第五章4-19 闘技場
グラン・モンラッシェ視点になります。
「ねぇディック。 一つだけ聞いてもいい?」
「あぁ、どうしたグラン?」
「なんで『竜王の宝珠』を使わないの?」
「なっ! 『竜王の宝珠』とは何ですか!?」
⦅しまった…… ナターリアとベルモットに教えちゃダメだったのかも!⦆
私が『しまった!』という顔をしていると、『別にいい』とディックが手で制す。
「『竜王の宝珠』を隠している訳じゃない。 ただこの前も言った通り、『宝珠』にはそれが作り出された意味がある。 『宝珠』の役目は、ワイバーンを使役する為の物ではなく、それはタダの副次的な事でしかないと話したはずだ」
「う、うん」
「……………」「……………」
わたしは頷くけど、ナターリア達は言葉が出ない。
「今も言った通り、『火の宝珠』は火竜の呪いを浄化する為の物だったように、俺達がファフニール様から『竜王の宝珠』を授かった時、その役目を示されている。 そしてその役目を遂行すれば…… 『宝珠』は石と変わるだろう」
「うん……」
「『宝珠』を使い、ワイバーンを手なずける事は簡単だ。 だけどそれでは、いつかまた同じ過ちを繰り返す。 今この国に必要なのは、いつ石に変わるか分からない『宝珠』じゃない。 ワイバーンを教育できるスキーム、仕組みだ」
「「はい!」」
ナターリアとベルモットが納得したように、大きく返事をする。
そして二人のディックを見る目が、見る見る変わっていく。
今日一日の同行で、ディックはこの二人からの、絶対的な信頼を勝ち取ったようだ。
その日の訓練はそこまで。
ナターリア達は、鞍に乗るまで続けたかったようだけど、ディックが止めた。
「ナターリアとベルモットはもっと『スターチス』と『アスター』の表情と感情を読んだ方が良い。 この子達は今日やっと鞍を付ける事に喜びを覚えたんだ。 そして次は鞍に人を乗せる事だけど、ここで強要するのは論外だ。 そしてもしこの子達がソレを望んだとしてもすぐ叶えてはダメだ。 少し焦らしながら、でも焦らし過ぎない。 だから明日にしよう」
「………………」 「………………」 「………………」
⦅この人はもしかしたら…… S級のタラシなのでは?⦆
⦅ん? あれ? 私も既にディックにタラシ込められているのでは……⦆
考え過ぎると、ドツボにはまりそうなので、それ以上考える事を放棄した。
翌日からも、四人と四匹で訓練を休んで遊びに行く。
少しずつ、少しずつ……
ディックは、感心する程ワイバーン達の心を掴んでいった。
そして、『立ち合い』の日になる。
私達はこの数日間、毎日繰り返した様に四人と四匹で邸宅を後にする。
今日は四人共、手綱を引き歩いて闘技場へ向かう。
「それでディック…… 今日はどうするのよ?」
「う~ん。 どうしよっかな~」
「っな! まだどうするか決めてないの!?」
「あぁ、戦う意味が無いのなら戦いたくないじゃないか?」
「そうよ! だから開始して直ぐに『竜王の宝珠』出しちゃいなさいよ!」
「まぁな~。 だけどさ、あの王様楽しそうだったじゃないか。 それに王様だけじゃない、今日見に来るお客さんは竜騎士の戦いを楽しみにしているんだろ?」
「はい。 おっしゃる通りです。 陛下より楽しませろとは言われていませんが…… あとはディック様の思う様にしてください」
「だよな~」
私達が向かう闘技場は、この小さな国のどこからでも見える、高台に建っている。
そして王城と同じ、巨大な石から削り出して作られているその闘技場は、見る者を圧倒する。
その巧みな技術と、圧倒的なスケール感と質量。
途方もない時間をかけて作られたことは容易に想像できる、ゲンベルク王国のシンボル的な建築物だ。
私達が闘技場に感動しながら向かって歩いて行くと、街行く人々が同じ方向に歩いている。
そして闘技場に着くと『この国にこんなに人いた? 国民全員来てしまったのでは?』ってくらいに大勢の観客が詰めかけていた。
「なぁ、ベルモット。 なんかチケットまで売っているんだけど…… どう言う事だ!?」
「す、すみません! 父は商売っ気も旺盛でして……」
「これじゃ、益々戦わないわけにはいかないじゃないか!」
「す、すみません!!!」
私達が闘技場に入ると、割れんばかりの声援が沸き起こる。
そして、闘技場の反対側には、騎士団とワイバーンが二〇人と二〇匹準備をしている。
私達は息を呑む。
「これはもう…… 処刑とかそういう数の暴力じゃないの?」
「は、はい……」
「お前らも道ずれな!」
「ちょ! ディ、ディック様!!!?」
焦る私達を尻目に、ディックがゲンベルク王に宣言する!
「陛下! 私達はこの四人チームで『立ち合い』に参加させて頂きます!!!」
「なっ! ベルモッ――……」
四人チームに息子が含まれていて焦るゲンベルク王だが、観客の歓声が、王の言葉をかき消す!
これでもう、国民の手前、息子だけ贔屓する事は出来なくなった。
ディックがニヤッと笑い、陛下が苦虫を噛み潰す。
私達は試合前に、準備のため一度控室に移動する。
「もう! バカバカバカバカ――――――!!! 何してくれてるのよディック! なんで私達まで道ずれなのよ!!!」
「ちょっ! 痛ッ! 叩くなってグラン。 まぁ落ち着けって!」
ディックは落ち着けと言うけど、ナターリアとベルモットも死にそうな顔をしている。
「まぁ、俺の指示通りに動いてくれれば良い。 これでも今まで、あのディケム達に鍛えられているんだぞ! それなりの戦闘の場数は踏んでいるつもりだ!」
ナターリア達には意味が分からないだろうけど、私は少し安心した。
そう! ディックはこれでもソーテルヌ総隊の近衛隊だった人。
この前も、あの魔神を撃退して見せたのだ! 大丈夫!
私達はディックから作戦を聞き、打ち合わせ、準備を終える。
そして闘技場へと入場する。
今か今かと『立ち合い』の開始を待つ観客は総立ちで私達を迎えてくれる……
⦅全然嬉しくないけどね!⦆
私達の前には準備万端の騎士二〇騎。
そして、鞍は付けていないけど武装したワイバーンが二〇匹。
私達は、『開始』と言う名の『死の宣告』を待つ。




