第五章4-32 大公位の大悪魔シトリ
オリガ(悪魔シトリ)の集会に迷い込んだナターリアは、その異様な光景にさすがに『何かおかしい?』と感じ始める!
集会が行われる講堂に入った途端、民衆は何かに憑りつかれたように静かに黙り込む。
そして壇上に立つオリガの話を、神の言葉を聞くかのように、膝を折り、涙を流しながら聞いている。
オリガ(悪魔シトリ)との契約が成立してしまった人々は、狂信的にオリガを崇めている。
「さぁ、あなた達はこれから、あなた達の愛する者達を救う為に、ここへ連れてきなさい! 私を信じた者だけが、私の愛を享受できるのです! 愛する者を救えた時、あなた達はより一層私からの愛を強く享受できる事でしょう」
それはもう……
選挙活動でも何でも無い、悪魔を崇める信仰への勧誘。
洗脳された信者がさらに愛する者を誘い、信者が倍に増えて行く。
魔法陣の『洗脳の術式』の効力も相まって、信者は凄まじい勢いで倍々に増えていく!
その様はまるでネズミが増殖していくかのように。
メフィストにより、シトリとの契約、洗脳から逃れたナターリアは、この異常事態にも自分を冷静に保っていた。
もとが天然系と言えども、そこは流石に竜騎士になる為に長年鍛えて来た事は有る。
異常事態に直面したとき、その真価は発揮される。
ナターリアは、この講堂で行われている事が、今このモンラッシェ共和国で起きている異変の根幹だと感じ取る。
ここで出来るだけ多くの情報を仕入れグランに伝える。
そう決めた時……
不意に肩を掴まれる!
『ひっ!』 驚いて後ろを振り返ると……
ッ――! あの魔神がいる!!!
⦅ぺ、ペデスクロー!!!⦆ ナターリアは目を見張る!
ペデスクローは人差し指を口元に一本立てて『シー!』と、『大声を出すな』とナターリアに指示する。
そして、小声でペデスクローは話す。
『竜騎士の小娘。 洗脳されずにここを突き止め潜入出来た事、褒めてやる! お前のお陰でシトリの居場所を捕捉できた。 この後直ぐにお前を助けに『赤の王』達がここへ駆け付ける。 そのタイミングで俺も仕掛ける! お前達は足手まといだ。直ぐにここから離れろ!』
『え……?』
ナターリアは今まで冷静を保っていたが、さすがの展開に頭がついて行かない……
『えっ? えっ? えっ?』 とオロオロしていると!
「ナターリア!!!」
講堂入り口から、ディックの叫ぶ声が聞こえる!!!
その声が合図だったかのように、ペデスクローが腰から双剣を抜き、壇上のオリガ(悪魔シトリ)へ『斬撃』を放つ!
今まで炎の剣【ティソナ】しか抜かなかったペデスクローが、今は氷の剣【コラーダ】も抜き、初撃から手加減なしの攻撃を放つ!
ペデスクローは民衆の命など、どうでも良さそうだが……
斬撃は壇上のシトリに向かい見上げる形で放たれた!
その斬撃はシトリに直撃し、そのまま後方の屋根すら一瞬にして粉々に破壊した!
そして…… その直後! さらに衝撃波が吹き荒れ建物が崩壊する!
「…………」「…………」「…………」「…………」
この民衆が密集する講堂で容赦のない攻撃……
ナターリアと合流したグラン達は言葉も無い。
「オィオィオィオィィィ――!!! なんて攻撃を街のど真ん中で!!!」
唯一ディックだけは、その状況に直ぐ反応し、現状把握に努めていた!
「ディック! このままじゃ犠牲者が沢山でちゃう!」
「いや…… グランよく見てみろ、今の斬撃はよく計算されている。 結果が派手だから焦ったが、今の斬撃では一人も死んでいない!」
正確に言えば、死者はいないがケガ人は出ている。
だが…… 大公位の大悪魔シトリが相手の戦いだ、被害無しなどあり得ない。
それはグランも頭では理解している。
どちらにしても、このまま此処で戦えば、甚大な被害が出る事は免れない。
だが、そんなディック達の心配をよそに、戦場は劇的に変化してゆく!
ペデスクローの斬撃が直撃したオリガ(悪魔シトリ)は、壇上で酷いありさまだった。
もし人ならば即死だろう。
その様は辛うじて人であった状態を保っている程度……
それでも、ペデスクローをはじめディック達も誰もがオリガ(悪魔シトリ)は死んだとは思っていない。
その圧倒的なプレッシャーと存在感がソレから一切失われていないからだ。
ペデスクローは攻撃の手を休める気などさらさら無く、オリガへ向かう!
『オリガ――!!!』 アレクセイが叫ぶ!
アレクセイはオリガとペデスクローの間に滑り込む――!
しかしペデスクローはアレクセイを歯牙にもかけず、オリガへ攻撃を仕掛ける!
――その時!
オリガだった者が崩れ落ち、そこに豹の顔とグリフォンの翼を持った悪魔が現れる!
「なっ! あれが大公位の大悪魔シトリの本当の姿!!!」
驚き動揺するグラン達とは違い、ペデスクローは一切の戸惑いも躊躇もない!
一切表情も変えず、そのままシトリに襲い掛かる!
――しかし!
シトリはグリフォンの翼で一気に上空へと飛び上がる!
いまペデスクローの斬撃から逃れられるのは上空のみ。
そのシトリの判断は正しかった!
ペデスクローの攻撃は空を切り、シトリは辛うじて難を逃れる!
そして空を切った斬撃だけが、後ろの建物を破壊していく。
「ちっ! 厄介な!!!」
ペデスクローは上空を見上げ、臍を噛む。
「クッソ! メフィストの野郎…… シトリが飛べる事隠してやがったな! 面倒くせぇ…… おい『赤の王』お前ワイバーン持ってたよな? お前がやってこい」
「えっ?」
「お前がやれと言う事なのだろうよ、モタモタしていると、追いこまれたシトリが何するか分からんぞ!」
⦅『お前がやれと言う事』ってどう言う事?⦆
⦅なぜディックは疑問に思わないの?⦆
グランはペデスクローとディックの会話に違和感を覚える。
「あ~ それから、竜騎士共も呼んでおけ! 連絡手段持ってるんだろ? これから最終局面突入だ! 少しでも間違えれば誰が死んでもおかしくない。 少なくてもこのままじゃこの国は亡ぶぞ! 少しでも味方を呼んでおけ」
⦅え? なに? 何を言っているの?⦆
ディックが頷き『竜笛』を吹く!
そして腰に下げた袋から、腕輪を取り出し、その腕輪についている石に魔力を送っている。
『ラローズ先生そろそろ最終局面みたいです! 至急モンラッシェへお願いします!』
⦅え? ラローズ先生? 先生って今ゲンベルク王国でしょ? あの腕輪はなに?⦆
⦅また私の知らないところで大きな力が動いている?⦆
あまりの急展開にナターリアは頭がついて行かず、オロオロするだけ……
グランも、自分の理解の及ばない事が次々起こり、自分の無力さに地団駄を踏む。
グランは、ディックの事を全て知っている気になっていた。
でも今、グランはディックが理解している事を、理解できない……
ずっと、隣に居たいと思っているのに、ディックがずっと遠くに感じる。
だけど…… 今はそんな事を言っている場合ではない!
とりあえずナターリアとグランも『竜笛』を吹き、『ロベリア』と『スターチス』を呼ぶ。
「ディック! 全てが終わったら色々聞きたい事が有ります!」
「…………」
「アンナとユーリは、民衆の避難を第一に、悪魔が出てきたら掃討をお願い!」
「「はっ!」」
そして……
『アキレア』『ロベリア』『スターチス』がグラン達の上空に舞い降りる!




