第五章4-21 荒ぶるワイバーン
グラン・モンラッシェ視点になります。
これ以上やれば、怪我だけでは済まない。
騎士団の皆が敗北を認めた瞬間!
「まだだ! まだ終わっていない!!!」
騎士達の中から、ベルモットのライバル『セルゲイ』の声が響く!
そしてセルゲイはワイバーン達を繋ぐ鎖を全て外すという暴挙に出る!
「ばっ! バカ! セイゲルなんてことを!!!」
自由になったワイバーン二十匹が一斉に飛び立つ!
「さあお前ら行け! あいつらにお前らの力を見せてやれ―――!!!」
だがセイゲルの指示通りにワイバーン達は動かなかった……
数日前、ほんの一時一緒に過ごしただけの『アキレア』と『ロベリア』に、ワイバーン達は仲間意識、さらにはリーダー的な感情を持っていたようだ。
そしてむしろ、自分達のリーダーを襲えと指示を出した人間に不快感を覚えてしまった。
それは日ごろから鎖に繋がれて、溜め込んで来たストレスだったのかもしれない。
ここでその不満が一気に爆発する!
自由になったワイバーンがセイゲルをはじき飛ばし、観客席に向かい一斉に飛び立つ!
全方向に飛び立ったワイバーンを抑え込める者など騎士団には居ない!
それまで歓声に沸いていた闘技場が一転、一瞬で恐怖の叫び声と悲鳴に変わった。
観客達も改めて認識する、自分達が共に生き、慣れ親しんだワイバーンは、討伐レベルA級以上のとても危険な竜種なのだと。
観客たちはパニックに陥り、我先へと逃げ出そうとし、闘技場は大混乱となる。
「ディック! マズいわ! このままじゃ観客に沢山の死人が出る!」
私がディックにそう叫んだ時、私はディックに上空へと突き飛ばされる!
「え? ちょっ! な、なに!?」
そして観客席にワイバーンが飛び込もうかと言う時!
私の目の前に大規模な結界が構築される。
結界は、ワイバーンを閉じ込めるように、ワイバーンから私達と観客を隔離するように、武舞台全体を覆う!
「なっ! ディック!!!」
突如出現した結界に閉じ込められた事を知りワイバーンが、さらに怒る。
二十匹のワイバーンが怒りに任せ一斉に結界へと攻撃を仕掛ける……
だが結界はビクともしない!
⦅ディック! あなた……これだけの強度と規模で結界が張れるの?⦆
⦅なら、あの古城の時もワイバーンの群れを何とか出来たのね……⦆
ワイバーン達は何度も何度も結界にぶつかって行く、その異常な行動はどう見ても興奮しすぎて我を忘れてしまっているとしか思えない。
闘技場とは、多くの観客に囲まれて中央の武舞台で戦う場所、ここで戦う者が興奮状態になるように作られているのだ。
それは人間以外の生き物にとっても変わらないようだ。
ワイバーン達は、しばらく結界を攻撃していたが破ることが出来ず、ターゲットを結界内へと変える。
結界の中にはディックと騎士団が居る。
ディックは『アキレア』に乗り、周りには四柱ものイフリートが顕現している。
自然界では狙われる者は弱者……
ワイバーン達の敵視が騎士団へと向けられる。
「全員構えろ! 自分の担当ワイバーンを確保しろ! 決して殺すな……そしてみな死ぬなよ!」
騎士団長イゴールの檄が飛ぶ!
残念だが、ここゲンベルク王国では、騎士の命よりワイバーンの命の方が重い。
王国のワイバーンは、危険を冒して手に入れた卵を育て上げたもの。
その危険度と、費やされた金と手間暇は騎士の比ではない。
騎士達は自分を襲ってくるワイバーンを殺してはいけない。
怒り狂い正気を失ったワイバーン二十匹を相手に、騎士達は勝ってはいけない戦いに挑もうとしている。
だが、竜種とは力を抜いて勝てる程優しい相手ではない。
彼らには悲惨な未来しか無い。
騎士団が盾を前に出し、一カ所に固まり防御の陣を取る。
そこにワイバーンが殺到する!
誰しもが凄惨な光景から目を背けた――その時!
ゲンベルク王国に大きな影が落ちる。
最初は誰しもが、太陽が雲に隠れたのだと気にも留めなかったが……
―――しかし!
闘技場ではワイバーン達が突如怯え、一斉に地上に降りたち服従のポーズで動かなくなった。
王国を覆った影は、徐々に濃くなり、やがて巨大な竜の形となる。
そこでやっと全ての人々が異変に気付き空を見上げる。
「なっ! あ、あれは……」
「く……黒い竜?」
「エ、エンシェントドラゴン……様」
上空から舞い降りて来る絶対的強者、漆黒の竜に人々は畏怖し、逃げ出す事すらせず、ただ呆然と立ち尽くす。
漆黒の竜は、いとも容易くディックが構築した結界を砕き、闘技場に舞い降りる。
全ての光を吸収する闇を竜にしたような、漆黒の暗黒竜が闘技場に降り立った。
暗黒竜は、見た者の魂を喰らい尽くすような金色の目で、闘技場全ての人間を威圧する!
その崇高な姿に『竜信仰』の厚いゲンベルク王国の民は一斉に敬服する。
そして……
その暗黒竜の周りに、ワイバーンに乗る竜騎士が二十騎ほど闘技場に降り立つ。
暗黒竜登場の後、さらに二十騎もの竜騎士の登場に、ゲンベルク王国の民は理解が追いつかない。
暗黒竜の背に乗る二人のうち、まず一人の人影が飛び降りてくるのが見える。
この厳粛な雰囲気の中、ピョン!と愛らしく降りてくるのは、私のよく知るララだ。
すると後ろから、ナターリアが興奮して叫んでいるのが聞こえてくる。
「あぁぁぁぁ!!! ベルモット! アレ! あの人が噂の! シャンポール王国のエンシェントドラゴン様にさえ乗ると言う竜騎士様だよ! 凄い凄い凄い! はぁ~お近づきになりたい! いいな~私も一度で良いから乗せてもらいたいな~♪」
⦅ナ……ナターリア。 聞こえてるから…… 皆に聞こえちゃっているから!!!⦆
皆、本人を前にして、空気を読めないナターリアのはしゃぎっぷりに、ドン引きだ……
遠くから聞こえてくる、羨望と憧れの声に、ララは居たたまれない顔をしているけど、直ぐにディックの側に駆け寄り『ディック、カッコよかったよ~♪』と背中をバンバン叩いて激励している。
⦅ちょっとララ! ディックに近いから! それにその男を勘違いさせるあざとい仕草は止めなさい!⦆
闘技場全体が緊張でピリつく中、ナターリアのはしゃぐ声と、ララの場違いな気軽さが、緊張を和らげる。
そして暗黒竜の背に乗るもう一人、今この場を支配するソーテルヌ卿が下りてくる。
先程までの少し和らいだ雰囲気が、また一気に緊張が走る。
全ての人がソーテルヌ卿の一挙手一投足を見ている。
その張り詰めた空気の中。
ソーテルヌ卿はゲンベルク国王の元へ歩いて行き、挨拶をする。




