第五章4-12 情報屋のヨハン
グラン・モンラッシェ視点になります。
翌朝、何とか私の体調も戻り、昨日行けなかった情報屋のヨハンを訪ねる為、出発する事にする。
「グランさん、大丈夫ですか?」
「はい、昨日はすみませんでした。 突然泊めて頂いちゃって」
「いえ。 もし魔神の事が無ければ、このまま此処に泊まって頂きたかったのですが、魔神はアレクセイ様を狙っています。 『狙われている者同士、リスク分散で同じ場所に居ない方が良い』と、アレクセイ様はおっしゃられました」
「私もアレクセイ兄さんの意見に賛成だわ。 今日は宿屋を確保します」
「はい」
「あの…… アンナさん、つかぬ事を伺いますが…… アレクセイ兄さんは、女性と行動を共にしているの?」
「いえ。 そのような事は聞いていませんが…… 何かございましたか?」
「いえ、昨日アレクセイ兄さんらしい後ろ姿を見て、女性と一緒だったから…… でも人違いだったみたいね」
「はい。 もしくは情報収集の過程で、共にした人はいるかもしれません」
昨日の事は、少し不思議な感じだったし、
私が疲れていて、幻覚でも見たのかもしれない。
考えても解決する事でもないので、棚上げする事にした。
私達は、アンナさんに言われた通り、裏路地を通り、何度も角を曲がり、二度と辿り着けないのではと思うほど入り組んだ場所にたどり着く。
その建物には看板も無く、裏路地には良くある、ただの薄汚い普通の家だ。
ディックが、ドアをノックする。
「誰だ?」
「情報を仕入れに来た! ヨハンと言うも人を探している」
ドアの覗き穴から、こちらを覗き見る気配を感じる。
そしてドアが開き『入れ!』と声がする。
「ほぉ~ これはお尋ね者の『グラン嬢』ではないですか。 どのようなご用件でこちらへ?」
「いくつか聞きたい事が有るの!」
「それはいいが、うちの情報量は高いぜ! 親の威を駆るアンタに支払い出来るのかい?」
「それは…… 今はあまり持ち合わせないけど、事件が解決すれば――」
「全くお話にならない。 貸しで通用する程世の中は甘くない! 今までそれが通用していたとすればアンタの力じゃない、父親が大統領だったからだ。 今じゃそれが逆転し、アンタはお尋ね者、好き好んで貸しでなにかをしてくれる奴なんか要るものか」
「なっ! あんたそんな言い方――」
「勘違いするなよグラン嬢! これは俺の善意だ。 今の現状なら、普通の奴ならあんたを売って金にする。 アンタには多額の懸賞金がかかっている。 俺は情報屋のプライドとしてそんな事はしないが、ここはどんなモノでも売れる自由都市モンラッシェだ。 ほかにそんな奇特な奴いるわけがない」
「そんな……」
「なぜ戻って来たグラン嬢! アンタの父親はシャンポール王国に保護してもらえと言っていたはずだ!」
「なぜあなたがそれを!? 私はそんな卑怯な事! 私はジュリュック大統領の娘よ!」
「それが呆れるほどの甘ちゃんだと言っているんだ! 死んじまったらあのアンタの名誉なんて幾らでも貶めることが出来る。 アンタも忘れたわけじゃないだろ? 『オリガ』を!」
『オリガ姉さん』の名前が出たとたん、私の体が震えだす!
まだ昨日のショックを引きずっているようだ。
「金は有る!」
そう言い、ディックが袋の中身をヨハンに見せる。
「あんた…… 四門守護者のディックじゃないか! アンタがこの嬢ちゃんの金の肩代わりをすると?」
ディックが黙って頷く。
「…………。 良いだろう、交渉成立だ。 奥に入ってくれ」
私達は簡素な部屋のテーブルに着く。
部屋の中には他に誰も居ないようだ。
「情報料は一つにつき、白金貨一枚だ。 さぁ何が聞きたい?」
「なっ! 白金貨一枚!? ぼったくりじゃないそんな金額! なぜそんな高いのよ!?」
「聞きたいことはそれで良いのかい? 情報とは生モノだ! 情報を安く見てもらっては困る、それは情報収集を大事にするアンタが一番良く知っているだろ?」
「ちょっ! いまのは質問じゃない! それに情報が大切なのはあなたの言う通りよ」
「まぁ今のはサービスだ。 っで? 何が聞きたい?」
情報料は一つにつき、白金貨一枚。
この法外な金額、質問は吟味して行わないと不味い。
ディックを見ると、『グランが質問するんだ』と顔が言っている。
⦅まず、父の安否を聞きたいけど…… 安否と場所を聞いたら二つ分の質問になってしまう⦆
「父はどこに幽閉されているの?」
「フフ…… 少しは頭を働かせているようだ。 アンタの父親は大統領府の地下室に幽閉されている。 アンタの家族と一緒に皆無事だ。 最後の情報はサービスな!」
「ありがとう」
「魔族が暗躍して、魔王を召喚しようとしているのは本当?」
「ほぉ、良く知っているな。 奴らはこの国で『煩悩を司る魔王マーラ』を召喚させようとしているようだ。 だがジョルジュ王国の失敗を元に、それを成す為に手順を踏んでいるらしい。 ようは魔王マーラより少し格の落ちる大悪魔を何体か召喚し、『ヘルズ・ゲート』を定着させたのちマーラを召喚させるそうだ。 しかし……クク、煩悩のマーラとは、この国に相応しい魔王だと思わないか?」
⦅そんな…… 数体の大悪魔と魔王なんか召喚されたら、この国は確実に滅ぶ⦆
「最後に…… 賊の頭に魔神が居ると聞いたわ、その情報を知っているだけ教えて!」
あれほど饒舌に話していたヨハンの顔色が変わり、突然黙り込む。
「アンタ…… あの人には関わらない方が良い。 おれも命が欲しい、あの人の事は話せない。 その代わり、別の事で少しアドバイスしてやる。 金は要らないサービスだ」
敵味方にも情報を売る情報屋が、金を出しても依頼を断る……
それほどまでに魔神はマズい存在だとその意味が伝えている。
⦅魔王マーラより不味いって事? そんな………⦆
「アンタらワイバーンを捕まえたな、ならまずは『ゲンベルク王国』へ行って協力を取り付けろ。 いまやこの国は味方が一つも居ない孤立した国だ。 どうにかしたいのなら少しでも味方が欲しい。 可能性が有るとしたらワイバーンを手に入れたアンタらが『ゲンベルク王国』へ行くことくらいだろう」
⦅竜騎士の国『ゲンベルク王国』…… それにしてもどうして私達がワイバーン捕まえた事まで知っているの? 鞍を付けてくれた村から?⦆
「今この国は、『長老派』による事実上のクーデターが起きている。 だがこの状況はあまりにも不自然だ、長老派は既に入り込んだ悪魔に魅了されていると考えた方が自然だろう」
「なっ! それは―――」
「これ以上の質問はやめた方が良い、今のアンタは味方が少なすぎる。 もし『ゲンベルク王国』を味方に付けられたら、またここに来ると言い。 それとここの宿屋なら、俺の紹介だと言えば泊めてくれるはずだ、行ってみると良い」
ヨハンはそう言って、住所の書いてある紙を渡してくれる。
「あ、ありがとう……」
「さぁ直ぐに行け! お前らがここに居ることがバレると、俺が危なくなる!」
ディックが情報二つ分、情報料白金貨二枚を渡して、ヨハンの元を後にする。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
<通貨>
銅貨一〇枚で大銅貨、大銅貨一〇枚で銀貨、銀貨一〇枚で金貨、金貨一〇枚で白金貨
平均的なパンの金額は銅貨五枚ほど、家族四人が外食すればだいたい銀貨二枚あれば御釣りが来る。




