第五章4-15 辺境の王国ゲンベルク
グラン・モンラッシェ視点になります。
ナターリアはアイベックス(高山山羊)の手綱を持ち、歩いて案内をしてくれる。
私とディックも、ワイバーンの手綱を持ち、歩かせて、ナターリアの後をつい行く。
「凄く言う事を聞くワイバーンですね。 名前は有るのですか? 教えてもらえますか?」
「あぁもちろん。 『アキレア』と『ロベリア』だ」
「わぁ~ 勇敢なアキレアと可愛らしいロベリア!」
「ナターリア! 花言葉知っているの!?」
「はい! この険しい辺境の山岳地帯、他に娯楽など有りませんから。 ロベリアは愛らしい花ですけど…… その根に毒を持つ! 可愛さだけではなく、強さも兼ね備えたいい名だと思います」
「ありがとう! 私も気に入っているの~」
⦅ナターリアとは、仲良くなれそうな予感⦆
そんな女子トークをしながら歩いていると、町の入り口に差し掛かる。
すると、事前に門番が伝令していたのでしょう、私達を見に大勢の人々が集まっていた。
「ちょっ! 凄い人なんだけど……」
「先ほどもお話した通り、竜騎士様はわが国では尊敬されるのです。 しかもこの十数年間一人も居なかったのですから、そりゃ大騒ぎになって当然です」
城壁門を潜り、町に入ると私もディックも息を呑む。
「フフ〜ン 素敵な町でしょ!」
ナターリアが得意げに話すのも頷ける。
ゲンベルクの城砦都市は、山の崖をくり抜いて作られた王城が、その背後の山と相まって大迫力の視覚効果となっていた。
その崖をくり抜くという異質な作りと高度な技術に感嘆させられる。
そしてその城をくり抜いた時に出来た石材を利用して作られたであろう、町の家々。
同じ素材だが、掘り出されて作られた城と、組み立てて作られた民家。
それにより国全体の一体感を生み、景観は息を呑むほど素晴らしい。
素朴だが、計算しつくして作られた洗練されたセンスと、それを可能にした技術力。
こんな山奥で、これ程の造形美を目にするとは思わなかった。
あの花すらも興味ない無骨なディックさえ、立ち止まり圧倒されている。
そしてさらに、ナターリアは嬉しそうに私達に説明する。
「十数年前は、この美しい石の街の上空を竜騎士様達がたっくさん飛び回っていたと聞きます。 それはもう夢のような光景だと思いませんか? 私はもう一度その景色が見たいのです。 そしてその中に…… 私も居たいのです!」
(ナターリアは本当にこの国が好きなのだろう。 聞いている方が清々しくなるほど、話す事はこの国の事と竜騎士の事だけだ)
だけどそれも納得できるほど、ゲンベルク王国はホントに素敵な国だった。
私達は、ナターリアに連れられ、街の大通りを歩く。
沿道には黒山の人だかり、パレードでも見に来たように人が集まっている。
そこを、ワイバーンを連れて歩く。
街の中心街を、ワイバーン連れていて歩いて大丈夫?
と少し思ったけど……
さすがは竜騎士の国、道幅は広く石畳で、道がワイバーンを連れて歩けるような作りになっている。
街の人々も、久しぶりの竜騎士に驚きはしているが、昔はそれが当たり前だったように、私達を見ている。
黒山の人だかりの沿道を抜け、王城に近づくと、前方に騎士の一団が見える。
この国を守る騎士、竜騎士なのでしょう。
騎士団の前に来ると、ナターリアが隊長らしき人に敬礼をする。
「イゴール隊長! モンラッシェ共和国からいらっしゃった竜騎士様です。 ゲンベルク陛下への謁見をお望みになっておられます。 取次ぎをお願い致します!」
すると、ナターリアが隊長と呼んだ騎士が私達に片膝を付き、敬意をします。
そして、その後ろの騎士達も隊長に続く。
「竜騎士様! ようこそおいで下さいました。 私はこのゲンベルク王国の現竜騎士隊を預かるイゴールと申します。 以後お見知りおきを」
竜騎士たちの、敬意を示す挨拶を受けましたが……
騎士団の一番後ろに、棒立ちで、納得がいかないと言う顔の騎士が一人居る。
「イゴール隊長! なぜですか! 我々の他にワイバーンを扱える者など要るはずが無い! この者たちがワイバーンに乗って来たなど、まやかしに決まっております!」
それは…… 長年ワイバーンを扱ってきた竜騎士としてのプライド、自負!
しかし、現在ではいくら努力しても、未だに誰もワイバーンに乗ることが出来ない。
そんな時に他国の者がワイバーンに乗って来たなど、自尊心を傷つけられる出来事でしかない。
正直、私とディックも、少し前にソーテルヌ卿のアイテムを使って使役したに過ぎない。
彼らの憤りには正直、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
だがソレはソレ、コレはコレ。
外交交渉とは舐められてはいけない、常に自分たちの価値を最高に高めて置かなければ、相手は交渉のテーブルにも着いてもらえないモノのだ。
「セルゲイ! 控えなさい! ディック様とグラン様は本物です! 現に私は彼らがワイバーンに乗っているところを見ています。 無礼は許しませんよ!!!」
「ナターリア! なぜだ! 俺達は『アルザスの悲劇』以来十数年、ずっとワイバーンに乗るための努力をしてきたんだ! ワイバーンの使役に特化している我らゲンベルク王国が必死にやって来たのだ! 他国で成功していたなど…… 有ってなるものか!!!」
若者の暴走に、隊長のイゴールが口を開く。
「セルゲイ…… だがこれが現実だ! 結果の伴わぬ努力など、ただの自己満足でしかない。 現実を素直に受け入れ、教えを乞うた方がはるかに有意義ではないのか?」
イゴール隊長も、内心では穏やかではない事は、その表情を見れば容易にうかがえる。
しかし……
このゲンベルク王国の騎士団、なかなか仲間同士の絆は厚いようだが、
規律としては、部下が暴走できてしまうくらい緩いのかもしれない。
結局は納得のいかないセルゲイと言う騎士が、走り去っていき、イゴール隊長が頭を下げてこのゴタゴタは終わった。
私達は王城へ入城し、中庭にある馬留ならぬワイバーン留めに『アキレア』と『ロベリア』を留める。
留場を管理している管理人が、この留場にワイバーンが留められるのは十数年ぶりだと感動していた。
そしてイゴール隊長とナターリアの後について行き、王城へ入城する。
「この部屋で、少しの間お待ちください」
本当に今日中にゲンベルク王国ゲンベルク陛下との謁見が叶うらしい。
普通は飛び込みで突然来て、謁見の申し出を受けてくれる事など無い。
門前払いか、数日待たされる事が通例だ。
少しの間、待合室で二人きりなので私はディックに訊ねてみる。
「ねぇディック」
「ん? どうしたグラン」
「失礼な話だけど、竜騎士が居ない事が分かった、ゲンベルク王国で、謁見まで申し入れる必要は有るの? 現実、竜騎士団には面白くないと思われているようだし…… 余計な波風立てる必要有るの?」
「さぁ…… どうだろう」
「ちょっ! 『さぁ……』っていい加減な!」
「いや…… まえに『ディケムがワイバーンを薦めたからには何か意味があるんだと思う』って話し覚えてる?」
「う、うん…… 私も『悔しいけど同意する』って言った覚え有る」
「そして『アキレア』と『ロベリア』を使役して、情報屋のヨハンに『ゲンベルク王国』へ行けと言われた……」
「…………。 も、もしかして全部繋がっていると?」
「それはわからないけど。 物事ってさ、水が流れるように流れが有ると思うんだよ。 無理に逆らおうとすると、途端にきつくなる。 これだけ色々な事が繋がってきているなら、流れに沿っていれば、成るべくして成っていくかなと………」
「………………」
ディックの言っている事は、とても漠然とした答えだったけど………
なぜか私の胸にストンと落ちた。




