第五章4-27 悠久の時を眠る火竜
グラン・モンラッシェ視点になります。
「…………」 「…………」 「…………」
【火竜】の目の前に強制転送された私達は言葉も無い……
いや、言葉を発することが出来ない!
目の前には目を瞑った【火竜】が寝ている。
その体の大きさは、暗黒竜ファフニール様と同等。
皮膚は灼熱のように赤く、鱗は全ての攻撃を跳ね除ける鋼のようだ。
だけど、その目はまだ閉じたままだ……
「ね、寝ているの?」
「あぁ、だけど強制転移されたからには……」
すると突然心に声が聞こえてくる!
念話のような声が心に響く。
⦅なんだ…… ただの人族か?⦆
「…………」 「…………」 「…………」
⦅久しぶりに指輪の共鳴を聞いて、起きてはみたが……⦆
⦅ファフニールの奴の気配まで感じ、飛ばしてみたが…… ただの人間のようだな⦆
「火竜…… しゃ、喋れるのか?」
⦅喋れるか? と聞かれれば喋れないが、今は意識のごく一部だけを起こし話しているに過ぎぬ。 我は【神の呪い】を受け呪いの浄化の為、悠久の眠りについている。 まだ呪いは浄化できていない…… しかし浄化のために置いた宝珠が盗まれ、その力を失ったようだ。 新しい宝珠を作りたいが…… 今ワレが目覚めれば呪いにより自我を失ってしまうだろう⦆
「あ、あの…… 炎の神アジ・ダハーカ様! 私はこの神殿を守る神官の末裔。 私達の務めはアジ・ダハーカ様を祀り、『火の宝珠』を護る事だったのだと思います。 ですがその責務を果たすことが出来ず、宝珠を失い…… あまつさえ自身の責務さえ忘れこの地を去りました。 申し訳ありません」
⦅あぁ…… お前はゲンベルクの子らの末裔か、それはもう良い。 ここに残った子供達は最後まで私に尽くしてくれた。 残った子らが生きて行けるように【陽光】も作ってやったが…… この閉ざされた場所ではやはり時が長すぎたようだ。 お前が持つその指輪は、最後まで我に尽くしてくれた巫女の物。 そしてお前の指輪と共鳴したと言う事は、お前の血筋と繋がりが有る者なのだろう。 大切に持っているがよい⦆
「は、はい! ありがとうございます」
「それで火竜、いや……アジ・ダハーカと呼べばいいのか?」
⦅名前など、どうでも良い。 我は我。 アジ・ダハーカも人が勝手にそう呼んだ名だ。 あえて呼ぶなら簡単な【火竜】で良いと言いたいが……、まぁ巫女も居る事だ。 好きに呼べばいい⦆
「では【火竜】、このファフニール様の宝珠を使えば、お前の【神の呪い】を解除できるのではないのか? だからファフニール様は俺にこの宝珠を託し、お前の元に送ったのではないのか?」
⦅然り。 【竜王の宝珠】が有れば【神の呪い】は解呪できる。 だが……その後が問題なのだ。 一刻神の呪いから解放されたとしても、また次第に呪いに浸食されていくだろう。 それほどまでに我々エンシェント、神代のドラゴンへの【神の呪い】は強いのだ。 我らエンシェントドラゴンが神に近い存在だからこそ、神の呪いも念入りだと言う事だ⦆
「ではお前を解放してやるにはどうすればいい?」
「ちょっ、ディック! 解放って! そんな事をしたらモンラッシェが!」
⦅ほぅ……ディックとやら、面白い事を言う。 お前はゲンベルクの神主でも巫女でもないが我を解放したいと?⦆
「あぁ、俺の大切な友人はファフニール様を解放した。 そして何か大きな事をしようとしている。 俺はその手助けをしたいんだ! 只の俺の勘だけど、その大きな事にお前、【火竜】が必要な気がする。 だからこそ、俺をここへ導いたのだと今確信した」
⦅クロノスの希望の種、か……⦆
⦅しかし、ファフニールの奴は相変わらず人族が好きなのだな⦆
「ディック? あなた達はなにを……」
⦅面白い、良いだろう! 我を完全に開放するには神を倒すか…… 呪いの上書きをするしかない⦆
「呪いの上書き?」
⦅そうだ! お前も知っているだろう? 【αλυσίδα(鎖)】 【πρόσκληση(召喚)】の従属契約を⦆
「あぁ、ファフニール様も雷嵐竜シュガール様もその呪文で契約したと報告書を読んだ」
⦅シュガールの奴も居るのか、それは面白い。 お前の友は知っているのかもしれないな。 【神の呪い】の応急処置法を⦆
「応急処置? 一時的って事か?」
⦅あぁそうだ。 完全な開放は神を倒すしかない。 だがそれまでの間、【鎖】【召喚】の契約で一時的に上書きすることが出来る。 【鎖】【召喚】は時間を司るクロノス様が作った制約だ。 今の世では違う使い方しか伝わっていないようだが、本来は【強力な呪い】から皆を守る為にクロノス様が作られたと聞く。 神の目を欺くために二つに分けられている事から…… クロノス様は神が狂う事を予期していたのかもしれぬな⦆
「【鎖】は少し理解できるけど、【召喚】がなぜ必要なんだ?」
⦅【召喚】とはお前たちはだた『呼びよせる』魔法だと思っているだろうが、その実この魔法は『時間・空間』を捻じ曲げる制約だ。 【鎖】と合わせて使うと『時間』を縛ることが出来る。 唯一今【神の呪い】に対抗できる手段だ⦆
「なるほど…… では何故お前たちは、神代でそれを使わなかった?」
⦅この方法は、まず解呪し【神の呪い】を弱める必要がある。 そして我々エンシェントドラゴンを縛れるだけの器を持った者が必要になる。 そして我々神にも等しいエンシェントドラゴンがプライドを捨てその者に従属すると言う覚悟も……⦆
「…………」
⦅神代では……神が狂う前。 神も全ての種族も皆仲良く暮らしていたのだ。 それが突然神により【呪い】をかけられたのだ。 対応できる者など要るはずが無い⦆
神代の話…… 神の話…… 神の呪い…… 時の神クロノス?
ディックと火竜は何の話をしているの?
ディックは…… ソーテルヌ卿はナニと戦おうとしているの?
火竜様とディックの会話は、途方もない話過ぎて、私とナターリアは言葉を失い、呆然と聞いている事しかできなかった。
だけど……
ディックがその途方もないナニかと戦う時―― 私は隣に立っていられるのかな?
ふとそんな事を思ってしまった。
「なるほど。 では…… 今俺は【竜王の宝珠】を持っている。 それで【神の呪い】を打ち消し、お前を縛る事は出来るか?」
⦅ダメだ!⦆
「俺ではお前を縛る器が足りないと?」
⦅そうだ!⦆
なっ! ディックでは【火竜】様を縛る器が足りない!
やっぱりソーテルヌ卿程の器が無いとダメなの?
なら、何故ファフニール様はディックに宝珠を託したの?
⦅だが、お前に望みが無いわけではない。 お前はそのファフニールを従属させた友とマナが繋がっているようだな?⦆
「あぁ」
⦅その友の恩恵を受け、お前の器は我を受け入れるだけの資格を持っている。 だが今のまま我を受け入れたならばお前のマナは、我の炎に焼き尽くされてしまうだろう。 お前は我の炎を受け入れられるだけの強さを身に付けられなければならない⦆
「器の強さ?」
⦅そうだ! あとは自分で考えろ…… と言いたいが、ここまで辿り着いた褒美をやろう⦆
すると――
火竜から『赤い珠』がゆっくりと飛んできて、ディックに吸い込まれて行く。
「な、なんだ……?」
⦅ただのきっかけだ、少しだけお前の【器】に炎の加護を与えただけだ。 これで少しは繋がりやすくなっただろう。 あとは我が言わなくても自分がよく解っているはずだ⦆
「…………」
そして―――
次に先ほどよりも小さな『赤い珠』が二つ飛んでくる。
そしてナターリアの持つ二つの指輪に灯る。
――次の瞬間!
指輪に掘られていたゲンベルクの紋章がキラキラと輝きだす。
⦅ゲンベルクの巫女の末裔よ、それがゲンベルクの巫女に選ばれた証。 その指輪には我の加護が宿っている。 もう巫女としての役目は無いが、お前の先祖が果たしてくれた務めへの礼として受け取るがいい⦆
「あ、ありがとうございます! 大切にします!!!」
⦅そろそろ…… 活動できる限界だ。 ディック、お前が我を受け入れられる器に育つことを楽しみにしているぞ⦆
そう言い、【火竜】様は眠りにつき……
また私達は神殿前の広場へと強制転送させられた。




