第五章4-22 ディプロマシー
グラン・モンラッシェ視点になります。
ソーテルヌ卿はゲンベルク国王へ話しかける。
「ゲンベルク陛下! 約束の時間よりも早い往訪、失礼いたしました」
⦅なっ! ゲンベルク王とソーテルヌ卿は会談の約束をしていた?⦆
「アルザスの奇跡、ソーテルヌ卿か?!」
「はい、ゲンベルク陛下。 ディックの試合が終わってからと思いましたが…… 少しハプニングがあった様で、急遽お邪魔させていただきました」
「あぁ、正直言って助かった。 国民に被害が出なかった事、礼を言う」
ソーテルヌ卿は深くお辞儀する。
「それでソーテルヌ卿、やはりそこのディックなる者は、卿の配下の者か?」
「まぁその様な者です。 お気づきになりましたか?」
「まぁな、卿から会談の申し込みがあってすぐに、十数年居なかった竜騎士が突然現れたと報告が来れば、誰でも疑うだろう? 終いには上位精霊イフリートの顕現だ、誰が見ても確定だろう」
「確かに」
「しかし、シャンポール王国ではすでに竜騎士がこれ程いるとはな。 これでは我国ゲンベルク王国の存在意義が無くなってしまうでは無いか!」
「陛下、我々はこれ以上のワイバーン部隊は作るつもりはありません。 いえ、作ることが出来ないと申し上げましょう」
「なぜだ?」
「簡単なことです。 我が国ではワイバーンは危険な竜種の位置づけ、そのワイバーンがこれ以上増える事は国民感情が許さないでしょう。 このゲンベルク王国とは国の成り立ちが違うのです」
「なるほど…… では、何故かの者がワイバーンに乗っている?」
ゲンベルク王がワイバーンに乗るラス・カーズを指差す。
流石は英雄ラス・カーズ将軍、ゲンベルク王とは旧知の仲のようです。
「ラス・カーズですか…… 彼はただ、彼の婚約者ラローズが我が部隊に居るのです。 婚約者がワイバーンに乗れるのでは、自分の立つ瀬が無いと…… 懇願されまして…… 致し方なく……」
そのソーテルヌ卿とラス・カーズ将軍の歯切れの悪い顔を見て、ゲンベルク王が笑う。
「まぁ正直、シャンポール王国の騎士団の隊長、副隊長には馬の代わりに乗らせようと思っていますが…… シャンポール王国に竜騎士部隊を作ろうとは思っていません。 それは永きにわたって竜騎士のプロフェッショナルとしてきたゲンベルク王国にお任せした方が有益でしょう。 ですから我らと同盟を結んで頂きたく参ったのです」
「ほぉ。 それでまず、様子見と現状の把握の為、ディックを我が国に送り込んだと言う事か…… それはわが国への現状に失望を禁じ得なかったであろうな」
「いえ、ディックはディックの考えでここに来たまでです…… ですが、十数年成し得なかった竜騎士が、この数日で二騎も成すことが出来たのです。 まだ覚束ない竜騎士ですが、ゲンベルク王国として、これ以上の成果はないのではないですか?」
「…………」
「…………」
ソーテルヌ卿とゲンベルク王がお互いニヤッと笑いながら、お互いの腹を探っている。
「我々ゲンベルク王国はどこの国の下にも就かん! 命令も聞かん! 六大国の責務などに振り回されるのも御免だ!」
「…………」
「だが、ソーテルヌ卿。 卿は同盟が成れば竜騎士育成に尽力してくれると言うのだな?」
「それはもちろんです」
「ならば…… ソーテルヌ卿の下に我々はつくと言う事ではどうだ? 大国との同盟には利を一切感じぬが、卿とならば利が有る事は自明の理」
えっ! ゲンベルク王国は、シャンポール王国との同盟では無く……
ソーテルヌ卿個人の下につく事を選ぶと言う事でしょうか?
「それは何の意味も無いのでは? いやむしろ同盟よりも立場は微妙になるのでは無いでしょうか?」
「そんな事は無いであろう? 卿の今までの行動を見れば分かる。 卿はもし人族六大国が不義を行えば躊躇なく切り捨て、たとえ人族以外の種族にでも味方につく」
「…………」
ソーテルヌ卿の無言が、ゲンベルク陛下の言う事を『是』だと物語っている。
そぅ言えば、エルフ族はシャンポール王国と同盟を結んだけれど……
実質はソーテルヌ卿の元に下りその庇護下に入ったのだと聞く。
「我々は竜信仰の国、人の国とは相容れぬ所が有る。 大国との同盟を組めば、同盟の為に我らの信念を曲げざる得なくなる。 それは出来ぬのだ! だが卿の下ならば…… 守ってくれるのだろ?」
「しかし…… そのような大事な事、今、陛下の独断で即決してもよろしいのですか?」
「フン。 実はもう、重臣達と話し合った末の結論だ。 心配には及ばぬ」
「そうですか。 皆さんの総意と言う事でしたら…… わかりました」
ちょっ! 小国とは言え、こんな短時間で一国が個人の傘下に入ってもいいの?
驚きで唖然とする私を置いて、ソーテルヌ卿とゲンベルク王の話は進んでいく……
「不肖ですが私がこのゲンベルク王国を庇護する事をお約束いたしましょう!」
「よろしく頼む」
大国の大統領の娘として、私にはこのゲンベルク王国の決断は理解が追いつかない。
庇護下に入るとは、聞こえはいいが、要は従属契約と同意だと考えて言い。
大国との対等な同盟を捨て、個人の従属下に入る。
その表面上の意味だけを見れば、国の地位が下になったことを示す。
しかし、ゲンベルク国王もその重鎮達、そして国民にも卑屈さは見受けられない。
みな幸せそうだ……
この国の人たちや、エルフ族の人たちも、大国と対等である事よりも、ソーテルヌ卿の従属の方に価値を見出したのだ………
この決断が英断だったのか、失策だったのかは今後の歴史家が判断すればいい。
しかし、この世情が激動する中、過去に固執し、変革に目を背け続けるモンラッシェ共和国よりも、よほど潔く、私には美しい在り方に見えた。
もし…… モンラッシェ共和国もこれ程の大事を、即断できる強さが有れば、今のような窮地にはならなかったのかもしれない。
「それでは早速、貴殿の元へ騎士を送りたいのだが…… その前に時間を貰えないだろうか? ディックとの約束を果たさなければならぬ。 モンラッシェ共和国の娘が居ると言う事は…… 片付けてからでなければ差し支えあるであろう?」
「はい、お心遣い痛み入ります。 ディックは私の大切な友です。 友との約束を守って頂き感謝致します」
この日、小国ながら歴史上どこの国にも下らなかった竜騎士の国ゲンベルク王国がソーテルヌ卿の傘下に下った。
普通ならば人族同盟に加盟となるところを、ソーテルヌ卿個人の傘下を選んだのだ。
この事の意味を、各同盟国は理解している。
ソーテルヌ卿はシャンポール王国の公爵ではあるが……
実質、魔神族を盟友にし、エルフ族、ゲンベルク王国を傘下にしたようなものだ。
もし人族がソーテルヌ卿へ牙をむいたとしたら、これらの国々は人族に見切りをつけ、ソーテルヌ卿に付くでしょう。
そして私達はと言えば……
ソーテルヌ卿に良い駒として使われた感は否めない。
けれどディックは、ゲンベルク国王の信頼を得て、この度のモンラッシェ共和国解放への助力を貰えることになった。
だから結果としては、良しとしましょう。




