第五章4-29 ディックの焦りとジレンマ
グラン・モンラッシェ視点になります。
魔神ペデスクローと遭遇して三日……
あれからディックの様子がおかしい。
毎日情報収取をして、ソレなりには動いているけれど……
ずっと考え込んでいるような、悩んでいるような、とにかく積極的に大きな動きをしない。
何も話してくれないから、私も聞かない。
その時が来れば話してくれると思うから。
そしてあれから、私達は毎日情報屋のヨハンを訪ねているけど、ずっと外出のまま。
アレクセイ兄さんも、どこかに出たまま帰ってこないらしい。
私達は新しい情報を何も仕入れる事が出来ないまま居た。
私は少し煮詰まっている感があるから、少し気分転換もかねて、『ロベリア』達に会いに行くことを提案してみる。
「ねぇディック。 今日はワイバーン達を見に行かない。 たまに会いに行ってあげないと少し心配よ」
「あぁ…… そうしよう」
「じゃぁ、今日は街の外に行くことで決定ね!」
やっぱりディックに覇気がない。
私達は部屋で朝食を取る。
本当は酒場で情報収取がてら食事を取りたいのだけれど、お尋ね者の私にはその選択肢はない。
朝食後、今回もまた下水道を通り、街を出て、ロベリア達のいる森へ向かう。
三人共『竜笛』を噴くと、しばらくすると三匹のワイバーンが降り立つ。
降り立ったロベリア達に近づいて見ると……
明らかにロベリアとアキレアに変化が有るのが見て取れる。
「ディック。 ロベリアとアキレア…… 明らかに見た目、変わってきているわよね?」
「あぁ、完全に俺達の属性の影響を受けている。 まぁ、属性のブレスを吐いた時から予想はしていたけどな」
頭を摺り寄せてくるロベリアを撫でながら、その変化を確認する。
普通のワイバーンの色は緑色で、体格は三m程、翼を広げたら七m~九mと言ったところだ。
そしてボスにまでなれば、体格は四m弱と一回り大きくなる。
ナターリアの『スターチス』は少し小さめで、体格が三m弱ほどで色は緑色。
それに比べ私の『ロベリア』は、体格は三mを超え少し大き目のワイバーンだけど、色が明らかに青味掛かっている。
たぶん氷属性の青白色が混ざってきている。
そして明らかに違うのはディックの『アキレア』。
体格が四mを超えて、群れのボス級の大きさを超えてしまっている。
そして色が緑に赤を混ぜたような、赤黒い茶色になってきている。
さらに体もゴツゴツしてきて、角とか生えて来ていたりする……
「ちょっと…… ディックの『アキレア』。 迫力出て来てない?」
「ホントですね。 私、小さい頃からずっとワイバーンと暮らしてきましたが、こんな子初めて見ました」
⦅あの可愛かったアキレアが…… あぁ……⦆
⦅ま、まさか私のロベリアも、変わってしまうのかな……⦆
「グラン…… 心の声が顔に出ているぞ。 ワイバーンに強さよりも可愛さを求めるグランは少しおかしいだろ」
ナターリアもディックの言葉に大きく頷いている…… ヒドイ
そして、『ロベリア』と『スターチス』が私とナターリアの付ける、【火竜の加護】を賜った指輪に鼻をこすりつけている。
『アキレア』は、ディックの胸に一生懸命頭をこすりつけ、ジャレついている。
「この反応は、明らかに【火竜の加護】への反応よね?」
「そう思います。 今まで『スターチス』が指輪を気にした事無かったですから……」
『………………』
さらにロベリアの形が変わってしまう予感しかしない……
チラッとアキレアを見たら、ディックに怒られた。
⦅だって…… だって~~~ 涙⦆
ロベリア達と十分触れ合った後。
せっかく街の外に出たのだからとディックの訓練に付き合うことになった。
この二、三日覇気が無かったディックからのお願いを、無下に断るわけにはいかない。
ロベリアに乗り、ディックが乗るアキレアの後について行く。
ディックが選んだ場所は、誰も居ない崖と岩だらけの、熱泉が噴き出す不毛な場所。
ディックは広い場所で一人、目を瞑り集中している。
私とナターリアは、遠くからディックの様子をジッと見ている。
しばらくすると、ディックは魔法剣を抜き、魔法剣の窪みに赤い石をはめ込む。
――すると!
魔法剣から迸る炎が赤から黄色へと変わる!
⦅魔神との遭遇の時は、ディックがマナを注いで、炎が黄色くなったのに……⦆
⦅あのはめ込んだ石は何なのかしら?⦆
ディックはそこからさらに、黄色い炎が迸る剣へマナを込める!
しかし…… 炎の色は、それ以上は変わらなかった。
ディックは残念そうな顔をした後、その剣を地面に突き立てる。
そして宝珠を取り出しイフリート様を顕現させる。
ディックとイフリート様は向き合ったまま何も言わない。
ディックはそのまま地面に突き立てた剣にどんどんマナを注ぎ込む!
すると剣を中心に地面が裂け、炎が噴き出す!
「ちょっ! グラン様――! た、たたた大変な事になってます――!!」
⦅ちょっ! ちょっとディック! 何をしたいの?!⦆
ディックが選んだこの場所は今……
炎が吹き荒れ、炎の上位精霊イフリート様が猛り狂い、まさに地獄絵図の様相だ。
するとディックが叫ぶ!
『うぉぉぉぉぉ――――――!!!』
ディックが唸りながら更にマナを注ぐと!
時地面から噴き出す黄色い炎が白に変わる!!!
⦅なっ! 炎の温度が 四五〇〇℃を超えた?!⦆
その時ディックが叫ぶ!!!
『イフリート 俺に力を貸し―――………』
バキッ――――ン!!!
ディックが凄まじい勢いで吹き飛ばされる!
「ダメだ小僧! 今のお前ではまだ足りぬ。 我は強者にしか力を貸すつもりはない。 これ以上強引に進めばお前を殺さなければならぬぞ! お前は我が主人の友だ、殺したくは無い」
イフリートはそう告げて消えた……
私とナターリアはディックに駆け寄り息を呑む!
ディックはボロボロで余りにも酷い有様、瀕死の状態だった。
辛うじて意識のあるディックの指示通り、袋からポーションを取り出し口に含ませる。
ソーテルヌ総隊のポーションは効き目が凄いって聞いていたけど、その効き目は劇的だった。
瀕死の状態に見えたディックが起き上がる。
「だ……大丈夫なの? ディック!」
「あぁ何とか……」
「あの…… ディック! 何でソーテルヌ卿が作ってくれた装備を着てやらなかったの? あの装備ならもっとダメージを軽減できたでしょ?!」
「なんとなく…… かな?」
「ちょっ! なんとなくって!」
「精霊との契約は限界を超えたその先、生と死との狭間、ギリギリのリスクの先にある『強い想い』が必要だと思うんだ」
「でも、あんな事繰り返していたら本当に死んじゃうよ!」
「ギーズは迷宮で命をかけて『シルフィード』と繋がった。 ラトゥール様も、シュガールに胸を貫かれ死ぬ寸前に『バアル』と繋がったと聞く。 それ程の覚悟がなければ上位精霊との繋がりなんて持てる筈が無いんだよ」
「そんな…………」
「正直俺は…… 今まで躊躇していた。 でもペデスクローの圧倒的なマナに触れ、このままじゃダメだって、覚悟を決めたつもりだったけど…… まだ駄目だったみたいだ。 これ以上の覚悟が無いとイフリート様は認めてくれない」
胸がギュッと痛くなる……
私はこんなに痛々しいディックを始めてみた。
いつもヒョウヒョウと『だいじょうぶ!』と私を助けてくれるディック。
だけど……
私は今日、初めてディックの焦りとジレンマを知った。
四門守護者で唯一精霊と繋がることが出来ていないディック。
焦っていないわけが無かった。
ディックはいつも召喚宝珠でイフリート様しか呼ばない。
それは彼なりにイフリート様と繋がりたいという強い想いの表れなのかもしれない。
ディックの今のボロボロの姿に、痛々しいまでの焦りが伝わってくる。
でも、精霊魔法に一切の知識のない私には、彼に懸けてあげられる言葉は見つからない。
私はただ……
ギュッとディックを抱きしめた。




