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第一章15 精霊使い


「ウンディーネ様は、魔族の王ガヤが率いる六将が一人 カヴァ将軍をご存じでしょうか?」


「知るわけがなかろう。 我ら精霊は世の勢力争いなど興味は無い。 今の時代の魔族の王も、どうせ二~三百年もすれば、死んでいなくなるワ」


「たしかに永久の時間を生きる精霊様にはどうでもいい事…… 失礼いたしました。 ですが、百年も生きられない人族の我々は、そうもいかないのです」


「確かにそうじゃな」


「いま、王国に攻め込んできている魔族軍は、そのカヴァ将軍なのです」


「だがそのカヴァ将軍と、精霊との契約は何のつながりがあるのじゃ?」


「カヴァ将軍は、魔族のスライム族です」


「なるほど………」


「ん? ウンディーネ、スライム族だけで意味が分かったの?」


「ディケムはまだ勉強が足りんな! スライムは基本、物理攻撃無効じゃ。そして魔族のデーモンスライムは魔法にも高い耐性がある。 しかし、唯一の弱点は、精霊魔法での攻撃」


「なるほど! 勉強になりました」



「滅亡寸前だった我々人族軍は八年前、勇者ラス・カーズを将軍に迎え、バラバラだった人族の国同士で同盟を組み、連合軍を組織して、他種族に起死回生の大攻勢に出ました。 虚を突かれた他種族は敗走、それから七年間人族軍は連戦連勝しました。 これで戦況は五分まで戻せると、王国軍が歓喜していたとき魔族軍カヴァ将軍は現れました」


 ………みな息を呑む。


「一年前、数で圧倒的な有利にあった王国軍が、カヴァ将軍の一部隊のみに大敗したのです。 連合軍はこの一戦で立ち直りが出来ない程の打撃を受けました。 人族が滅亡に一番近いと言われるのは、この時からです」


 人族の連合軍が一部隊に壊滅?! いくら何でもそんな事があり得るのか?


「カヴァ将軍が、他の魔族軍六将より強いのかと言えば、そうではないのです! ただ人族にとってカヴァ将軍が天敵であったという事だけなのです。 カヴァ将軍さえ倒せれば、人族もまだ何とか戦えるのです」


 人族の天敵デーモンスライム。

 人族は戦士が多いい、戦いは物理攻撃が中心になる。

 他の種族は、自然の力を身に宿したり、精霊に庇護されている種族もある。

 他種族にしてみれば、攻撃が通じるカヴァ将軍は魔族軍の中では弱い将軍なのかもしれない。

 しかしそのカヴァ将軍が人族に向かえば、最強の盾を持った最悪の将軍になる。


「それからは…… わずかな希望を求めて、精霊使いの噂があれば、私とラス・カーズは自ら足を運び、調べ、精霊使いならば頭を下げ、軍に協力を願いました。 それでも見つかった精霊使いは王国内でたった六人、その中で一番能力が強いのは私でしたが……、ですがその私でも到底下位の精霊様とすら契約などできません、夢のまた夢です……」


 ラローズさんは涙ぐみ、みな黙り込む………


 今の人族の精霊使いは、マナの強い場所で下位精霊を呼び出し、力を少し借りて、精霊の属性を足して魔法の威力を上げている。


 力を借りているだけなので、多少威力は上がるが………。

 魔法を使うごとに精霊を呼び出さなければならず、毎回精霊は答えてくれるとは限らず、そして『契約』ほどの威力もない。

 こんな使い勝手の悪い事では、常に動く戦場では戦えない、勝てるはずがない。


 だが、俺のように精霊と契約できれば、精霊が契約者のマナと同化し、契約者の全ての攻撃に精霊の属性が上乗せされる。

 常に、どこでも、魔力が続く限り何度でも精霊魔法を使え、威力も格段に違う。

 それが、下位精霊ではなく上位精霊だった場合、その威力は計り知れない。


 しかし、ウンディーネが何度も俺に説明した通り。

 精霊が契約するとは、その契約者のマナと同化する。

 だから契約者が死ねば精霊も消滅する。

 正確に言えばマナの本流に帰りまた復活するのだが、記憶などを失い、新しいウンディーネとして生まれ変わるのだ。

 それはウンディーネ曰く死に等しく、人が輪廻転生で生まれ変わるのと同じことだ。


 だから、精霊にとって契約するとは、自分の命を契約者に託す事と等しい。

 自分の命を他者に預けるなど、そう出来る事ではない。 だから精霊は契約者に無理やり取り込まれそうになると、反発して術者を殺す。

 それは自然の摂理、自明の理だ。



「そんな絶望の中……… 上位の精霊様と契約したというディケム君の噂が流れてきました。 それは我々にとって、とても信じがたく、でもすがりつきたい噂でした」


 さっきまでのハイテンションは、自分の内心を隠すためのカラ元気だったのだろう……。

 ラローズさんは、小さい少女のように泣きながら話す。


「絶望していた私は、その噂を信じませんでした……… でもラスはそれが嘘だったとしても、少しの希望があるのなら調べてくると言い、サンソー村へ旅立ちました」


「そして、ラスがディケム君と会い、真実を確認して、私に泣きながら連絡してきました。『これで人族は滅亡しない!』と……… ディケム君の存在は、この人族の希望になったのです」


 あの鑑定の儀の日、あんなにも怪しかったラス・カーズ将軍に、こんな裏話があったのか……。

 照れながら聞いているラス・カーズ将軍に少し申し訳ない気持ちを感じ、この人たちは信用に足る人達だと自分の評価を改めた。


「ですが、ディケム君はまだ八歳、人族の希望ではありますが、それは我々の世代ではなく次の世代の話です」


 ―――っな!


「だから、私はどうせ死ぬなら最後まであがきたいのです。 確率が低くてもウンディーネ様がいらっしゃれば幾らか確率は上げられるはずです。 どうか我々に希望を与えてください! お願いいたします」


「……フン! オヌシの覚悟は分かった。だが今のオヌシでは一〇〇%失敗する。 これからしばらくディケムと一緒に訓練をして、少しでも可能性が出たら自分で決断するのだな。 決してディケムらに負担をかけるではないぞ!」


「――はい! ありがとうございます」


「しかし、もし契約に成功できたとしても、下位精霊ではデーモンスライムは厳しいと思うぞ」


「それも承知の上、目の前にディケム君と言う希望があるのですから!」


 人族のために……、俺に繋ぐために……、自分の命を懸けて時間稼ぎをする。

 なんでそんなことが出来るんだ、怖くないのか?

 なぜウンディーネは俺を選んだ?

 どう見てもラローズさんの方が契約に足る人物だろう?


 俺は少し自分の状況を楽観視して、他人事のように見ていたようだ。

 俺なんかに希望を託し、自分の命を懸ける人がいる。

 その期待に応えられる人物に俺はなれるのだろうか………。


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