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寂滅のニルバーナ ~神に定められた『戦いの輪廻』からの解放~  作者: Shirasu
第五章四節 それぞれのイマージュ  ディックと落日のモンラッシェ共和国
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第五章4-5 ディックの決意

グラン・モンラッシェ視点になります。

 


 夜も更けたこの時間に、突然迎賓館を飛び出したグランを、執事の爺が慌てて後を追いかける。

 貴族街は広大だ、馬車で移動したほうがよほど早いのだが、馬車を準備する時間すらグランは待っていることが出来なかった。

 そして、懸命に走ってソーテルヌ公爵邸までたどり着く。


「モンラッシェ共和国、ジュリュック大統領の娘グランと申します! アポイントもなく夜分に失礼な事は承知しています! ですがお願いします! ソーテルヌ公爵…… いえ、ララ・カノン様、もしくはディック様にお取次ぎをお願いします!!!」


 衛兵は、シャンポール王国の客人、要人のグラン嬢の突然の訪問に驚く。


「わ、わかりました。 ララ様に連絡を入れてみます。 申し訳ありませんが、夜分ですのでこちらの衛兵室でお待ち下さい」


 感情に任せて、寒空の中羽織るものも持たず飛び出して来てしまった。

 今になって震えが来たが、衛兵室は暖が取れてとても居心地がよかった。

 流石は今一番勢いのあるソーテルヌ公爵の屋敷、衛兵室にまで細かな配慮が行き届いている。



 数分もすると『ララ様がお会いになるそうです、ご案内します』と直ぐに案内される。

 早く会ってくれることは助かるけど…… 予約なしでこの速さは異常だ。


 ソーテルヌ公爵邸の中を案内され、執事は途中の別室で待つように言われて別れる。

 そして私は応接室に通される。


 そこにはララとディック、そしてソーテルヌ卿が待っていた。


 ソーテルヌ卿からソファーに座るように促される。

 私は勧められるままソーテルヌ卿が座るソファーの机を挟んで対面、上座に座る。


 ソファーに座り、普通ならばお茶などを待つのだが……

 今の私にはそのゆとりは無い。


「ソーテルヌ卿、申し訳ありません。 こんな夜分に押しかけたくらい私には余裕がないのです」


 そう言いグランは三通の手紙をソファー前の机に置く。


「一通は卿からの手紙、後の二通は私の兄と慕っている知人から、そして父からの手紙です」


「読んでも宜しいのですか?」

「是非読んでください」


 二通の手紙を読んだ後、ソーテルヌ卿は手紙をララとディックに渡す。


 『なっ!』 ディックから驚きの声が上がるが、ソーテルヌ卿は驚いているそぶりは無い。


「ソーテルヌ卿は既に全て知っている様ですね」

「先程、ウチの諜報部より報告を受けました」


 どおりで夜分にアポイントも無しに訪ねてきても、すんなりと面会が通ったはずだ。

 ソーテルヌ卿は私が来るであろう事を既に予想済みだったという事だ。


「単刀直入にお願い致します。 助けてください!」


「それは…… 貴女をですか? それともモンラッシェ共和国をですか?」


「………………」


 私の無言が、ソーテルヌ卿からの質問の答えが、後者だと伝わる。


「貴女をこのシャンポール王国で、匿う事はお約束します。 ですがモンラッシェ共和国を助けに行く事は、許されないでしょう。 貴女の父上もよくわかっていらっしゃるように」


「そこをなんとか!」


 私の必死のお願いに、ソーテルヌ卿が苦い顔をする。


「グラン嬢、私が首を縦に()()()()ことは分かっているでしょう? 私だって行きたいのです。 しかし私達にはシャンポール王国での立場が有る。 貴族としての特権を貰っている。 私が心情で動く事は、陛下だけでなく国民全て、そして同盟国とその住人全てを裏切る行為になる。 だからこそ再三ご忠告申し上げていたのです、同盟軍に加盟してくださいと」


「………………」


「ディケム! そこを何とかならないのか!?」


「ディック…… これは、どうにもならない。 それに勘違いしてはいけない。 我々の今のこの力は王国のバックアップあってこそのものだ。 その王国を裏切る事をお前は良しとするのか?」


「で、でも……  ララ! お前からもなんとかディケムに………」


「ディック、私たちは今まで色々な経験を積ませてもらった。 その中で得た事は、大人の理屈と言われてしまうモノかもしれない。 けど…… そのルール、規範を守らなければもっと大きな物、多くの大切な命を失いかねない。 冷たいと言われるかもしれない…… けれど沢山の死を目の当たりにして、子供の時の様に全ての人を助けるなんて、世の中そんな甘く無い事を私は知ったわ」


「ララ……」


 グランも何も言えない。

 言えるはずもなかった、彼らはこうなる事を見越して、再三の忠告をしてくれていたのだから。

 その忠告を無視してきたのはモンラッシェ共和国の方なのだから。

 今更助けてくれなど、通用するはずもない。


「だったら俺が行く! おれは爵位を持っていない。 だからシャンポール王国の貴族じゃない。 言わばソーテルヌ総隊の契約義勇兵みたいなものだ」


「それも許されないぞ! ディック!」


「なんでだ!? 俺は貴族じゃ無い! 貴族の義務は適応されないだろ?」


「だがお前は我が総隊の近衛隊員だ! シャンポール王国から給料をもらい、それなりの待遇を受けているだろう?」


「………………」


 ソーテルヌ卿がそう言うと、ディックはソーテルヌ総隊の徽章を外して机に置いた。

 その手が震えていた事を私は見逃さない。


「これでいいだろ?」


「ディック、それで良いのか?」


「ディケム。 お前達は沢山の人々を助けられる力がある。だから()()に居るのが正しいと思う。 だけど正しい事ばかりでは助けられない人達、命が有る。 俺達『サンソー村冒険パーティー』の中に、一人くらいその人達のために動く奴が居てもいいだろ?」


 『サンソー村冒険パーティー』の言葉に、あのソーテルヌ卿が動揺する。

 しかし、すぐに冷静に戻る。


「ディック…… お前死ぬかもしれないぞ! それにグラン嬢とモンラッシェに戻れば、彼女の父親ジュリュック大統領からも恨まれるぞ! 大統領の望みはグラン嬢には安全なシャンポール王国に居てほしい、それが娘を思う親心だろ?」


「私はモンラッシェに戻ります。 国民皆が危険に晒されているのに、大統領の娘の私だけが安全なこの国に避難するなど許されるはずが無い。 ジョルジュ王国のルーミエ王子もそうしたでは有りませんか」


「グラン嬢………」



 その会合はこれ以上の進展はなかった。

 ソーテルヌ卿には彼の立場、そして私にも譲れない立場というものが有る。




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