第五章2-3 魔神族領・帝都ミストラル
ラトゥール視点になります。
魔神族領への帰郷の日。
私とエリゼは皆に見送られて、ディケム様の転移陣に乗る。
エリゼは、この度の任務の重要性もあり、ヴィニコルと同じミスリル糸で作った七属性の貴族服をディケム様から与えられていた。
転移の魔法陣が強く光り発動する。
目の前の空間がゆらりと揺らめき光に包まれる。
ほんの数秒真っ白な光に包まれ、光が薄らいで視界が回復しだすと———
私達は魔神族領との国境門の前に立っている。
転移の魔法は、超高等魔術のハイエンシェントだ。
私も伝説の中の魔法として、知識としては持ってはいたが……
大量のマナも消費する為、今まで使えた者を見たことが無かった。
しかし、ディケム様は事も無げに転移魔法を使われる。
エリゼも初めての転移に、目を見張っている。
このかたをさらなる高みに……
そしてその隣に並びたてる力を手に入れる―――
改めて私は今回の旅の目的を胸に、自分を奮い立たせる。
国境門には―――
私が魔神族領に残し、魔神族領での仕事を任せて置いてきた副官の『ジャコモ(男)』とラトゥール部隊の騎士達が出迎えにきていた。
「ラトゥール様! おかえりなさいませ」
「あぁ。 出迎えご苦労」
「ソーテルヌ様…… いえ、ラフィット様。 お久しぶりでございます」
「申し訳ない、ジャコモ卿。 私は魔神族だった時の記憶が…… 今の私は人族のソーテルヌ・ディケム。 あなた達の知るラフィットでは無い。 ですがせっかく結べた縁、これからもよしなにお願いいたします
「はい、承知しております。 本当はラフィット様には魔人族に帰ってきていただきたい……… しかしその叶わぬ願いが苦々しく思います」
ここで―――
名残惜しいがディケム様とは別れ、魔神帝国領へ向かう。
久しぶりの魔神族帝国領の帝都の街並み。
迎えの馬車の中から見慣れていた風景を眺める。
魔神族領―― 帝都【ミストラル】
帝都ミストラルは、この魔神族領の中心にして政治・経済の中心。
ボー・カステル皇帝が住まう城を中心に作られた都市。
帝都は活気に満ち、多くの魔神達が行き交っている。
魔人族領の街並みは、基本石造りになる。
木を中心としている人族の街並みよりも堅牢で荘厳な城塞都市と言った感じだ。
石で作られた建物は、至る所に繊細な彫刻が施され、その歴史を感じさせる。
そして、その歴史的価値を持つ彫刻・建造物の数々が、この魔神族の首都が歴史上一度も侵略を許さず、破壊を許さなかった事を証明している。
魔神族が最強の種族の一角であることを物語っているのだ。
ラトゥールは、この見慣れたはずの帝都の風景を、懐かしく眺める。
私はこの地で生まれ、戦いの中で育った。
私は魔神帝国の上級貴族に生まれたが……
権力や派閥など一切興味が無かった。
ただひたすら強くなりたい、誰よりも強くありたい――
それだけがラトゥールの生きる意味。
そして…… 私は生まれながらに誰よりも強かった。
だがそれは…… 誰よりも強いと言う事は………
純粋な強さを求めるラトゥールには、それ以上の強さを知る事ができない絶望でしかなかった。
この世に絶望し、生きる事に希望を持てなくなっていた時に、ラトゥールはラフィットに出会う。
生まれてはじめて、完膚なきまでに負けた。
例えラトゥールが一〇人いても一〇〇人いても勝てない―――
それほどまでに圧倒的な差を見せつけられた。
それからラフィットはラトゥールの生きる意味になった。
ラフィットはラトゥールに色々な事を教えてくれた。
それはラトゥールが今まで見てきた風景に彩りを与えてくれた。
ラフィットと出会う前は、自分よりも弱いくせに、プライドだけは高く、魔神族だと威張り散らすこの種族すら蔑み、憎んでいた。
だがラフィットは、ラトゥールが蔑んで来た魔神族の素晴らしさも教えてくれた。
そしていつしかラトゥールは、己が魔神族である事に誇りを持てるようになっていた。
そして――― 次は人族のディケムと出会う。
やっと自分の種族に誇りを持てるようになってきた時に……
種族など下らないただの器でしか無い事を思い知らされる。
⦅………………………⦆
あの方は私の概念を、ことごとく壊してしまう。
自分がくよくよ悩んでいる事がバカらしくなるほど、簡単にその垣根を超えてしまう。
ラトゥールは、あらためて見慣れていたはずの『帝都ミストラル』の街並みを見て思う。
たった一年前は……
私はここにいる事が当たり前だった。
「まさか…… 私が魔人族領を出て人族領で暮らす事になるとはな……」
つい思っていた事が声に出てしまったが……
その呟きに、エリゼが賛同する。
「私も…… まさかエルフ領を出て人族領で暮らし…… 叶う事など無いと思っていた私の夢、魔神族領の土を踏めるとは」
「エリゼ…… そうだな。 そしてこれからディケム様は何を我々に見せてくれるのだろうな」
「はい」
エリゼも色々な経緯は有ったが……
今はディケム様の元、私の下で真摯に励んでいる。
エリゼ自身も、ディケム様の下では驚きの日々のようだ。
今では自分の意志で、このまま人族領に留まりたいと思っているようだ。
街並みを眺めながら、エリゼと話していると――
馬車は、ボー・カステル皇帝が住まう居城に到着する。
堅牢な城門が開かれると――
居城に向かうエントランスの道の両脇には、数多くの騎士たちが、ラトゥールの出迎えにずらりと並んでいる。
ラトゥールが馬車から降りると、騎士達は一糸乱れぬ動きで一斉に敬礼をする。
帝国では五将の一人、ラトゥールの権力は絶対!
両脇に整然と並ぶ騎士たちの中を、ラトゥールは眉一つ動かさず、当たり前のように進む。




