第五章3-8 西方の勇者
コーダ視点になります。
ヴージュ村のオーガ襲撃事件から数カ月が経つ。
フリウリと契約をしたコーダは、各村を転々とし旅をしていた。
コーダはヴージュ村でオーガを倒した後、村では英雄扱いをされた。
しかし、隣村にもオーガが襲撃してきたと噂が流れてきて、村人の期待の後押しでオーガ退治の旅に出る。
そして、各地で騒ぎが起きているオーガ出没情報が耳に入ると、次の討伐の旅に出ていた。
コーダも最初は不本意な討伐の旅だった。
村人の期待に逆らえず、人々の依頼に流されて……
オーガを討伐しては次の村、またオーガを討伐してはまた次と旅をしていた。
しかし……
オーガを倒せば、恩賞金も稼げる。
そして村を救えば、新たな勇者としてコーダの名前が広まる。
それまで村の人々は、誰もコーダに興味を示さなかった。
友人とも馴染めず、コーダが望んだとしても誰も相手にしてくれなかった。
それが今では、みなから勇者様と崇められ、何もしなくてもみなコーダの周りに人々が集まってくる。
そしていつしかコーダの名はジョルジュ王国の西方に突如誕生した勇者。
【西方の勇者】として人々に知れ渡る。
人は特別な力を手に入れれば、それを使わなければ居られなくなる。
それはまるで麻薬のようなもの。
そして…… 優越感と名誉欲と云う媚薬も相まって抜け出せない泥沼へと変わっていく。
「以前の僕とは比べ物にならない。 みな僕の事を待っている! 知っている! 僕は勇者なんだ!!」
いつしか、コーダは今の生活に没頭し、のめりこんでいった。
その日もコーダは勇者として戦う。
「西方の勇者コーダだ! 助けに来たぞ! オーガは俺に任せろ――!!!」
「あぁぁぁぁぁ! 勇者様助けてください!」
「西方の勇者! 私の家族を!」
「勇者様! オーガがこっちに――!」
村人はコーダに取り縋り懇願する。
そして村人に必要とされることがコーダの悦楽となる。
その声に応え、コーダは必要以上に派手に精霊魔法を行使する。
危なげなくオーガの群れを殲滅したコーダ……
だがいつに無く、今日のコーダは額に汗をかいていた。
そんなコーダを見て、フリウリは危機感を覚えていた。
精霊が人と契約するときはとても慎重になる。
だが、何もせず存在しているだけでは、精霊も霊格が上がらない。
精霊が霊格を上げて、さらに上位の存在になる方法の一つに、人と契約すると云う方法がある。
人と契約し、共に経験を積み、契約した人が死んだとき―― 精霊もマナに帰る。
精霊は不滅、マナへ帰った精霊は、また精霊として生まれ変わる。
その時、前世での経験値を元に精霊の霊格はさらに上の存在へと昇格する。
しかし人との契約は諸刃の剣…… もしその契約した人間が失敗すれば、精霊の霊格も下がってしまう。
その成功と失敗を途方もない回数と年月を繰り返し、精霊は一つ上の存在へと昇格できる。
サラマンダーを無理矢理イフリートへ昇格させたディケムは、あり得ない事をしてしまったのだ。
中級精霊のフリウリは、下級精霊から見れば、神にも等しい存在。
そんなフリウリは今までどれほどの人の人生を見て来たのか……
普通ならば、その中級精霊のフリウリが、コーダのような不安定な人間と契約する事は無かっただろう…… 失敗するリスクが大きいからだ。
しかし、今のフリウリには、霊格が下がるとか精霊としての一番大切な事すらどうでも良かった。
ただ…… コーダを愛してしまった。
『この人を死なせたくない!』それだけが、フリウリの願いだった。
フリウリは、コーダがうんざりするほど何度も注意する。
「コーダ! 精霊は宿り主からマナを吸い上げ、力を使うの! 力を使い過ぎてマナが枯渇すれば宿り主は死ぬ。 中級精霊の私の力は人間には大きすぎるの! 下級精霊より強いけど、逆を言えば消費されるマナは比べ物にならないくらい大きいの。 今日の戦いも精霊魔法を使わなくても勝てた場面があったわ、本当に注意してほしいの!」
フリウリが注意する通り、精霊魔法を使わなくても良い場面で、見ている村人の驚く顔が見たい。
それだけの為にコーダは精霊魔法を使っていた。
「フリウリ…… 分かっているって。 次は気を付けるから、今日は疲れているから寝かせてくれよ」
「コーダ………」
コーダは再三忠告されるフリウリの言葉にウンザリしていたが………
その言葉を心に留めていない訳では無い。
愛するフリウリが自分の為を思って言ってくれている言葉だ。
『フリウリ…… だけど、目の前に困っている人が居れば、助けなければ僕じゃなくなる。 死を恐れるばかりでは、信念は貫けない』
コーダの原動力はとてもシンプルだ『困っている人を助けたい!』。
力を手に入れて暴走はしているが、その心根は純粋なまま。
だからこそ、フリウリもコーダを愛してしまったと言える。
そんなある日、突如オーガ大部隊の侵攻が始まる。
今までの五匹程度のオーガの侵略は、ただの偵察部隊。
しかし今回の侵攻は優にオーガ一〇〇匹を超えている。
コーダは高台に立ち、オーガ軍を見渡す。
「コーダ、この数は絶対に無理、逃げなさい!」
フリウリはコーダにそう進言しコーダもそれに頷いたが……
周辺村の人々がコーダを見つけて期待と羨望でコーダの撤退を許してくれない。
⦅目の前に困っている人が居れば、助けなければ僕じゃなくなる……⦆
「しかしフリウリ…… このままじゃ村人が! 今の僕達ならばできるんじゃないか? 今の僕ならば、あのソーテルヌ卿にだって………」
「ダメ! コーダ! あまり自惚れないで! 私たちには無理! 敵の力と自分の力を見誤らないで!」
「そんな…… 僕達ならきっと…… で、でも僕たちがやらなきゃ村人も―――」
「コーダ! 勇敢と無謀をはき違えてはいけない! 撤退する事は悪ではないの! 勝てないと分かっていて挑むのは勇者では無くただの愚か者です!!!」
村人の期待とフリウリの叱咤、
コーダが追い詰められていた時……… 運命は交差する。
眼前に広がるオーガの群れ!
そのオーガの群れが突然巨大な竜巻に呑み込まれる!!
「っな! こ、これは……」
コーダは竜巻の規模の大きさに息を呑み、何が起きているのかフリウリに聞きたかったが…… 隣で震えるフリウリを見る。
そしてオーガを飲み込んだ巨大な竜巻は、ただの竜巻では無かった。
中に無数のイナゴが飛んでいるのが見える。
「こ、これは…… アバドン? ま、まさか颶風の魔王…… 青の王ギーズ様か?」
コーダは憧れていた四門守護者を一目見たくて、その姿を探す。
しかし、見渡す限りではその姿を視認する事は出来ない。
「コーダ…… あそこ……」
その時フリウリは震えながら信じられない者を見たように目を見開き、コーダに告げる。
コーダはフリウリが示した上空に人影を見つける。
「フリウリ、凄いぞ! ホラァ 間違いない! 颶風の魔王が援軍に来てくれたんだ!」
コーダがギーズを見つけた時、巨大な竜巻が収束していく。
そしてその後には、アバドンにより死体さえ残さずオーガは消滅していた。




