第五章4-20 竜騎士戦
十数年ぶりの竜騎士の『立ち合い』に闘技場が沸く。
ディック達四人は『はじめ!』の合図で、皆一斉にワーバーンに乗り、一気に空へと駆け上がる!
会場の観客からは、十数年ぶりに空を駆けあがる竜騎士の姿にドヨメキが起こり、そしてドヨメキは次第に歓声へと変わっていった。
そして、数日前まではワイバーンに鞍すら付けられなかった、ナターリアとベルモットが空を駆ける姿に、同僚の騎士達も色めき立つ。
ディックとグランは、巧みにワイバーンを操り騎士団の上空を駆けまわる。
ナターリアとベルモットは上空で待機している。
まだこの二人は辛うじて空を飛べるだけで、駆けまわれるほどの練度は無い。
すると突然―――!
ディックのワイバーン、『アキレア』が騎士団に向けて『火炎の息』を吐く!
次いでグランのワイバーン、『ロベリア』が『吹雪の息』を吐く!
ゲンベルク王が目を見張り立ち上がる!
そして観客達は息を呑む。
「ちょっ! ちょっと待て! な、なんなのだ。 あのワイバーンは! ワイバーンが火炎や吹雪を吐くなど聞いた事が無いぞ!!」
ワイバーンは普通風属性だ、火炎や吹雪を吐く事など聞いた事が無い。
これがディケムの作った首輪と手綱の恐ろしい効果だ。
グランは首輪に魔力を通したとき、ワイバーンとマナが繋がった感覚を覚えた。
手綱を通して、グランの意思とワイバーンの意思が繋がっている感覚が有った。
だから直ぐに飛んでも怖くなく、自分が翼を手に入れて飛び立ったかのような感覚だったのだ!
だがそれは感覚だけでは無かった、ディックとグランのワイバーンは、首輪と手綱を通して、二人のマナに染まり、二人の属性の『ブレス』を吐くことが出来るようになっていた。
ディックとグランは空を駆けまわり、『アキレア』と『ロベリア』に火炎と吹雪のブレスで攻撃させ、さらに自分達も魔法を放つ!
ディックは火炎球を、グランは猛吹雪を騎士達に向けて放つ!
これはもう、闘技場は地獄絵図の様相だった。
普通、魔法攻撃とは威力が絶大だが、術者に機動性が無く、撃ってくる方向が分かっているから対処のしようが有る。
だが、魔法使いがワイバーンに乗るとどうなるか……
食らえば致命傷の魔法が四方八方から飛んでくる、さらに今は強力なワイバーンの『ブレス』もプラスされているのだ!
騎士団は攻撃を避けるために逃げ惑う事しかできなくなる。
それは、ただの一方的な蹂躙劇のようなモノ……
ゲンベルク王も騎士団も、魔法使いがワイバーンに乗る、その恐ろしさを初めて知る事となる。
(もちろんディックもグランも、魔法は最小限の威力に留めて、視覚効果だけを狙っているのだが……)
ナターリアとベルモットも、空中戦はまだおぼつか無いながらも弓を射っている!
闘技場は空から炎と氷の魔法とブレス、さらに矢まで降り注ぐ一方的な光景だった。
この光景を最初は呆然として見ていた観客から、徐々に歓声と拍手が沸き始める。
ゲンベルク王国を守る騎士には申し訳ないが、国民は圧倒的に強い自分達が誇る『竜騎士』の勇姿を応援に来たのだ。
かりにもし、ディック陣営にナターリア達が居なかったとしたら、観客たちは自国の騎士達を応援したかもしれない。
しかし今は、自国の騎士が竜に乗り空を駆けているのだ、同じ騎士同士なら国民は竜騎士を応援する。
それが圧倒的な強さを見せたのなら、なおさらだ。
自国民の声援さえ相手方に持っていかれ、ディックにまんまとしてやられた事に、騎士達は苦虫を嚙みつぶす。
しかし、ディックとグランが魔法を最小限の威力に留めていた事もあるだろう。
流石に騎士団もこのまま終わっては、面目が立たないと奮起し少しずつ陣形を整える。
本来の竜騎士は一騎当千の剛の者。
ワイバーンと言う地の利を生かし、高山地域で鍛えられた肺活量と、常に竜種と行動を共にする事で鍛えられた強靭な肉体。
本来、真正面から戦えば魔法使いのディックなどひとたまりもない。
そして彼らが使う武器は、ワイバーンの速さと、上空から地上への重力を活かした攻撃を、存分に発揮出来る特殊な槍だ。
上空を飛べない今の騎士団は、『竜騎士の槍』の力を十分に引き出すことは出来ないが、その鍛えられた肉体を使い、豪速で槍を遠投する!
「狙うは、ナターリアとベルモット!!!」
ゲンベルク王国騎士団隊長イゴールはそう叫ぶ!
もうこの『立ち合い』の勝敗は決した!
今更勝ちを望む程、愚かではない!
自由に空を飛び回る、ディックとグランを狙うは愚策!
一矢報いるには、可能性のあるナターリアとベルモットを狙う!
この判断に、飛行がまだおぼつか無いナターリアとベルモットは窮地に陥る。
矢の攻撃ならば盾で受けることが出来る。
だが質量のある槍では、盾で受ければ弾き飛ばされる。
決して受けてはいけない、必ず避けなければいけない攻撃だ。
しかも、制空権を支配する事は圧倒的な有利を取れるが、それは自由に飛べての事。
もし飛ぶ事もおぼつか無い場合は、むしろ隠れる場所の無い的と化す。
一斉に二十もの豪速の槍が、ナターリアとベルモットに迫る!
二人は避ける事を諦め、しっかりと盾を構えて、弾き飛ばされる覚悟を決める。
あとはディックとグランに勝負の行方を任せて、戦場から退場する事を詫びる……
だが、その時――!
上空のナターリア達と地上の騎士団の間に、炎の壁が顕現し、全ての槍を焼き尽くす!!
「なっ! 今度はなんだ!!!」
会場は騒然とする!
この場で、何が起きているか理解しているのは、ディックとグランだけ。
次の瞬間、騎士団の周りに何本もの炎の柱が立つ!
そして―――
「バ、バカな…… 今度は火の上位精霊イフリートだと!!!」
突然ディックを囲むように四体顕現したイフリートに、ゲンベルク王が目を見張り、騎士団が呆然と立ちつくす!
唖然とする騎士団だが、このままでは一矢さえ報いることが出来ないと、最後の抵抗に、再度槍を放つが……
やはり結果は同じだった。
二十もの槍は、一瞬にしてイフリートの業火のもと焼き尽くされた。
「クッ! ここまでか……」
イゴール騎士団長の呟きに、騎士達は成す統べ無しと、槍を降ろした。




