第四章47 幕間 幸福の魔法
ギーズ視点になります。
舞踏会の魔法が解け…… 夢から覚める時間が来る。
僕はマディラの王子役から、本来の護衛騎士役へと戻る。
夢見る時間は終わり…… 現実を見据え、分をわきまえなければならない。
マディラをエスコートして、王城の外に出る。
コルヴァス先輩がディケムと何か話しているのが見えた。
そしてディケムが僕の所に来て馬車を使ってくれと言う……
『え?』と驚くが、ディケムはそのままマディラに話しかける。
『ギーズをよろしくね!』 と――
『は?』と驚いていると………
ララとラトゥール様に背中を叩かれて、マディラと一緒に馬車に押し込まれる。
(な、なんだこの状況は?!)
いくら鈍感な僕でも、ここまで回りがお膳立てしてくれれば言いたい事は分かる。
だけど……
僕があのマディラと付き合うとか、色んな意味で不可能だろう!?
僕は、サンソー村の道具屋の息子なんだぞ?
王都の貴族ボアル准男爵の娘さんとは不釣り合いすぎるだろう?
こんな強引なことしたら、絶対マディラが嫌な思いをしている!
「ギーズ? 何考えているの?」
マディラの優しい声が馬車の客車に響く。
「えっ…… イヤ…… ゴメ――」
「ゴメンね…… なんか、みんな私に気を遣っちゃって、無理やりギーズを巻き込んじゃって」
「えっ………?」
ちがうよ、皆が気を使っているのはマディラじゃなくて僕にだ!
マディラが困ることは無いんだよ!
「グラディアトルの試合とね、暗黒竜の結界を守っているギーズがカッコよかったって皆に話したの……」
⦅僕は、マディラが何を言っているのか、最初理解できなかった⦆
「皆が『ギーズはすぐに貴族令嬢の間で大人気になるから、早く手を付けないとダメ!』 ………だって。 フフ」
「えっ……? あの…… でも、マディラはディケムが好きだったんじゃ……?」
⦅違う! こんな事を言いたいんじゃない!⦆
「ディケム様は凄すぎて、雲の上の存在というか…… 憧れって感じじゃない? それに、ラトゥール様と競うなんて、ララぐらい鈍感じゃないとムリでしょ!」
マディラが笑いながら答えてくれたけど――
僕は何て卑怯者なのだろう……
彼女にこんな事を言わせたいんじゃない。
僕はこの期に及んで、マディラに嫌われないように保険をかけようとている。
「マディラ! 僕はサンソー村の道具屋の息子なんだ…… 騎士爵位だって…… ディケムが居なかったら、自分の力では手になんか入れられなかった」
マディラが僕の目を見て、真剣に聞いている。
「マディラは気づいていないと思うけど…… 僕は前に、マディラに命を救われた事があるんだ…… ララがマディラを連れてきたとき、僕はマディラに救われた命を、マディラの為に使うって誓ったんだ!」
マディラが目を見開いて驚いている。
「ごめん…… いろいろ頭が混乱しちゃって、何を話しているか分からなくなっちゃって……」
マディラはずっと、静かに僕の話を聞いている。
「僕はずっと思ってきたんだ。 マディラの騎士として、遠くから君を守っていければそれでいいと。 でも…… もし…… もし僕なんかのことを少しでも思ってくれているのなら―― マディラ、僕と付き合っていただけませんか?」
マディラは僕の目を見たまま―――
『はい』とだけ答えてくれた。
その後は――
馬車の中で、ずっとマディラの話を聞いていた。
この時間がずっと続いてほしいと素直に思った。
ポートやトウニー、ララが、『今日ギーズと進展するように』とマディラがどれだけ急き立てられたかを聞かされた。
自分だけが蚊帳の外な事を初めて知ったけど……
幸せを手に入れた僕には、そんな事もとても幸せな気持ちになれた。
幸せな時間はすぐに終わる。
馬車はマディラの家、ボアル准男爵邸に着いてしまった。
マディラと別れるのは名残惜しいけど……
明日にはまた会える。
「マディラ。 今日はありがとう」
「ギーズ! ちょっと待っててね」
『ん……?』 マディラが馬車を出て家に入っていく。
なんだろう……
なぜマディラに待たされたのか、全く分からず、僕は待つ。
そして、マディラが帰ってきた。
「ギーズ! 良いわよ! お家に来てちょうだい」
『………………』
えっ――――――!!!!!
付き合って即実家に行くって………
お父さんに挨拶って事か?
いや! これはチャンスだ!
僕はマディラと真剣にお付き合いしたいんだ!
親も公認で付き合いを認めてもらえれば、本当にマディラの夫の座も夢じゃない!
僕は意を決して、マディラについていく。
ボアル准男爵邸に入ると、家族総出で迎えてくれた。
僕は一人ひとり挨拶をしていく。
「始めまして、ギーズ・フィジャックと申します」
「父のカンテイロ・ボアルと言います。そして妻のレティーロ」
「あらあら、娘がお世話になっております」
「兄のジャスティノです。 以後お見知りおきを」
「妹のエトワールよ、お姉ちゃんの彼氏ってほんと? お姉ちゃんに相応しい男でしょうね?」
妹のエトワールが兄に怒られている……
「ギーズ君、それで娘とは?」
「は、はい! 先ほどお付き合いの了承を頂きました! よろしくお願いします」
「そうか…… マディラはずっと君を見ていたからね」
「えっ!?」
「ちょ! お父さん! 余計な事を言わないでよ!」
「なんだマディラ、お前がソーテルヌ公爵様の邸宅に初めて行ったときに、ファイヤーウルフに襲われて倒れていたギーズ君が居たと、喜んでいたじゃないか? ギーズ君には話していなかったのか?」
「えっ? マディラさんは、僕の事気づいていなかったのでは?」
「瀕死の君を教会まで運んだのは娘だ、気づかないはずないだろう?」
⦅……………………⦆
僕は、顔が真っ赤になってうつむくマディラから目が離せなかった。
そして改めて自分に誓う、必ずマディラを幸せにして見せる。
「お父さん! 娘さんは僕が一生必ずお守りいたします!」
「「「………………」」」
「ギーズ君…… まだ娘をやるとは言ってないのだが―――」
うっ…… 頭が真っ白になってしまった。
「まぁいい、冗談だ。 マディラは長女だが、上には兄のジャスティノがいる。 私は准男爵以外に爵位を持っていない、子供に譲れるのは准男爵位のみだ。 ジャスティノに爵位を襲爵すれば、マディラも妹のエトワールも貴族に嫁がなければ…… 貴族では居られなくなる」
お母さんのレティーロさんも隣で頷いている。
「そしてギーズ君は、騎士爵位と言っても、あのソーテルヌ公爵の近衛隊だ。 爵位など霞んでしまうくらいの大物だ。 君がマディラを望んでくれるのならば、貴族としても親としても異論はない」
「ありがとうございます!」
ボアル准男爵は、ニヤッと笑いながら言う。
「まぁそれすらも建前だ! 正直マディラは、こうと決めたら私たちが何を言っても聞かない性分だ。 娘が決めた相手なら、私たちはそれが商人だろうと誰であろうと素直に受け入れようと思っていたのだよ。 それがソーテルヌ公爵の近衛隊を連れてきたのだから、これ以上の喜びは無い。 娘には苦労はあまりさせたくないと言うのが、親心だからね」
お母さんのレティーロさんも、満面の笑みで頷いてくれている。
「ホント驚いたよ! 妹がソーテルヌ公爵邸に出入りしているって聞いただけでも驚いていたのに、まさか近衛隊のギーズ様をつれて来るとは」
「なに? ジャス兄? このギーズって有名人なの?」
兄のジャスティノが驚いて妹を見る。
「えっ! エトは本当に知らないのか? エトは勇者ララ様の大ファンだっただろ?」
妹のエトワールが『うん』と頷く。
「勇者ララ様は、ソーテルヌ公爵様の『四門守護者』の一人なんだよ」
エトワールが目を見開く!
「ソーテルヌ公爵様の近衛隊、通称『四門守護者』は、王都を守る最良の地勢方位『四神相応』になぞらえ国民に例えられているんだ」
・北:山は『玄武』を司る、黒の王、筆頭のラトゥール様。
・南:くぼ地は『朱雀』を司る、赤の王ディック様。
・西:大道は『白虎』を司る、白の王ララ様。
・東:流水が『青龍』を司る、青の王ギーズ様。
「ギーズ様は先日の守護竜ファフニール様の事変に、結界を張って王都を守った四人の一人だ。 精霊シルフィード様を従え、人族にして魔王のスキル『アバドン』操る―― 『颶風の魔王』という二つ名も持っている」
「なにそれ! 二つ名とかもう有名人じゃない!」
⦅なにそれ? 颶風の魔王とか恥ずかしい………⦆
「じゃ~マディラ姉がギーズさんと結婚したら、私も貴族と出会えるチャンスが!」
「こらエト! 私みたいに自分で捕まえてきなさい!」
「実は俺もソーテルヌ閣下の部隊に転属願を出しているのだが、いま一番大人気の部隊だから、そう簡単に受理されないんだよ。 マディラにお願いしても、全然ダメだったし」
「兄さん! ギーズが困ってるから自分で何とかしてよ! 私だってディケム様の部隊では微妙な立場なんだから! 迷惑かけたらすぐ首になっちゃうかもしれないじゃない!」
「お姉ちゃんが首ギリギリなのに、ギーズさんは凄いのね! ギーズさん! 私お姉ちゃんより若いけど! どぉ?」
エトワールが思いっきりマディラに叩かれている……
「楽しいご家族でね」
「マディラは外面は良いけれど、家ではいつもこんな感じですのよ。 ホホホ」
お母さんもとても良い人そうだ。
「ジャスティノさんは、どこの部隊なんですか?」
「カラ・エルマス将軍率いる、王国騎士団第五部隊だよ」
「カラ将軍と言えば、第六部隊のサラ将軍の兄君、生え抜きで将軍と名誉子爵に抜擢された、武闘派の人気部隊じゃないですか! なぜ移動願いを?」
「そう…… 僕はね、カラ将軍の第五騎士団に所属していることを誇りに思っていたんだよ。 だけどね、上を知ってしまうと、もっと上を目指したくなるのが人だろ?」
ボアル准男爵が苦い顔をしている。
「第五騎士団は、エルフ戦の時に城壁防衛に当たっていたんだ。 僕たちは何もできなかった…… 実力の差をまざまざと見せつけられたんだよ。 いや僕だけじゃない、あのメガメテオの絶望を体験した全国民がソーテルヌ公爵に憧れた! この人の為に働きたいと」
僕は頷く事しかできなかった。
僕はあの時、全くの無力だった。
ララがディケムの為に体を張っているのに、僕は何もできなくて悔しかった。
ジャスティノさんがディケムのそばに行きたいと願っていたとき……
そばに居た僕は全くの無力だった。
「僕はあれから妹のマディラに嫉妬してしょうがないんだ。 憧れのソーテルヌ公爵のそばで働いている、妹が羨ましくてしょうがないんだよ」
その熱い思いを僕は笑い飛ばすことは出来なかった………
結局僕はマディラの家に二時間ほども滞在して帰った。
マディラの家族は、いつも上品なマディラのイメージとは違い、とても暖かい家族だった。
そしてその中に居るマディラも、いつもの気が張った顔ではなく、とても穏やかでとてもカワイイ女性だった。
僕は神様に願う。
この幸福の魔法がずっと解けない事を。




