第五章2-13 盾と矛
ラトゥール視点になります。
覚醒したラトゥールを見て、本能のまま怯えて逃げ出したシュガールを、ラトゥールが稲妻の鎖で縛る。
「フン! 逃がす訳が無かろう」
雷嵐竜たるシュガールが、ただの『稲妻の鎖』から逃れることが出来ない。
もがき逃れようとするシュガールに、ラトゥールは落雷を落とし、静かにさせる。
「シュガール! 我をよく見ろ! マナを感じろ! お前の元の主人バアルは私の中にいる!」
ラトゥールからシュガールへ『稲妻の鎖』を通して膨大な稲妻を模したマナが流れ込む。
「バ…… バアル様………?」
元主人の懐かしいマナを感じ、シュガールは徐々に自我を取り戻し、我にかえる。
その時、ラトゥールが纏う雷が形を模し、バアルへと変わる。
「あ…… あぁぁぁぁ……… バアル様」
「シュガール。 お前とのここでの暮らしは楽しかったのぅ。 永遠にこのままお前と暮らしたかったのだが……… すまない。 ワシは主人を得ることに決めた」
『グゥアオォォォォ~~ン………』 シュガールが悲しそうに呻く。
「シュガールよ。 すまないが…… お前もワシの我がままに付き合ってくれまいか? お前も一緒に来てくれると嬉しいのだがのぅ………」
「バアル様………」
バアルの我がままを聞いたシュガールが、嬉しそうに微笑んでいるように見える。
「さぁ雷嵐竜シュガールよ! 私に従属しろ!!!」
ラトゥールがシュガールに叫ぶ―――!
「魔神よ。 バアル様がお前の中に居るのなら…… いいだろう。 その従属の鎖、受け入れようではないか!!!」
ラトゥールが『従属』の契約魔法と『召喚獣』の契約魔法をシュガールへと展開する!
⋘―――――αλυσίδα(鎖)―――――⋙
⋘―――――πρόσκληση(召喚)―――――⋙
シュガールはラトゥールの契約魔術を受け入れる、そして叫ぶ!
「我が名は雷嵐竜シュガール! 契約に従い魔神ラトゥールの従属を受け入れよう!」
此度の『雷と破壊の上位精霊バアル』戦――
ラトゥールの一番の目的はディケムが『精霊バアル』を手に入れる事。
そしてラトゥールがディケムとマナラインで繋がる事だった。
ラトゥールに焦りがあったことも確か。
あまりにも不確定要素が多いこの無謀な戦いに、ラトゥールは賭けた!
成功する確率など分からなかった………
いや、確率などゼロにも等しかったかもしれない。
だが、その無謀な賭けにラトゥールは勝った。
ディケムとの『マナライン』!
『雷と破壊の上位精霊バアル』と『雷嵐竜シュガール』!
そして…… 予想だにしなかった『ウンディーネ』とも繋がることに成功した。
この日ラトゥールは名実共にディケムの盾と矛になった。
ラトゥールがディケムの前に傅く。
「ディケム様。 ご心配おかけいたしました」
「ラトゥール……… もうこの様な危ないことは―――」
「ッ―――嫌です!!!」
ディケムの言葉に、初めてラトゥールが口答えする。
「もう私はディケム様においていかれるのは耐えられないのです!!! エルフ戦の時! ファフニール戦の時……… 来いと言って欲しかった」
「ラ…… ラトゥール」
「あなたがもし神にすら挑むと言うのならば……… その時に隣に居られないことは耐えられないのです! あなたが死を覚悟の戦いに挑まれるのならば―――! お願いです! 一番に私に死んでこいと命じてください」
「ラトゥール………」
駆け寄るムートンもマルゴーも、これ程まで取り乱したラトゥールを見たのは初めてだった。
「ラトゥール姉様………」
「ラトゥール………」
泣きじゃくるラトゥールが、ディケムの胸の中で泣いているままだが………
ムートンとマルゴーがディケムに挨拶をする。
「ディケム・ソーテルヌ様。 魔神帝国ボー・カステル皇帝将軍、五将が一人、ムートンと申します。 そして……… ラフィット兄様…… お久しぶりでございます。妹のムートンでございます」
「同じく魔神帝国ボー・カステル皇帝将軍、五将が一人、マルゴーです。 そして…… わが師ラフィット様。 私はラトゥールと共にラフィット様の元、師事を仰いでおりました」
「ムートンさん…… マルゴーさん…… 申し訳ない。 私はまだ、前世の記憶を全て取り戻せるほどの器に成長していない」
「はい。 お察しいたします。 ですが…… 今後お見知りおきくだされば幸いです」
「はい」
前世のディケムと深いかかわりがある二人。
だが、今のディケムは、まだこの二人の記憶を取り戻せるほど器が成長していない。
ディケムの胸で泣きじゃくるラトゥールも相まって、皆で微妙な空気の挨拶になってしまった。
ディケムは、ラトゥールの頭をポンポンと叩いて、マルゴーとムートンと苦笑いをする。
そのあとラトゥールが落ち着いたところで、ディケムは人目につかない様に転移して人族領に帰っていった。
カステル皇帝も周知の転移だったが、正規のルートで入国した訳でないディケムは、人目については面倒な事になる。
いくら同盟国とはいえ、手続きもせず転移で自由に他族が入国しては、国としての威信にかかわってくる。
ラトゥールは名残惜しそうにディケムに別れを告げ、マルゴー、ムートンと共に帝都ミストラルへの帰路につく。
あれほど苦労した霊峰カタトゥンボも、『バアル』と『シュガール』を手に入れたラトゥールには既に自分の支配領域。
帯電する空気や、絶えず降り注ぐ落雷も、魔力の回復ポーションのようなもの。
その雷で回復するラトゥールを見て、マルゴーが呟く。
「ラトゥール…… 既に魔神離れと言うか…… もう人外の存在になっているな」
「お姉様! その強さにして、お兄様に縋りつく可愛らしさ! ギャップがたまりませんわ!」
「ムートン………」
「う…… うるさい! ディケム様は特別なのだ!!!」
いつもは皆の前で、強い女を演じているラトゥールだが………
愛するディケムに甘える姿を二人に見られ、真っ赤な顔をして頬を膨らませていた。




