第五章3-29 幕間 蒼竜刀の鞘 その四
ギーズ視点になります。
ギーズが鍛造工房へ赴いた日から数日後、ソーテルヌ公爵邸の衛兵から、ギーズに取り次いでほしいと言う女性が来ていると連絡が入る。
その日はたまたま、ディケムが総隊の主だったメンバーと知人を集め、『神木』横のテラスでお茶会を開いていた。
その中には、シャンポール陛下の御息女、フュエ殿下も居るのはご愛敬だ。
フュエ殿下はいつの間にかララとルルの姉妹と仲良くなっている。
「ギーズ…… 女性が尋ねてくるってどう言う事なの?」
「マ、マディラ! いや分からない…… あぁッ! もしかして!!」
ギーズの心当たりにマディラの怒りが沸騰する!
そこに衛兵に囲まれてレジーナが連れて来られる。
「あっ! ギーズ様! よかった、知らない人ばかりで怖かったのです!」
お茶会に集まっている人たちは興味津々だ、マディラだけは除いて……
ギーズがレジーナに駆け寄り、その後をマディラが追う。
レジーナは、その場の雰囲気などどうでも良く、ギーズに研究の成果を少しでも早く見せようとするが……
ギーズが少し待ってとレジーナを止める。
「レジーナ! 研究に没頭するあまり、君の一番の目的を忘れていないか?」
「え……? あの…… 蒼竜刀の鞘の研究では―――………」
「違うだろレジーナ。 だが君はよほど運が良いらしい、いやこれは出会うべくして出会ったのかもしれないよ」
「え…… あの…… それはどう言う事でしょうか?」
「レジーナ! あそこに居るのが、君がどうしても会いたかったソーテルヌ公爵だ」
「えっ!」
突然の事でレジーナの頭は真っ白になる。
「しかもここには王族のフュエ殿下、そして君たちが言う所の四門守護者が四人共揃っている。 その他にも総隊の各部署の責任者が集まるお茶会に君はちょうど訪ねて来た! これはチャンスだと思わないか?」
「えぇっ! でも…… そんな大事な集まりに私なんかがお邪魔してしまったら……」
「レジーナ! 自信を持ちなさい! 僕は君の家族の鍛造技術を素晴らしいと思ったんだ、 それを此処に居る皆に紹介するだけで良い。 大丈夫、この集まりは軍事的会議ではない、総隊の人たちが交流を持つ場、只のお茶会だ。 自分の部署の研究を気軽に皆に聞いてもらい相談する場でもある。 君を紹介するには最適な会なんだ」
「あ、あの…… がんばります」
レジーナが決心を固めた所で、ギーズが彼女を紹介する。
「みな! 聞いてほしい。 ソーテルヌ閣下とラトゥール様には話していたのだけど、彼女はレジーナ・シャレルと言います。 彼女の家は鍛冶工房を営んでいる。 みな知っての通り僕は今『蒼竜刀の鞘』の件で苦労している。 そしてこの『鞘』を依頼したのが彼女の工房になります」
『ほぉ……』とみなレジーナに興味を示す。
ただの鍛冶工房ならばいくらでもある。
だが、アーティファクトの刀に耐えられる鞘が作れる鍛冶師が本当に居るのか?
無理な場合はソーテルヌ閣下が作るのだろうと、半ば達成不可能な案件として見ていたのだが……
だがソーテルヌ閣下がギーズに、さらなる要望(無理難題)を出したのだ。
ソーテルヌ総隊の技術と、伝統技術のケミストリー(化学反応)で新しい物を作り出したいと。
そしてギーズが連れてきたのが、このレジーナだ。
総隊の皆が興味を示すのは当然だ。
皆が注目する中、レジーナが震える手で一枚の板を取り出す。
「しっ…… 試作した素材になります! まだ力も弱く不安定で、作るのに時間が非常にかかるのであくまで試作なのですが…… 一応この板に風の属性を持たせることが出来ました」
レジーナが皆に見せた板は、微かに風を纏っている。
それを見たラス・カーズ将軍が異常に反応する!
「なっ! ソーテルヌ閣下! それが可能になれば今は閣下しか実現できない、剣に魔法を纏わせる事が可能なのではないですか?」
ディケムが笑いながら頷く。
「私は現在オリハルコンの武器を作ることが出来る。 しかしそれはアウラを顕現している時にのみ可能となる。 だが、この王都の精霊結界と、町を守るクリスタルゴーレムは、精霊顕現を解いても在り続けている。 それは精霊結晶を使っているからだ。 結界は維持する為に王都に精霊結晶で出来た像を配置している。 クリスタルゴーレムはゴーレムの格に精霊結晶を埋め込んでいる。 そして私が作っている装備にも精霊結晶を金属糸に練り込むことで属性を付与した装備として作っている。 だが、私一人で全部作る事は現実的ではない。そこで今回の件になる」
皆がその重大さに息を呑む。
総隊の皆が持つ武器が、魔法を宿すことが出来たのなら、それは恐ろしいほどの戦力強化になるだろう。
「ソーテルヌ閣下! 一つ良いでしょうか?」
「ラローズ先生、どうぞ」
「もしこの武器が作れるようになれば、そのうちマナの訓練を受けていれば、下級騎士でも魔法の武器が使われる様になるでしょう。 その場合、所持騎士の死亡等による武器の流出の危険性は無いのでしょうか?」
その言葉を聞き、ディケムが『パチンッ!』と指を鳴らす。
すると、レジーナが持っている風を纏っている板から、風が消える。
『えッ!』 レジーナが目を見張る。
この精霊結晶は私が作ったものだ、結晶から力を抜く事など容易い。
そしてまた『パチンッ!』と指を鳴らすと、板が風を纏う。
それだけで皆、納得する。
「レジーナ! よくやってくれた。 まだ実践に使えるほどではないが、このまま研究を続けてくれ」
「あっ! あの……公爵様! もう少しだけお時間を頂けないでしょうか!?」
レジーナが精いっぱいの勇気を振り絞り、震える声で懇願する。
「もちろんだ」
「ありがとうございます。 もう一つ私達は工夫致しました。 私達鍛造師の刀の作り方は、柔らかい素材を固い素材で包み二重構造にして鍛造することにより、弾力のあるよく切れる丈夫な刀を作ります。 その構造がこの精霊結晶武器に適しているのではないかと具申いたします!」
そう言い、レジーナが風を纏う板に少しだけ開いている穴に、他の精霊結晶をはめ込むと。
板から勢いよく炎が噴き上がる!
『こ、これは!!!』 皆が息を呑む!
「風属性を纏った武器に、火属性の結晶をはめ込むと、二つの属性を纏わすことが出来ました、そして属性同士が相乗効果で威力を増しています。 これを色々な属性で組み合わせることが出来れば――……」
「想像以上だレジーナ! その研究、総隊の隊員となり、すぐにでも拠点を此処に移し研究してくれないか?!」
予想以上の成果に、ディケムが唸る!
「は、はい! よろしくお願いします!!!」
レジーナはディケムに期待以上の成果を示し、このチャンスをモノにした。
そしてソーテルヌ総隊の軍装研究部隊に鍛造課が新設される事になった。




