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寂滅のニルバーナ ~神に定められた『戦いの輪廻』からの解放~  作者: Shirasu
第五章四節 それぞれのイマージュ  ディックと落日のモンラッシェ共和国
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第五章4-30 オリガの声

グラン・モンラッシェ視点になります。

 

 ディックの訓練を終え、その日は宿屋に戻り皆ゆっくり休む事にした。

 そして翌日……


 ⦅ハワワワワ――! どうしよう! ディックの顔を見られない!!⦆


 な、なんで私はあの時、ディックを抱きしめたの?

 考えただけでも顔が熱くなる。

 そこにすかさずナターリアがニヤッと期待する目で私に追い打ちをかける。


 そんなワタワタする私と違い、ディックは憎たらしいくらい…… いつも通り。

 私は一夜経っても、冷静に戻れなかった。



 そんな訳で……

 私の提案で、今日は皆別々に調査に向かう事にした。

 夜には宿屋で報告会議をすると言う事で、私は急いで宿屋を出る。




「もぉ~! ナターリア何なのよ! 自分の事は棚に上げてあの『ニヤッ』って顔は!!! それにディックも、何もなかったような、あのいつも通りの対応! 私だけ意識しちゃってるみたいじゃない!!!」


 私が癇癪(かんしゃく)を起しながら歩いていると……

 近くの店での会話が耳に飛び込んでくる。


「オリガさん、いらっしゃい! 今日もきれいだね~」


 ⦅え?! オリガさん?⦆

 ⦅オリガ姉さんの名前は、この国では禁句のはず!⦆


 聞こえて来た店に、駆け込んでみたけど……

 もうオリガと呼ばれた人の姿は、すでにそこには無かった。


「ねぇおじさん、オリガさんって誰?」


「なんだ嬢ちゃん! この国でオリガ・モンラッシェを知らないなんてモグリだぜ?!」


「オリガ・モンラッシェ? うそ! オリガ姉さんは死んだはず!」


「おい嬢ちゃん! 知らないまでは許せたが…… 人様を死んだと言うのは失礼も行き過ぎってものだろう!」


 店主の叱咤で、周りの人々が私の周りに集まる。

 マズい!

 私は今お尋ね者、目立つ行動は命取りだ!


 すると、人ごみの中から誰かが私の手を強引に引っ張り、連れ出される!


「グラン! 何をやっている!! 今この街で君が目立つ行動はマズイ!」

「アレクセイ兄さん!!!」


 私達は、人気の無い裏路地に逃げ込む。


「アレクセイ兄さん。 あの店の店主、オリガ姉さんが生きているって言ったのよ!」


「…………。 グラン…… 何を言っているんだ?」


 ⦅さすがに…… アレクセイ兄さんにオリガ姉さんの話はマズかったかもしれない!⦆


「オリガは今、民主制共和国実現のため、大切な時なんだ」


 ⦅え……?⦆


「このまま行けば、次の選挙でこの国の歴史が変わる! 本当の意味での自由の国、民主制共和国に生まれ変われるんだ!!!」


「ちょっ! アレクセイ兄さん? なにを言っているの?」


 ⦅あっ…………!)


 アレクセイ兄さんの目が…… 怖い!


「グラン! オリガが君に会いたがっているんだ。 さぁ、俺と一緒に行こう!」


 アレクセイ兄さんだけじゃない、いつの間にか私の周りに大勢の人が集まっている。

 そしてその人たちの目も…… アレクセイ兄さんと同じ怖い目をしている!


 アレクセイ兄さんの命令で、集まって来た街の皆が私を連れて行こうとする!


「いや…… アレクセイ兄さん…… やめ……」


 ズガァ―――ン!!!


 突如巻き起こった爆音と土煙に、皆が混乱する。

 その混乱に乗じて、私は誰かに手を引かれてその場から逃げ出す。


 (この手…… ディック!)


 私はその引かれた手の感触に、安心感を覚えて、引かれるまま、その場から逃げ出した。



 人ごみを掻き分け、ディックに手を引かれて私は走る。

 どれくらい走ったか分からないけど……

 今まで来たことのない裏路地に入り、一軒のプレハブに飛び込む。


 息を整え、改めて部屋を見ると……

 ディック、情報屋のヨハンとメフィスト、そしてアレクセイ兄さんの従者アンナとユーリが居る。


「ディック、ありがとう。 それで……これはどう言う集まりなの? それにどうしてあの場にディックは居たの?!」


 私は信頼していたアレクセイ兄さんに襲われた事で、全ての人が信じられなくなっていた。

 しかも、この場所に居る人たちの組み合わせが、私の疑心暗鬼を助長する。


「グラン、説明するから。 まずは落ち着いてくれ」


 私が今信用しているのはディックだけ。

 だから興奮を抑え、冷静にディックの話を聞けるように、心を落ち着かせる。


 私が落ち着いたところで、ディックが口を開く。


「グラン、まず初めに…… 俺達がこの街に入った時、グランは『オリガ姉さんの声が』と言って震えていたな?」


「うん…… 『たすけて』って聞こえた」


「実は、あの時俺もその声を聞いた」


「なっ! ディック、なんで教えてくれなかったの!?」


「ゴメン、だけど異常なマナの上昇と、誰かの介入を感じたんだ。 適当な推測はかえって邪魔な情報になる。 それにいまだにあれが何なのか分からないんだ」


「そう…… あの時、オリガ姉さんが私に助けを求める声が聞こえたわ」


「グラン。 俺にはあの時の声『グラン、()()()()助けて』と聞こえた」


「えっ!?」


「あの時、俺もアレクセイと女性が歩いているのを見た。 もちろん、その時見た男がアレクセイと解ったのは後の事だけどな」


 確かに、アレクセイ兄さんを知らないディックは、オリガ姉さんの声を聞いても、意味が分からなかったのは頷ける。


「だから俺は、あの時見た男がアレクセイと知った時から、彼を疑っていた。 正確に言えば、オリガに扮したナニかに洗脳されているアレクセイをだけどな」


「………………」


「そして、アレクセイの従者アンナとユーリ。 彼らはグランのお父さん、ジュリュック大統領の諜報員だ。 モンラッシェに絶望したアレクセイがオリガそっくりの女性とこの街に戻って来た。 ただでさえアレクセイは勇者として強くなっていた。 危険だと判断した大統領は二人に従者として諜報活動をさせていたようだ」


「…………」


「はい、グランお嬢様。 騙していた事申し訳ありません」


「そしてこの二人は先日、アレクセイが街中に『悪魔封じ』として設置していた魔法陣に、巧みに隠された『洗脳の術式』と『反転の術式』を見つけた。 要は何かのきっかけで、『洗脳の術式』が発動し、悪魔封じが反転『悪魔召喚』が発動する」


「なっ! そんな……」


「申し訳ありません、もっと早くこの術式の仕組みを解読できていれば…… 結果的に私達はアレクセイの企みを手助けしてしまった事になります」


「そして、そんな俺とアンナ、ユーリを、街の異常を察知したメフィストが強制転移で此処に呼んだと言う事だ」


「はい。 ですが申し訳ありません。 街に悪意が満ちた時、あなた方の仲間ナターリアさんは連れ去られた後、既に手遅れで、ここへは飛ばせませんでした」


「メフィスト、助けてくれたことは感謝するわ。 だけど…… 今回の件は悪魔召喚を成す為に、悪魔が仕掛けている罠。 あなたは信用できるの?」


「時間がありませんので、信じてもらうしかありません。 その代わりに重要な情報をお渡しします」


「重要な情報?」


「はい。 オリガに扮している悪魔は『シトリ』。 地獄において六〇の軍団を支配すると言われる大公位の大悪魔です。 特性は『愛と性』を司ります。 まさにアレクセイの弱みに付け込んだのでしょう」


「そんな……」


 それからメフィストは街の地図を指さす。


「そしてこの場所が、今シトリが信者を集めている場所です。 ここにあなた達の仲間、ナターリアさんも居ます。 と言いますか…… もしかするとナターリアさんはわざと捕まったのかもしれませんね」


「え……? それはどういう事?」


「あなた方は、私と契約魔術を行いました。 ですから私は貴方がたの居場所を把握し、呼び寄せたり、助け出す指示を出せました。 ナターリアさんはそれを察し、わざと捕まり私にシトリの居場所を教えたのかもしれません」


「ナターリア…… そんな危険な真似を!」


「私からすると、ナターリアさんの捕まり方は、あまりにも不自然過ぎる程、簡単に捕まっていました。 それはまるで自分から捕まりに行ったように。 剛の者、竜騎士にはあり得ません! あなた方はナターリアさんの思惑をくみ取り、直ぐに行動すべきです! 早く救出しなければ、手遅れになりますよ!」


「グラン! 今はメフィストを信じるしかない。 俺は直ぐにナターリアの救出に向かう!」


 ディックの言葉に私も頷く。


「私達も同行させてください。 もうアレクセイに私達の事は気づかれているはず。 これからはグラン嬢の護衛をさせてください!」



 ディックは、アンナとユーリに頷き、四人でナターリア救出に向かう事になった。

 危険を顧みず、私達の為に情報をくれた、ナターリアを必ず助け出して見せる!!!




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