第五章4-31 悪魔シトリの策略
少し時間は戻る。
フン♪ フン♪ フ〜〜ン♪
「ひゃ〜 昨日は良いもの見たな〜 あのグラン様の「ギュ〜」は良いよね〜 また今朝のあのお互いの気まずそうな照れた顔! もうご馳走様って感じ! 良いな〜 良いな〜♪」
この日のナターリアはご機嫌だ。
「さて、今日は別行動って事だけど…… 私、ここに来て何もやれてないな~ 助人でここに来たのに、このままじゃちょっと役立たずよね。 でも…… 私何も分からないしどうしようかな」
この街でお尋ね者はグランのみ。
ナターリアは、地理感はないが自由に動くことが出来る。
ちなみにディックも同じだ。
ナターリアは山育ち、ゲンベルク王国の六大名家の令嬢と言っても……
やはり田舎育ちには変わりない。
このモンラッシェの人の多さ! 異文化交流! 沢山の出店!
どれもこれも初めて見るものばかり!
若いナターリアには、モンラッシェの町は夢の国に見えた。
「わぁ〜 これは何? あんなの見た事ない! なになに? 凄い人だけど、今日はお祭りなの?!」
これ程人が集まるのは、ゲンベルクではお祭りの時だけ、ナターリアは街を歩くだけで楽しくてしょうがない。
そしてナターリアの好奇心が、とりわけ人が集まっている場所に吸い寄せられてゆく。
そこでは多くの人々が声を張り上げて叫んでいる。
「とうとう我々『民主的共和派』の時代が来る! オリガはこの国を『貴族的共和派』から解放してくれます!!!」
「我々『民主的共和派』はオリガを旗印に、この国の腐敗を一掃します!!!」
「どうかこの『民主的共和派』支持の署名をお願いします!!!」
いまこのモンラッシェ共和国では、『長老派』による強引な軍事クーデターにより、大統領が更迭されている。
これまで長年にわたり行われて来た強引な『長老派』のやり方、それを大統領のジュリュックが民衆と長老派の間に立ち調整を行ってきた。
そのバランスが崩れたのだ!
そこに、『民主的共和制』を唱える『オリガ(悪魔シトリ)』が否を唱え立ち上がる。
それはまるで数年前、生前のオリガが起こした『民主的共和制』を推進する運動を再現するかのように。
いや……
悪意のある人心操作により、運動は数年前よりさらに過激になっている。
『貴族的共和派』と『民主的共和派』の争いは、憎み合い、争い、時には多数の死者まで出している。
この国は今、憎しみと混沌、痛みと怒りの号哭と言う混乱が渦巻いている!
ナターリアは、何も知らずに人の集まっている集会に引き寄せられてゆく。
「どうかこの『民主派』支持への署名活動にご協力ください!!!」
多くの民衆が集まり、その活動に参加し、署名してゆく。
それを見たナターリアは『なに? なに? 楽しいの?』と人が集まるところに引き寄せられてゆく。
祭りを見かけるとつい引き寄せられてしまう、子供のように。
そして……
ナターリアは、何も考えずにただ『面白そう』と言うだけで署名してしまう。
この『署名』は悪魔シトリとの契約書。
多くのモンラッシェ国民が、悪魔との契約書とも知らず、契約してしまう。
いや、アレクセイが街中に設置した魔法陣の『洗脳の術式』が無ければ、民衆も疑いも無く署名などしなかったかもしれない。
すでにこの国は手遅れ、すべてオリガ(悪魔シトリ)の思い描く筋書き通りに動いてしまっている。
もちろん、悪魔との契約と言っても一方的な契約ではない。
その代価に見合った等価交換が相場だ。
だが……
一つの国の体制を変える事を長年願ってきた『民主派』の人々にとって、それは最も大切な命を懸けてでも成し遂げたい悲願となってしまっている。
オリガ(悪魔シトリ)の、この国の体制を『民主的共和制』へ変える公約と、その代償の人々の命が、契約によって成立してしまう!
オリガ(シトリ)は『長老派』を暴走させ、人々の感情を操作し、民衆の『貴族派』への対立、『民主派』への渇望を高め、人々が命を懸けて成し遂げたい悲願まで昇華させたのだ。
これでモンラッシェ共和国が『民主的共和制』に変われば、契約は成立してしまう。
オリガ(悪魔シトリ)が人々の願いを叶えた事になる。
そして体勢が変わると言う事は、国民の半数以上の願いが叶った事になる。
その時オリガ(悪魔シトリ)は、契約書に署名してしまったモンラッシェ共和国の国民半数以上の膨大な数の魂を一気に集める事に成功する。
そしてその膨大な魂を集めたシトリが行う事は、『ヘルズ・ゲート』の完全顕現。
ジョルジュ王国の失敗を元に、複数の大悪魔を召喚し、『ヘルズ・ゲート』を定着させたのち魔王マーラとその軍団を召喚させる。
すでに準備は整っている。
現時点でもかなりの生贄を捧げている。
だがシトリは油断しない。最後にこの膨大な魂を集められれば、誰も顕現を邪魔することは出来ない。
そして、その魂の数だけ、強力な魔王が顕現する!!!
――だが!
その悪魔シトリの完璧なシナリオに綻びが生じる……
一人の天然系の娘の行動によって。
ナターリアは、呼ばれるまま署名運動の列に並ぶ。
その顔は、『何かくれるの?』と満面の笑みだ。
そしてその契約書に、ナターリアが署名したとき―――!
メフィストがソレに気づく!
ナターリアは既にメフィストと契約している。
一人の人間に複数の契約がなされる場合、契約する悪魔の格、契約内容により成立が決まる。
『フン!』 メフィストがシトリの契約を一蹴する。
しかし……
ナターリアはそのまま人の流れのまま、集会場へと流されていく。
「バッ、バカな! あの娘……何故?!」
シトリの契約は破棄されたにもかかわらず、楽しそうに集会場に向かうナターリアにメフィストは困惑する。
「あっ…… まさかあの竜騎士の娘、仲間の為にワザと捕まりに行ったと言うのですか! なるほど中々見どころのある娘のようですね」
⦅フン♪ フン♪ フ〜〜ン♪⦆
⦅ひゃ〜 なにこのお祭り! 楽しそ~ ンフフ~♪⦆
悪魔でも……
天然系の頭の中は理解が及ばない。




