第五章4-17 火の宝珠
グラン・モンラッシェ視点になります。
グラン、ディック、ナターリア、ベルモットは同じ部屋で荷物をほどき、
一休みして、ベッドに座りながらミーティングをする。
ディックは少し顔がほころぶ。
ベッドに座りながらミーティング、それはまるでディケム達との冒険旅を思い起こす、少し懐かしい思い出だ。
「それでディック、なんで『立ち合い』なんか受けたのよ?」
「なんでって、グランの目的はゲンベルク王国の支援を取り付ける事だろ?」
「そうだけど…… ゲンベルク王国には竜騎士は居なかったし、それに鍛え抜かれた騎士に、魔法使いとして挑むのは危険じゃない? 騎士と魔法使いでは戦う土俵が違うのよ! 勝てる見込みは有るの?」
「あぁ。 危険は同意するけど…… 勝つことはそう難しい事ではないよ」
「なっ! ちょっ! それはディック様と言えど、聞き流すことは出来ません!」
「ナターリア、簡単な話だ。 俺はワイバーンに乗れる。 だがゲンベルク騎士は飛べない。 俺は矢も届かない上空から魔法で騎士を攻撃していれば良いだけだ」
「………………」
「………………」
「き、汚いわね」
三人は絶句する………
「こらグラン! 心の声がダダ漏れだぞ!」
「あぁ。 ごめん、ごめん」
「戦いにキレイも汚いも有るか! 勝てばいい。 現に騎士団も複数で俺に挑んでくるのだろ?」
「そっ! そんな卑怯な事―――………」
「その通りです!」
「へ??」
「グラン、ゲンベルク陛下は騎士達と言ったんだ、一対一とは一言も言っていない」
「はい」
「そ、そんな…… 罠みたいな言い回しヒドイじゃない!」
「だがそこは問題じゃない」
「えっ? 問題じゃないとは?」
「勝つ事だけを考えるなら、さっきも言ったようにやり方は色々ある。 だが…… ゲンベルク陛下は『騎士どもを納得させることが出来たのなら』とおっしゃった」
「あっ! 『勝ったら』とは言っていない」
「そう。 たとえ『立ち合い』に勝ったとしても、騎士達を納得させられなかったら負けだと言う事だ」
「そ、そんな………」
「………………」
「………………」
ナターリアとベルモットも黙り込む、二人もディックが言った事に気づいていたようだ。
「ディック様、そこまでお見通しなら、もう策も有るのですか?」
「いや、今は全く思いつかない。 七日間、もっとゲンベルク国民の事、竜騎士団の事を良く知ってから考えないと、答えは出ないだろ?」
「ですね。 でしたら明日は、私とベルモットのワイバーンを見てください。 そして私達の訓練の様子も見てくれると嬉しいです」
「あぁ、そうしよう」
「ありがとうございます」
「そうだ、ナターリア。 訓練を見る前に、竜騎士の事を色々教えて欲しい。 今まで騎士団がどのように竜騎士を育成してきたか? そしてどうして今は竜騎士が育てられないのか、もし差支えなければ教えてくれないか?」
「…………。 わかりました」
ディックの言葉に、ナターリアは少し悩んだ後、了承した。
竜騎士育成はゲンベルク王国の秘匿の技術なのでしょう。
「竜騎士がどのようにワイバーンを育成してきたかは、我々ゲンベルク王国の成り立ちから知って頂かなければなりません」
ディックと私は頷く。
ゲンベルク王国の成り立ち、彼らを知るには聞いておきたい話だ。
「竜騎士の始まりは、我らの祖先、ゲンベルク王国の開祖様だと言われています。 その時代、開祖様はここよりももっと南に有ったとされる、『火の神殿』を守る役目を担っていたと伝承にあります」
「火の神殿?!」
「はい。 炎の神【アジ・ダハーカ】様を祭る神殿だったと聞きます」
⦅ここより南って…… モンラッシェ共和国の方角じゃない?⦆
「ある時、火の神殿が盗賊に襲われたそうです。 そして神殿の宝『火の宝珠』を盗み出されます。 すると、炎の神の怒りが天変地異を引き起こし、山は火を噴き、地は割れ、溶岩が溢れ出し、盗賊ごと神殿をのみ込んだと伝わります。 ですが開祖様は辛うじて盗賊より『火の宝珠』を奪い返し、溶岩溢れる地よりこの地へ逃げ延びたと云います」
⦅溶岩に沈んだ火の神殿…… 炎の神アジ・ダハーカ…… モンラッシェ共和国の地下に眠る火竜…… アジ・ダハーカ=火竜ってこと?⦆
「溶岩の熱も届かぬこの地に逃げ延びた開祖様は、他にもこの地へ逃げ延びて来た人々を導き、この地に村を作ります。 ですがこの地は、人ではなくワイバーンが支配する地、人とワイバーンが壮絶な戦いを繰り広げようとしたとき、開祖様は『火の宝珠』を頭上に掲げます! すると、ワイバーン達は一斉に開祖様に恭順の意を示したとされています」
⦅ディックが『竜王の宝珠』を使ったときと、同じ光景ね⦆
⦅伝承として聞くと、凄いけど…… あの時のディックの『ヤバイ!ヤバイ』的な光景を思い浮かべると、笑みがこぼれてしまう⦆
「開祖様は、恭順を示したワイバーンと少しずつ心を通わせ、いつしか背に乗る事が出来るまで心が通じ合いました! これが竜騎士の始まりです。 そこから、我々ゲンベルク王国の民は、心が通じ合ったワイバーンの子共達を代々育て上げ、親から子、子から孫へと『人との絆』を繋いでいったのです。 」
「なるほど」
「ですが…… 『アルザスの悲劇』でそれが絶えてしまったのです。 成竜が死に絶え、残された子供のワイバーンは、親竜から『人との絆』を教わることなく、現在に至ります。 卵の頃から育てているので、辛うじて共存と手綱で引く程度の事は出来るのですが、とても背に乗り共に戦う事など出来ません。 ほぼペット状態です」
「なるほど…… では『火の宝珠』で恭順させ開祖様と同じように、ゆっくりと心を通わせれば良いのではないのですか?」
「ディック様。 じつは『アルザスの悲劇』の前、今から十五年程前に『火の宝珠』が突然石と変わってしまったのです。 その力は全て失われたと聞きいています」
「宝珠が石に変わった?」
「はい」
ディックは少し悩んだ後、仮説を立て、皆に話す。
「宝珠が力を失う時は、その役目を終えた時。 もし炎の神『アジ・ダハーカ』が『火竜』だった場合、ファフニール様との戦い後、神の呪いを浄化する為に深い眠りについたと云われている。 『火の宝珠』とは『火竜の宝珠』の事で、呪いの浄化の為に神殿に置いておいたのだとしたら…… 浄化が終わりその役目を終えたか、人によって持ち出され、その役目を果たせなくなり、力を失ってしまったのか……」
ファフニール様と火竜様の戦いは、シャンポール王家に伝わる神話時代の伝承に描かれているのだとか。
そんな物語の中の話と、今回の出来事が本当に繋がっているのだとしたら……
ディックの話を聞き、みな話の大きさに言葉を失う。
「本来の『火の宝珠』の役目は、ワイバーンを使役する為の物ではない、それはタダの副次的な事でしかないはずだ」
ディックのその言葉は、竜騎士を崇拝するゲンベルク王国民にとって、受け入れがたい事実かもしれない。
ナターリアとベルモットは、息を呑み、混乱した思考を整理しようと、フリーズしている。
⦅それにしても…… あの『竜王の宝珠』、ディックは簡単に貰っていたけれど、神話級のとんでもないお宝じゃない!!!⦆
この日は、これ以上の情報は『自分の処理能力を超えている』と、ナターリアとベルモットが音を上げ、ミーティングはお開きにする事にした。




