第五章4-14 竜騎士見習いのナターリア
グラン・モンラッシェ視点になります。
私とディック二人は、ワイバーンの『アキレア』と『ロベリア』に乗り、『ゲンベルク王国』を目指す。
モンラッシェ共和国を後方に、前方には『南アイフェル山脈』が見え、はるか北北西には、微かに『アルザス渓谷』の壮大な景色も見える。
モンラッシェ共和国とゲンベルク王国は距離的には馬で二日~三日程度の距離になる。
しかしゲンベルク王国が有るのは、険しい山岳地帯、『南アイフェル山脈』の中腹にあるという。
普通に目指せば、途中からは山道を徒歩で行くことになり、賞味一週間は必要な行程だろう。
正直、それほどの特産物が有る国でもなく、そこまでしてゲンベルク王国へ行く人はなかなか居ない。
でも、その秘境の国へもワイバーンに乗れば、半日とかからず着くことができる。
正直、夜も遅い時間に出ただけに、早く着きすぎた感がある。
前方に、朝靄の中、早朝の食事支度で各家から煙が上がる様子が遠くに見えて来る。
もう少し飛べばゲンベルク王国に辿り着くだろう。
ここでディックは速度を落とし、ゆっくりと様子を見ながら飛ぶことにしたみたいだ。
他国から突然空から飛来すれば、領域侵犯と見なされる可能性がある。
訪問のしかたを間違えれば、敵対視される場合もあるからだ。
眼下には断崖と急斜面、そして岩と草原が織りなす、高地独特の景色が広がっている。
するとそこに、アイベックス(高山山羊)に乗る少女が、私たちを追いかけて、何か叫んでいるのが見える。
「ディック!」
「あぁ、グランは俺の上一〇mで待機な、俺は少し近づいて様子を見る、話せるなら話してみる」
「うん」
ディックが高度を下げアイベックスに乗る少女に近づいて行く。
「おーい。 おーい。 お願い! お話しをさせて! お願いします」
少女には敵意は無く、私達と話がしたい様子だ。
ディックがさらに高度を下げて、少女に問いかける。
「どの様な御用でしょう?」
「あ、ありがとう! 話を聞いてくれて。 わたしはゲンベルク王国のナターリアと言います。 その飛竜について聞きたいのです、どうか降りてきて頂けないでしょうか?」
ゲンベルク王国は、これから交流を深めたい国、邪険にする事はできないが、初めての接触で戦闘になることは往々にしてある事だ。
特に神秘のヴェールに包まれた謎の国、情報が少ない分最初の出だしで躓きたくはない。
ディックは念のため、周囲に結界を張り少女に近づいて行く。
――すると!
少女がいきなりワイバーンに飛びかかる!!!
ん? 飛びかかる………?
「ブベッ!」
大きく手を広げ、ワイバーンに抱きつこうとしたナターリアと名乗る少女は、
結界に顔面からぶち当たり、顔面を抑えたまま地面に崩れ落ちた。
「………………」
「だ、大丈夫ですか?」
「な、なぜ竜騎士様が結界を?」
「いや魔法使いですから」
「ま、魔法使い? そんな訳が…… 騎士以外にワイバーンを操れるわけが無いのです!」
「そんな事言われましても……」
「ホントに?」
「うんうん」
なぜか知らないけど、ナターリアと言う女騎士風の少女が、見てわかるほど落ち込んでいる。
ゲンベルク王国では、ワイバーンに乗れることが騎士の証、そして誉なのだろう。
「グラン、大丈夫そうだから降りてきなよ」
「うん」
ディックに呼ばれて私も降りる。
「俺はディック、そして彼女がグラン。 これからあなたの国、ゲンベルク王国へ訪問しようと思っていたところです」
「改めまして、私はゲンベルク王国竜騎士団所属ナターリア・ガモワと申します」
お互いの自己紹介が終わったところで、ナターリアが聞いてくる。
「あの…… あなた達はどこの竜騎士様なのですか? 私はゲンベルク王国以外に竜騎士様が居るなど聞いた事が無かったものですから」
「先ほども言ったけど、俺達は竜騎士じゃない。 そして彼女はモンラッシェ共和国の大統領の娘、貴国と友好を結びたくここにきた」
「友好の為……?」
「あぁ。 まぁ正直に言うと、竜騎士は一騎当千、そして傭兵として各戦地に赴いていたと聞く。 いまモンラッシェ共和国は色々問題を抱えていてね。 だから是非協力して頂きたく、二人でここまで来たという訳なんだ」
「そうですか………」
ナターリアが残念そうな顔をする。
⦅ん? まさか既にモンラッシェ『長老派』に取り込まれてしまった?⦆
「傭兵要請の為にわざわざこの辺境の地まで赴いて頂いた事、感謝致します。 しかし申し訳ありません。 失望させてしまいますが…… 現在、我がゲンベルク王国には一人も竜騎士が居ないのです」
「えっ! それはどう言う事でしょうか? 竜騎士は皆、傭兵に出て、ここには居ないと言う意味ですか?」
「いえ…… 先の戦い、『アルザスの悲劇』で竜騎士は全滅しました。 それ以来竜騎士育成を国の最重要政策としているのですが…… 現状はまだ誰もワイバーンに乗る事が出来ないのです! 私も竜騎士団所属と名乗りましたが…… まだ現状乗る事は出来ません」
「そんな………」
にわかに噂されていた、竜騎士全滅は本当だったようです。
「だから、居ない筈の竜騎士様が二騎も現れたのです! 私は夢でも見ているのかと思いました」
「あ、あの…… 先ほどから私達は竜騎士では無いと――………」
「いえ! 竜に乗れる戦士は、たとえ魔法使いでも、他国の方だとしても、このゲンベルク王国では敬意を払い、竜騎士様とお呼びします! しかも旅人の噂では、シャンポール王国には、ワイバーンどころか、エンシェントドラゴンにさえ乗る竜騎士様が現れたと聞きます。 はぁ~ 私も一度で良いからそのような殿方を拝見したい………」
⦅ん? 最後の一言はいきなり個人的心情になったような……⦆
⦅この国では、より強い竜に乗る戦士がカッコいい男の条件みたいですね⦆
⦅もしかして…… ゲンベルク王国に行くとディックが危ないのでは?⦆
ん? 気になりだすと……
ナターリアの立ち位置がディックに少し近い気がしてきました。
「ナターリアさん。 どちらにしても、ここまで来たからにはゲンベルク王国を訪ねたい。 できれば国王様への挨拶とかできれば良いのですが……」
「わかりました。 クリコフ・ゲンベルク王にもお伝えします。 きっと大丈夫だと思いますよ! このゲンベルク王国では竜騎士様は国王陛下よりも尊敬されます。 その竜騎士様からの面会依頼を、陛下が断れる筈がありませんから」
こうして私とディックは、竜騎士見習いの『ナターリア』に案内され、ゲンベルク王国へ向かう事になった。




