を見て絶望した。


「グ、グラン様! ヘルズ・ゲートとは何ですか?!」


「あの扉が開いたとき…… 魔王とその軍勢が地獄から出てくるわ。 あれでジョルジュ王国は半壊した。 そんな扉が五つも……」


「そんな……」



 グランは呆然と立ち尽くす。

 『ディックが命を懸けて戦ってくれたのに…… それなのに最悪の結末になってしまった。 悪魔シトリの方が上手だった、こうなる事が分かっていたのなら…… ディックに命を賭けさせなかった! 一緒にどこか遠くに逃げていた!』


 ⦅………………⦆


 『いや、ヘルズ・ゲートの事は最初からソーテルヌ卿から聞いていた。 やはり過去を変えられたとしても、また私はディックを殺してしまう……』


 グランは愚で身勝手な自分に絶望し、自責の念に駆られていた。

 そして、グランが視線をディックに戻したとき……

 その異変に気付く!


 ディックは片膝をついたまま、動けなくなっている。

 しかし……

 ディックは四方にイフリートを飛ばし、ゲヘナの炎にイフリートを突入させた!


「な、何をしようというのディック?! もうヘルズ・ゲートは顕現してしまったのよ!?」


 グランは、もう限界に達しているディックに、これ以上苦しんでほしくなかった。

 もう全てが手遅れな現状では、ディックに残された少しの時間だけでも、戦いを忘れ安らかで居て欲しいと願っていた。



 ――しかし!

『えっ?!』 グランは目を見張る!!


 モンラッシェ共和国を取り囲むように顕現していた『ゲヘナの炎』が少しずつその勢いを弱めているように見える。


 『ゲヘナの炎』の中のイフリートが炎を吸収し、そこから光のラインがウンディーネへ、そしてディックへと『ゲヘナの炎』の力が流れ込んでいるようにグランには見えた。


「……ディック?」



 『ゲヘナの炎』が全て無くなった時、ディックは立ち上がる。

 その顔は力と自信に満ち溢れ、少し前の魂が砕けそうな苦しさはどこにも居ない。

 そしてディックの左頬には黒い炎のような模様がくっきりと浮かんでいる。



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