第四章34 月光の矢
開幕時に響いた容赦のない攻撃の破壊音と衝撃は……
今は、開幕とは逆の陣営に鳴り響いている。
ララは必死にクリスタルの防御壁を作り、ひたすらコルヴァス達の攻撃に耐えている。
しかし、会場の観客には、その防御が崩されるのも時間の問題に見えた。
だが、ララは攻撃に耐えながら、諦めてはいない、そして思考はとてもクリアだ。
ララは思う、もしコルバス達の精霊召喚が一人一体では無かったら――
もし二体以上の召喚だったとしたら、この試合は即私たちの負けになっていた。
『………………』
いや、二体出さないのではない、出せないのだ。
ララは常に思案を巡らし考える―――
なにが最適解なのか?
魔力のリソースをほぼ防御に振っていたが、少しだけマナを使い、少しずつ少しずつ『月光の矢』を上空に作りだしていた。
逆転の光明が差すその時の為に……
『クリスタルの矢』は物理攻撃の矢。
『月光の矢』は聖なる光の矢。
光とは波と粒の性質のフォトン(光子)だ。
ララは『月光の矢』を光の屈折率を計算し、透過させ、上空に見えない矢を作り出していた。
少しでも矢が動けば、光の屈折率は変わり矢は現れてしまう。
ララは少しのリソースでこの地道な作業を行ない、耐えながらも少しづつ逆転への希望を繋げていた。
正直言えば、ララとギーズは精霊を二体以上出す事が出来る、それを使えばこの勝負も楽勝だろう。
しかしそれを言っても今は仕方が無い。
ディケムがこれを仕掛けたのなら、そんな事を望んではいないだろうから……
ディケムは、もし私たちが精霊実体を使っても怒らないだろう。
でも、ディケムの一番近くに居る自分達だからこそ、ディケムが望む事に応えなければいけない。
『お前の立ち位置にどれだけの人々が憧れているか、自覚したほうが良い……』
ララは、あの日ラトゥールに言われた言葉を今、噛み締めていた。
『甘えてはいけない!』 ララはそう自分に言い聞かせ、闘志をたきつける!
ララはさらに思考を巡らし、コルヴァス達を観察する。
ララ達は二体以上精霊を出す事はできるが、しかしディケムみたいには多くの精霊は出せない。
精霊との直接の契約では無い事とマナの総量が絶対的に少ないからだ。
ならコルヴァス達は……
私たち以上に精霊達と直接繋がっているのでは無く、宝珠を解しての繋がりだ、!
ならば私たちよりも、もっとマナが必要なはずに違いない。
しかも魔力も魔術師の私たちより圧倒的に少ない筈だ。
コルヴァス達は顔には出さないが焦っている筈だ!
短期決戦で決めるつもりが、思ったよりララが耐えている!
もう少し、もう少しでコルヴァス達の限界が来る筈だ。
ララはその時をひたすら待つ。
ララは防御。
ギーズは風を使い防御と、青魔法で牽制。
流石に『アバドン』や『地獄の業火』、『腐蝕の邪眼』は大会の威力規定外で使えない。
『蜘蛛の糸』や『ファイヤーブレス』などを使っている。
ディックは、黒魔法で主にコルヴァスパーティーの剣士二人を足止めしている。
観客にはララ達がジリ貧に見えているだろう。
もうララ達の負けは時間の問題、そう観客が試合の行方を決定づけていると―――
その時は来る!
突然、ウンディーネとルナの姿が薄くなり、攻撃が止まったのだ!
観客たちも、『なんで今攻撃を止める?』 と不審に思う。
しかし、ララは分かっていた、この時を待っていたからだ!
コルヴァス達の魔力が枯渇したのだ!
ララはすぐにギーズに視線を向ける。
ギーズは頷き、あらかじめ打ち合わせが出来ていたかのように、威力はないが目眩しの大きめの竜巻を発生させる。
しかしこの程度の威力でも魔力がほぼ無いコルヴァス達には敵面だった、ティナが魔力回復のポーションを使えなくさせる意味もある。
コルヴァス達が目眩しの竜巻を警戒し防御に入るのを見て――
ララはコルヴァスパーティーを無数の鏡で球状に囲むように、鏡の結界を作り出す。
まるで鏡のボールに閉じ込めるように。
その無数の鏡を見て、コルヴァス達はララ達の準決勝を思い出す。
鏡の迷路、鏡を壊せば壊すほど、術にハマり迷路に迷い込む!
「鏡は壊すな!」
これがコルヴァス達パーティーの総意だった。
鏡を壊さなければ、鏡の破片の乱反射、目眩し効果はない。
しかしその決断は間違いであった、ララが鏡を作ったのは迷路の為では無いからだ。
次の瞬間――!
上空を埋め尽くす『月光の矢』が突如現れる!
観客すべてが、突如現れた無数の光の矢に息をのむ!
「なっ! なに! いつの間に――!」
コルヴァスが叫んだ瞬間、月光の矢は無情にも放たれる。
『スネルリフレクション!』 ララが叫ぶ――!
コルヴァスは思う、この攻撃は不味すぎる、直撃しては負けが確定してしまう。
これだけディケムにお膳立てしてもらい、しかもララ達は自分たちに課した枷は破らなかった………
ここで簡単に諦めては、自分の矜持が許さない。
コルヴァスは奥歯を噛み締め、枯渇した魔力を無理矢理絞り出し、クリスタルの盾を展開する!
しかし―――
ララの月光の矢は光子、物質では無いのでクリスタルの盾を透過する!
『ッ――っな!』
透明なクリスタルの盾とは相性最悪の『光の矢』、コルバスは呻く事しかできなかった。
しかも、いびつなクリスタルの盾は光子を屈折させる。
いくつかの矢はコルバス達に当たり爆発し、いくつかの矢はコルヴァス達には当たらず、屈折して別の場所に飛ぶ!
だがしかし、そこには鏡がある……… 鏡は光子を反射させる!
コルヴァス達を狙った矢は、クリスタルの屈折により曲がり鏡で反射を繰り返し、コルヴァス達を襲う。
それとは別に、最初から鏡を狙った『月光の矢』は、反射を繰り返してコルヴァス達を襲う!
鏡に囲まれたコルヴァス達は何度も何度も反射する無数の『光の矢』の雨に襲われる。
前後左右上下全ての方向から、無数の矢はコルバス達に直撃して爆散した。
鏡の檻の中、荒れ狂う光の矢が何度も反射して飛び回り、コルヴァス達に当たれば爆散する。
その壮絶な光景に観客は息をのむ。
もちろんララは月光の矢の出力を下げているので、死ぬことは無い。
しかし目では負えない速さで飛び回る『光の矢』の反射と、全方向からの爆発と衝撃に晒された彼らは、死を覚悟しただろう。
それほど観客が見た光景は圧倒的迫力だった。
反射する矢が無くなり、爆発が止み、コルヴァス達を覆う鏡は砕け散り、爆煙が明けると、そこにはへたり込んで動けないコルヴァス達がいた。
精霊はすでに消えている。
審判員がコルヴァス達の状態を確認する。
死んではいない事は観客にも分かる、しかしとても戦える状態ではない事も………
審判がコルヴァス達の戦闘不能を告げ、決勝はララ達の勝利に終わった!
会場はこの思いもよらぬ、大激闘に大歓声が沸き、両パーティーの大健闘を大いに褒めたたえた。
グラディアトルは例年でも大いに盛り上がる、大人気の国民行事だ。
だが今年はさらにララ達の参加により、より戦闘が過激になり、とても見応えのある物になった。
人々は云う、歴史に残る大会だったと。
そして、応援に来た魔法学校の生徒達も興奮のあまり立ち上がり、感動で棒立ちになっていた。
この大舞台で策を練り、不利な状況を見事に覆して優勝して見せたクラスメイトを―――
同校の生徒を誇りに思い、みな羨望の眼差しで見つめていた。




