第一章22 制約と契約2
ラローズの目線になります
飛ぶ鳥跡を濁さず――
私はもう帰ってこられなくても後悔が無いよう、ラスと心ゆくまでじっくり話し合った。
冒険者時代からの仲間、ドーサック、ビーズ、ネィラック、ギローとも一人ひとり挨拶をした。 でもそれらは決してお別れの挨拶ではない。 別に私は死にに行くわけではないのだ...... 例え死と隣り合わせの賭けだったとしても。
王国騎士団の皆とも挨拶を交わした。 そしてこの一年共に修行に励んだディック、ギーズ、ララ、ラモットとも挨拶を交わした………。
――これで思い残すことはない。
「もう、思い残す事は無いな?」
ウンディーネ様の最後の問いかけに………『はい』とこたえる。
ディケム君とウンディーネ様の後について行く………
後ろを振り返れば、逃げ出してラスの胸に逃げ込みたくなる。
私は強くなんかない………
――死が怖くてたまらない………
―――泣いて逃げ出したい………
――――嫌だ!死にたくない!ラス助けて――――!
――違う!!! 私は唇を血が出るほど噛み締める。
私は死ぬために行くのではない、人族を、大好きなラスを守るために行くの!
「耐えよったか…… 合格じゃ! 試して悪かったの」
ウンディーネ様から試されたことを告げられる。
精神魔法をかけられていたようだ、でもあれは私の本心だった……。
ウンディーネ様には、私の本心を見透かされているのだろう。
うっそうとした森の中を、私はディケム君とウンディーネ様について一時間ほど歩いた。 かなり森の奥深くまで来たようで、もう辺りに森に入った頃の面影はなかった。
ここは、巨木が何本も生えていて、まるで巨人の森に迷い込んだようだった。
そうして歩いていると森が突如開けた。 そこは木が生えていない円形の広場になっていて、ウンディーネ様いわく、木がマナのために空けた場所なのだとか。
薄暗い森の中で、唯一日の当たるその場所は、とても幻想的な場所だった。
そこでウンディーネ様が、これから行う儀式について、他言できないよう制約を行うと言ってきた。
私に異論もないし、拒否権も無いだろう。
その制約の内容に、ディケム君に敵対しないというものがあったのだけど別に構わなかった。 どんな事がこれからあろうとも、彼らには返せないくらいの恩があるのだ。 裏切るわけがない。
契約しなくても、元からそのつもり。
制約の契約が終わる。
そしていよいよ本番。私の全てをかけて挑まなければ!
「それではこれより、契約の儀を行う!!」
「――あの、ウンディーネ様」
「なんじゃ、今さら怖気づいたか?」
「いえ、ウンディーネ様とディケム君にお願いが!」
「なんじゃ?」
「もし私が儀式に失敗し、戻れなくなったら、人族と……ラスをお願いします」
「………………………」
「フン、嫌じゃ! 全力で契約に挑み、成功させて自分でラスを守って見せろ!」
「――ハ、ハイ! 申し訳ありません! 緊張のあまり弱気になってしまいました」
「では始めるぞ!」
ウンディーネ様の宣言で、儀式が始まる―――
「ラローズ、ウォーターエレメントを呼び出せ!」
「ディケムは八個の水球を展開! ウォーターエレメントが来たら、このマナの広場いっぱいに水の結界を張れ!」
「「――ハイ!」」
私はウォーターエレメントを呼び出した。
そして、私がウォーターエレメントを呼び出したのを合図に、ディケム君は水球を起点とした広場いっぱいの結界を張った。
「ラローズはウォーターエレメントに集中!」
「ディケム、【大いなるマナ】とのラインを繋げ二〇%開き、結界内にマナを満たせ!」
―――っえ! ………なに?!
【大いなるマナ】ってなに? ラインを繋ぐってなに?!
それは信じられない光景だった…… ディケム君からマナの光が結界内に流れ出す。
結界に囲まれた広場の地面は、マナを吸収し、光り輝き、草花が勢いづく!
結界内の空中にもマナが満たされていくのが分かった。
空気中が黄金色にキラキラ輝いている。
―――っな! ……なにが起こっているの?!
呼び出したウォーターエレメントが、いつもよりどんどん鮮明に色鮮やかに顕現しだす。
「ラローズ、余計なことを考えるな! 集中しろ! このまま【契約の儀】に移行する! そろそろウォーターエレメントと対話出来るはずじゃ、命がけで口説け!」
―――っえ!? 話す?
今までウォーターエレメントが言葉を話せた事は無い、だけど………
「ウォーターエレメント様、私に力を貸してください!」
「ん? ラローズは何で力が欲しいの?」
――ウォーターエレメントが喋った! このマナで満たされた結界内だからなのね!
「私は愛する人たちを助けたいのです。その為にはあなたの力が必要なのです」
「君は、僕だけを愛してくれれば良いよ~」
精霊は人と同じ感情があると思ってはいけない、精霊はピュアで好奇心旺盛で………そして残酷だ。
「魔族が攻めてくれば、私も生きてはいられません」
「死んだあとは、どんな命も一回マナに帰るから、心配しなくても君が死んだら、僕が君だけを拾い上げてあげるよ~」
やはり、精霊には人族の滅亡など些細な事、そして私の命すらどこにでもある玩具と同じ価値。
「全てが消えた後、私だけが生き返っても、それは私ではありません! 愛する全ての人との思い出、しがらみで構成されているのがラローズなのです!」
「僕は新しい君でも構わないよ~、僕たち精霊は人の性格なんてどうでも良いんだよ、マナの色さえ同じならね」
「あ…あの……、で…でも………、それでも―――」
「――人のしがらみなんて死んじゃえば関係なくなるよ! 生まれ変わったら新しい人生歩まないと。 ラローズだって前世の記憶や感情なんて覚えてないでしょ?」
「………………………」
「う~ん、君は居心地が良くて好きだったけど…… 契約するのは僕も少し怖いんだよね。 ゴメンネ」
「そ、そんな………」
やはり私し如きでは精霊様と契約はムリだった!
ラス…… ゴメンね。 わたしやっぱりダメだった………
「コラ! そこの下級エレメント! なにゴチャゴチャ言ってくれちゃってるのかの?」
…………へ? ウンディーネ様?
「妾がきさまごときに時間を割いているのに、まさか断ろうなど言うまいな~! グダグダ言うようなら、妾がきさまを滅してやろうぞ!」
「ヒッ―――! こっ、これはウンディーネ様! 失礼致しました、少し悪ふざけが過ぎたようです。 すぐに契約します! デス! ハイ!!」
え―――! 何この展開? 最後は強制契約じゃない…… アワワ
「ではラローズよ! 早くしないと滅せられそうで怖いから、とっとと契約するぞ!」
「はいぃぃぃ――!」
私はウンディーネ様から教えられていた、契約魔術の詠唱を行う!
“ウォーターエレメントに告げる!
我に従え! 汝の身は我の下に、汝の魂は我が魂に!
マナの寄る辺に従い、我の意、我の理に従うのならこの誓い、汝が魂に預けよう———!”
≪――συμβόλαιο(契約)――≫
私のマナを優しい清流が包み込む感覚がした。
『ラローズ、其方との契約を認めよう!』
ウォーターエレメントの返答が聞こえた瞬間、私の中に力強い結びつきを感じた。
精霊と私のマナが繋がり、契約が成立した。
とうとうやった……… ずっと追い続けていた精霊様との契約を果たした!
緊張からの解放で、私は一気に力が抜けしゃがみ込む。
そして私の回りをポワポワ浮いているウォーターエレメントを眺めながら、ホット息をついた。
「ウンディーネ様、ディケム君、ありがとうございました」
「ウム」 「お疲れさまでした」
そこでふと思い浮かんだ案を口に出す。
「あのウンディーネ様、このやり方なら他の精霊使いも精霊様と契約出来るのでは無いでしょうか?」
「馬鹿者!オヌシも自覚したであろう、今回の契約、ディケムまで使ってお膳立てしたのにオヌシは失敗した!」
「ハイ…… すみませんでした」
「今回のような力業は邪道じゃ! もしあれでウォーターエレメントが従わなかった場合、妾はどちらかを滅さなければならなかった。 なぜ妾が同族を殺してオヌシを助けなければならぬ!」
「……そうでした、思慮が足りませんでした」
「それとじゃ、上位精霊の妾が、なぜディケムと契約したのかわかったじゃろ?」
「はい、大いなるマナと繋がる…… 今でも信じられない光景でした」
「あれは極秘中の極秘じゃ! だから制約で縛った! あれはまだ人族が知るには早すぎる。 もし他種族も含め権力者に知られれば、ディケムが危険なことになる。 今回はオヌシを成功させるために特別に使ったがな……」
………あれは精霊様の存在よりも、もっと大きな力だった。
ディケム君の真価は、上位精霊様と契約したことではなかった、【大いなるマナ】と繋がったことなんだ―――!
「もし使わなければ、お前たちはウォーターエレメントと話すこともできず、確実に失敗する! だから、このような力業は金輪際行わぬ! 今回はディケムに感謝するのだな」
「――はい! 大変お世話になりました」
「ではこれで終いじゃ、帰って泣き虫のフィアンセを安心させてやれ!」
「――はい!!!」
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