第四章26 閑話 失った幸せの時間
戦士学校コルヴァスパーティーのヒーラー
ティナ視点になります。
私はティナ・ソレイ。
ソレイ騎士爵の娘として生まれた。
父、母、私の親子三人暮らし。
母は騎士の父を尊敬し愛し、父も美しい母を大切にし、とても仲のいい夫婦だった。
私はそんな両親を愛し、尊敬し、憧れをもって育った。
そんな幸せ一杯の我が家に悲劇が起こる。
父がアルザス戦役で大けがを負った…… 片方の腕を失う重症。
騎士の仕事を誇りにしていた父は、戦えなくなった自分を呪い…… 荒れた。
騎士爵は下級貴族、貴族と平民の中間的立場。
片腕を失った騎士など…… ろくに仕事もなく、給料もろくに貰えず、我が家は落ちぶれていく一方だった。
私は貧乏になっても、それでも仲のいい父と母が大好きだった。
でも…… その幸せも直ぐに壊れてしまう。
母が父を捨てて、金持ちの商家の男の家に行ってしまったのだ。
私は母を恨んだ、大好きな父を裏切った母親を絶対に許さない!
それからの私は、大好きな父の為、出世して這い上がる道を模索する。
私のスキルは白魔法と投擲だった、だけど正直私は、魔法にしても投擲弓にしても二流がいいところ、魔法学校と戦士学校どちらに行けば良いのか悩んでいた。
でも私は決める!
今の私が這い上がるには、パーティー戦を重視する戦士学校しかない。
自分が二流ならば、一流の戦士のパーティーメンバーに選ばれれば良い。
魔法学校に行けば、平凡な私の白魔法の才能でも、戦士学校に行けば貴重なヒーラーとして扱われる。
もちろん、人一倍の努力は惜しまない、必ずのし上がって父を助け、父を裏切った母を見返してやる!
私の原動力は、父を裏切った母への恨みだった。
私は誰よりも勉強し、誰よりも訓練にいそしんだ。
学年でも優秀者に選ばれ、ヒーラー担当では常にトップを取り続けた。
そして、私は百年に一度と言われる天才、鉄壁のコルヴァス・レイシートのパーティーに誘われる。
私の思い描いた通りのシナリオだ。
このままコルヴァスのパーティーでも、無くてはならない存在になる。
周りの女子からは、コルヴァスに選ばれたことで、疎まれ続けたけど…… そんな事はどうでも良い。
もし、コルヴァスに女性として見初められても、それものし上がる道としては悪くない。
コルヴァスの才能ならば、王国騎士団の隊長になれる器でしょう。
とにかく私は、母…… あの女を見返す為ならば、手段を選ばない!
学校も三年生になり、コルヴァスのパーティーはグラディアトル大会で三年生にして優勝を果たす!
これで私達の卒業後の未来は安泰だ、このまま四年生でも優勝を決めて、確固たる地位を固めてやる。
そんな、順調に進む学生生活四年生のとき、エルフ戦役が起こる。
メガメテオが発動したときは、もう駄目だと思った。
だけれど、これで私も父もこの苦しみから解放され、憎きあの女も死ぬのだと思えば…… それも悪くないなと思えた。
でもアルザスの奇蹟ソーテルヌ卿が、エルフ戦役も終結させ、エルフ族、魔神族、人族の三ヶ国同盟を成し遂げた!
凄いことだとは思うけど…… 正直、種族単位の話など事が大きすぎて、私には別世界のお話。
私は自分の目の前の事だけで精いっぱいだ。
だけれども…… 私には関係ない別世界の人の話だと、言っていられない事が起こる。
ソーテルヌ卿が交流留学で、戦士学校に来たのだ。
チームリーダーのコルヴァスがソーテルヌ卿に心酔している事は知っていた。
そして、噂通りソーテルヌ卿は毎日のようにこの学校でも偉業を達成していく……
その偉業の情報がコルヴァスを狂わせ、順調だった私の歯車も狂いだした。
今のコルヴァスは危険だ…… ソーテルヌ卿に認めてもらいたい一心で、一切周りが見えなくなり、冷静な判断が出来なくなっている。
百年に一度の天才でも、これ程脆いものなのだと、この時思い知った。
そんなある日…… 家で酔いつぶれている父が、手に封筒のようなものを握りしめているのを見つける。
封筒を父の手から外し、差出人の名を見る―― そこには母の名前が書いてあった……
⦅な、なんで? なんで今更あの女から手紙なんて来たの?!⦆
私は震えて、どうしていいのか分からなかった……
父への手紙を勝手に読んで良いの?
あの女から来た手紙を、読まないで、知らなかった事なんかに出来るの?
でも…… 手紙の中身を見るのが怖い!
いや! 私の人生は、あの女を見返すことを力に頑張ってきたんだ!
今更、いくら酷いことが書かれていても、私は負けない!
そして私はその手紙を読んだ……
『あなた―― 今月分のお金です。 お金少なくてごめんなさい。 ティナも、もう四年生。 年頃の娘を男親のあなたに押し付けてごめんなさい。 年頃だし色々お金が必要でしょう。 学校も学費は免除でも、入用な事も多いいと思います。 家事も体が不自由なあなたに任せてしまいごめんなさい―――………………』
⦅な、なに…… この手紙。 今月のお金って?⦆
『ねぇあなた……『ティナが学校を卒業して、お金がかからなくなったら、また二人で暮らそう』って言ってくれたこと…… 本当に嬉しかったです。 もし、あなたがこんな汚れた私を許してくれるのなら…… また二人で一緒に暮らしたいです。 ずっとあなたを愛しています』
『…………。 うそ…… そんな……』
お母さんは私の為に、働けなくなった父の代わりに、自分を売ったの?
なんで…… そんな大事な事、今まで内緒にしてたの?
わたし…… 私の為に自分を売ったお母さんを、ずっと憎んできたの……
「そんな…… そんなの無いよ…… お母さん、お父さん――」
私が、お母さんの真実を知ってしまった翌日…… 私達はダンジョン十階層で遭難する。
どう見ても私達は助からない、捜索隊はこの階層には来られない事も知っている。
もう死ぬしか無い…… その事実が怖くて、今にも発狂してしまいそうな自分がいる。
「いや…… 助けて…… だ、だれか助けてよ!」
私は怖くて泣き叫んだ、そしてコルヴァスに当たり散らし罵倒した……
何の解決にもならない事を知っていたのに。
私が発狂しなかったのは、あの母の手紙を読んでいたからだろう。
私が死んだら、何のために母は自分を売ったの?!
母と父は、私の為に全てを捨てたのに…… こんな所で死にたくない! 死ねないの!
ダンジョンの奥から、私達に死を運んでくる音が聞こえてくる……
怖くて怖くて震えが止まらない、私はさらに泣き叫んだ!
そんな私達の前に現れたのは、ソーテルヌ卿だった。
彼の顔を見たとき…… 私は死の恐怖から解放され、その場にへたり込んだ。
ソーテルヌ卿は私達を一人一人抱きしめて『もう大丈夫だ、よく頑張った!』と言ってくれる。
その父に抱きしめられたような力強さに、『本当に助かったんだ!』と安堵した。
私達が命を拾った数か月後、グラディアトル大会も終わったある日。
「お父さん、今晩家に帰ってきたら、お話があります」
「どうしたティナ、卒業後の勤務先でも決まったのか? お前の実力ならどこかの騎士団に入れると思うんだがな――」
そして夜に、私は家に帰り父と話す。
『お父さん、入隊する部隊が決まりました』と言って徽章を見せる。
徽章には盾を四分割に水・火・風・土が描かれ、その盾をドラゴンが両脇で支えている。
盾の上には★が二つ付いている。
「お、おまえ…… その徽章は! ソーテルヌ卿の総隊なのか――?!」
「うん、今日ソーテルヌ卿から辞令を頂きました」
「そうか…… 父さんはお前を誇りに思うぞ!」
父は本当に喜んでくれた! 私はこんな父の笑顔を見たのは、母と三人で暮らしていた時以来だ。
「そしてお父さん、ソーテルヌ総隊では学校卒業前の、明日からもう訓練が始まります。 ですので今月からもう給料も貰えます」
「………………」
「ですので…… すぐにお母さんを迎えに行きませんか?」
「お前…… もしかして知っていたのか?」
「ごめんなさい。 この前お父さんの手紙を読んでしまいました」
「そうか…… 本当のことを知れば、お前は学校をやめてしまうだろうと、それならいっそお前に恨まれていた方が良いと…… 母さんは言っていた。 私は妻にそんな事をさせる自分が許せなかった……」
「お父さん、私達はこれからまた三人で幸せになりましょう! お母さんを明日迎えに行きましょう!」
翌日、私と父は、お母さんを迎えに行った。
私は心からお母さんに『ありがとうございました』とお礼を言った。
私達は失った幸せの時間を、これから三人で取り戻す。




