第五章16 友達1
ナイアード視点になります。
私は、物心ついた時から霊感を持っていた。
夜中にお化けが見えると泣き出して、よく両親を困らせたらしい。
母親は私が三歳の時に、病にかかって亡くなった。
今から思えば、呪われていたのかもしれない。
四歳の時、私のお気に入りは森の奥にある私の秘密の場所、奇蹟の沼。
そこの水は濁っているけれど、その濁りは薬のようなもの、そして何よりも霊的な力がその沼からは溢れ出している。
他の人には見えない、私だけの秘密。
ある日いつものように奇跡の沼に遊びに行くと、とても奇麗な真っ白の狐を見つけた。
狐は傷だらけ、毒も呪いも受けて瀕死の状態だった。
だけれども、狐は知っているようだった、この沼が奇跡の沼だと言う事を。
私は狐を連れて帰り、手当をし、奇跡の沼の水を毎日汲みに行き、狐に飲ませた。
狐は見る見る回復して元気になった。
私はその狐に、大好きな絵本の狐の名前を付けた……【玉藻】と。
絵本は、モンラッシュ共和国に伝わる、九尾の狐のお話。
玉藻は隠しているようだけれど、私には玉藻の尻尾が二本に見える。
玉藻との毎日はとても楽しかった。
姉妹のように毎日一緒に遊び、一緒にお風呂に入り、一緒に寝た。
だけれども、玉藻との楽しい日々は突然終わった……
お父さんが恐ろしい事をしたのだと、幼い私にはわかる。
沢山の人の恨みが、怨念が湖から歩いてくる、お父さんはその怨念に取りつかれ、湖に沈んでいった。
お父さんに恨みを晴らした怨念は、それでも消えなかった。
領民すべてを呪いつくす悪霊となり、私にも襲い掛かってきた。
私は悪霊に襲われ、命を失う寸前玉藻が助けてくれた。
全ての悪霊を道ずれに、湖に沈んでいったのだ。
翌日……… 干乾び変わり果てた父と、きれいな真白のままの玉藻の死体が湖に上がった。
玉藻は私を助け、領民を助け、みなの身代わりとなり死んだのだ。
領民の誰も知らない、気づかない……… だけれども私だけは忘れない!
私は感謝をこめ、玉藻をあの奇跡の沼のほとりに埋めた。
それから一年、私は突然亡くなった父の男爵位を襲爵(受け継ぐ)してアダテ領の領主になっていた。
幼い子供に領主など勤まるはずもなく、全部の仕事を父の側近だった者たちが行ってくれていた………
だが現実は、私を神輿に側近たちは好き放題し、アダテ領は腐敗し破滅の一途をたどっていた。
そこに、妲己なる女性が現れた………
私には尻尾が見える、今は一本しかないけれど、そのうち増えるのだろう。
妲己は、見る見る領内を立て直し、側近の腐敗を一掃し、アダテ領を立て直してくれた。
妲己は、自分が玉藻だと話してくれない……
少し寂しいけど玉藻が話さないのなら私も聞かない。
玉藻は私の一番の親友なのだから、信じている。
妲己のお陰で、アダテ領の運営は驚くほど順当だった。
でも…… なぜか奇病にかかる領民が出てくる。
まさか…… あの時の悪霊が?
そしてとうとう、アダテ湖からあの時の父と同じ、干乾びた水死体が上がる。
水死体が干乾びるなどありえない、あの時の悪霊が蘇ったんだ……
領民の犠牲が出た後、妲己はすぐにアダテ湖を立ち入り禁止にする。
妲己は何も言わないけれど、アダテ湖の水が呪いで汚染されているんだ!
妲己はすぐに領民にあの奇跡の沼、モエレ沼の水を飲むように御触れを出す……
でも、一〇年前の出来事を知らない領民は、話を信じてくれない、暴動まで起きる始末。
妲己は、領民を守るため、憎まれ役を演じた……
強制的にモエレ沼の水しか飲めないようにしたのだ。
領民のかかった呪いは、モエレ沼の水を飲んでいれば、じきに解呪される。
でも、アダテ湖に眠る悪霊をどうにかしないと、問題の解決にはならない。
すると、マルサネ王国より妲己を諫める為に勇者が派遣される!
さすが妲己だ、なぜ領民を助けるために憎まれ役を演じなければならないのか……
ずっと考えていたが、悪霊を退治する勇者を派遣してもらうためだったようだ。
しかし、派遣されてきた勇者ヴォルタは弱かった……
妲己に一蹴され逃げていった。
妲己の様子を見る限りだと、あの勇者では悪霊には勝てないのだろう。
数日後、シャンポール王国の勇者ララが街にやって来たらしい。
私と同じ年の女の子だ、先日勇者ヴォルタが一蹴されたのに、十四歳の女の子では無理だろうと思っていたら……。
妲己が怪我をして、満足げに帰ってきた。
そして…… 勇者ララを領主官邸に呼び、妲己は言った——!
『妖狐が引き金となり、ガシャ髑髏が現れた』と……
『ッ———なぜ?!』 妖狐、妲己は領民を守っているのよ!
何故? 勇者を敵に回すような言い方をするの!?
数日後ガシャ髑髏が復活し、勇者ララが討伐した……
そして妲己は領民の目の前で妖狐の姿に変わり叫ぶ!
「ワレは妖狐! 勇者ララよ、よくも一〇年前間も時間を費やした計画を潰してくれたな! 一〇年前一〇一人の領民を湖に沈め、やっと今ガシャ髑髏が生まれたというのに! 馬鹿な領民をだまし、ワレは手を汚さず計画は順調だったというのに! ワレが直接相手をして、全てを灰にしてやる——!」
⦅ッ——違う! 一〇年前に領民を湖に沈めたのは妲己じゃない! 私のお父さんよ!⦆
私は心で叫んだけど……… 声が出なかった………
勇者ララは驚くほど強かった、妖狐と化した妲己が追い込まれていく……
⦅お願いやめて…… 妲己を…… 玉藻を殺さないで! 玉藻はだれよりも心優しい子なの!⦆
心で叫んでも、その声は勇者には届かない。
⦅ナイアード…… ありがとね…… バイバイ⦆
妖狐が私を見て、少しだけ笑った————
勇者ララの光の矢が、妖狐を目がけ殺到する!
カッ――!!! ズッ——ガガガガガガッ———!!
目が眩む閃光が起きる!
そして勇者ララが、とどめの演唱を魔法陣に向けて行う———
「あぁ—— お願い! やめて……… 玉藻を消滅させないで―――………」
閃光と爆風が収束すると、あとには何も残っていなかった。
勇者ララの奥義は、玉藻の死体すら残さず消滅させてしまった。
妖狐の消滅を見届け、領民が一斉に歓声を上げる!
ガシャ髑髏と妖狐、二体のS級妖怪を滅した勇者ララを人々は称えた!
この偉業をたたえる歓声がいつまでも町中に響き渡った。
妲己の策は、私なんかが考えるよりずっと深い策だった……
勇者を派遣してもらうだけなら、悪霊の事を話し、普通に派遣要請すればいい。
妲己があえて悪役を演じたのは…… 私を守る為!
父の悪行を全て自分がかぶり、勇者に討たれるため!
なぜ? なぜ妲己は…… 玉藻はそこまで私にしてくれるの?
悲しくて……… 申し訳なくて……… 悔しくて……… 涙が止まらない。
妲己を討ち取った勇者を睨み、恨んだが………
本当は妲己を殺したのは私だ、全て知っているのに止めなかった私自身だ———!




