第四章24 閑話 羨望と憧れと自戒1
コルヴァス視点になります。
俺は焦っていた。
ディケム様達は、毎日のようにダンジョンの最高到達点を更新していく。
なのに俺はいまだに八階層を超えられない。
ディケム様が、本来の力を使っているのなら、理解はできる。
しかし、ディケム様は相変らず力を封印して、タンクとして参加し、攻略のメインは三人にやらせているらしい。
正直…… ララさんも精霊ルナ様の力を抑えている状態なら、あの三人には、俺は引けを取っていないと思っている。
そこにディケム様が加われば、それなりの強さにはなるだろう……
しかし、ディケム様達はもう十二階層まで到達、いや攻略している。
それなのに…… なぜ俺はいまだに八階層止まりなのか!
そして今日、ディケム様からアドバイスをされる。
正直、俺があまりにも悲壮感を漂わせ、無理をすると思われたのだろう……
そして、それは事実で、すぐに現実となってしまう。
その日、俺はとうとう八階層を抜け、九階層に到達!
そして十階層までの目星をつけ、一度ダンジョンを出る。
俺は次の日に十階層にトライすることを、管理局に告げる。
管理局からは、九階層以降は何かあっても捜索隊を派遣出来ない事を告げられる。
それはそうだろう、ディケム様以外は、初期の冒険家チームが何とか到達できた十階層だ
誰が助けに来られると言うのか。
その日、いつも俺の指示に口を出したことが無かった、白魔術師で唯一の女性メンバー、ティナが何故かこの十階層のトライに反対してきた。
しかし…… 追い詰められていた俺は、彼女の言葉に耳を傾けなかった。
そして、俺たちは十階層に挑んでしまう……
十階層はアンデットのフロア、俺は盾でアンデットの攻撃を防ぐが、剣士二人の攻撃は一切効かない!
俺のパーティー唯一の白魔法使いティナの攻撃は効くが……
現実攻撃が通用するのがティナ一人のみ、攻撃と回復両方を行えば、すぐにティナの魔力は枯渇する。
あとはただのスケルトンに追い込まれ、退路も断たれ、俺たちは逃げながら先に進んだ。
致命的な強力なアンデットに出くわさなかったことが救いだった……
いや、強力なアンデットが居るところまで、俺たちは進むことが出来なかったのだ。
低級のアンデットから死に物狂いで無様に逃げまどい、偶然にもなぜかアンデットが入ってこない場所を見つける。
ここは、もしかして安全地帯か? だがアンデットは入ってこないが確信は持てない!
俺たちは体力の限界を迎えていたが、見張りを立て、二人ずつ眠ることにする。
あまりの疲労に、一時間ほどの仮眠も泥のように眠る。
しかし、起きるとそこがまだ地獄なのだと思い知る。
正直、俺たちはもう詰んでいる…… 死に物狂いで逃げた為、帰り道も分からない。
救助隊も来ない。
俺は猛烈に後悔していた、俺がこのパーティーのリーダーだ。
トライ前には、ティナからも中止を打診されていた…… なのに俺は決行してしまった。
パーティーをこの状況にしてしまったのは俺の責任だ。
パーティーメンバー全員、絶望感に憔悴しきっている。
唯一の女性メンバー、ティナはもう発狂しそうな目をしている。
何かのきっかけで、ティナの恐怖が決壊してしまうかもしれない……
もう、誰も話すこともしなくなった、解決策が無いからだ。
もうみな、恐怖におびえ死を待つだけになってしまった……
何時間ここにいただろう、不意に何かの音が近づいて来るのに気づく……
俺たちの死が近づいて来る音だと皆が思う。
「いや…… 助けて…… だ、だれか助けてよ!」
ティナが泣き叫ぶ!
「コルヴァス! ねぇ、コルヴァスは百年に一人の天才だったじゃない! あなたのパーティーに入ったら、将来安泰だったじゃない! ねぇ、私こんな所で死にたくないよ! ねぇ! ねぇ! ねぇ――! 嫌だよ! 死にたくないよ! 助けてよ――!」
ティナの精神は死を目前に、決壊してしまった。
俺も、誰も、ティナの助けに応えられなかった……
自分自身が死を目前に、恐怖に耐えられなかった……
自分をコントロールできなかったからだ。
そして――
恐怖に震える俺たちの前に、ディケム様が現れた!!!
ディケム様の周りではラトゥール様が、アンデットをなぎ倒している。
俺たちの周りにフェアリーが飛んできて、傷をいやしてくれる。
「もう大丈夫だ、よく頑張った!」
ディケム様のその言葉に、俺達全員が泣き崩れる。
ディケム様は一人一人を強く抱きしめてくれた……
その力強さに俺たちは、『本当に助かったんだ!』と安堵した。
ディケム様はシャンポール王の勅命で動いていた。
俺たちも冷静になり、周りを見てみると、ラトゥール様以外にもラス・カーズ将軍のチームも合流している。
ディケム様のもと総勢十人の精鋭部隊だ。
その勅命の途中に俺達を救出してくれたらしい。
憧れのラトゥール様の印象が悪くなるのも当然だ。
ディケム様は『時間が無いので、任務に同行しろ!』と、ソーテルヌ侯爵としての命令を下してくれた。
気力もヤル気も全て折れてしまった俺達には『任務だから強制的に動け!』
この言葉が有りがたかった、命令では無かったら俺もティナもとても動けなかっただろう。
そして、ディケム様が地面に魔法陣を描き出す。
これが噂に聞く転送の魔法陣なのか――! 凄い!
俺が感嘆して、魔法陣を見ていると……
転送魔法は莫大な魔力を使う、十人でも多いのに、さらに四人分など魔力の無駄だとラトゥール様が言う。
ごもっともな意見だった、俺では転送など一人分でも魔力が足りないだろう……
それを十四人、しかも寄り道込みなのですでに一回分無駄に使っている……
ここで捨てられてもしょうがない……
ティナの心が心配だが、一度立て直すことが出来たのだから、地力で戻ることを考えよう。
しかし…… ディケム様は一切ぶれない、それが当たり前のように俺たちを連れていく。
ディケム様の忠告を無視し、勝手に失敗した俺たちなのに。
俺たちを見捨てない……
本当に強い人とは、こう言う人なのだな、と俺は思った。
俺は今まで『自分は強いのだ!』と、自分にも他者にも認めさせようとしてきた。
しかしそれは、弱いくせにキャンキャン威嚇する子犬の様な……
虚勢を張るハリボテの弱者の姿だったのだと理解した。
俺たちはディケム様に言われ、転送魔法陣に乗る。
初めて経験する転送だ、目の前が光に包まれ白くなり、少し酔ったような目眩がする。
そして次に目の前の光が薄らいでいき、徐々に転送先の景色が見えてくる。
そして、転送先には――― モンスターのリザードマンが俺たちを包囲していた。
俺は戦闘態勢を瞬時に取る、
ティナたち俺のパーティーは、心が折れたまま絶望で動くこともできない。
一度地に落ちた俺への信頼!
『ここは俺が命に代えて彼らを守る――!』と死を覚悟して、戦闘態勢に入いると……
ラトゥール様に殴られる―― イタイ……ナンデ?
ディケム様から――
「後で説明する、今は時間が惜しい、何も聞かず、何もせず、ただ俺たちについてこい!」
と言われた。
驚くことにリザードマン達は味方の様だった!
そして、冷静になり風景を見ると、地上だと思ったココはダンジョンの中、十三階層の世界らしい。
王城もある、街もある、店もある――
しかし住人全てが魔物の世界、一つの国が地下ダンジョンの中に有ったのだ。
信じられない事が、俺の想像をはるかに超える出来事が起こっている。
事のスケールの大きさに、頭がついてこない……
俺たちの十階層の攻略など、ほんの些事なのだと現実を突きつけられる。
ディケム様…… 貴方は本当に何なのですか?!
どうしてこのような理解もできない、大きすぎる出来事に対処できるのですか!?
ディケム様達は、十四階層にいる、パズズという魔王を倒しに行くという。
いや…… 魔王って軍隊で倒しに行く存在ですよね?
しかも、すでにリザードマンの精鋭部隊四十名が突入して全滅したらしい。
それはもう無理だろう……
しかし、ディケム様もラトゥール様も少数精鋭で攻めると決められた。
そして、そのチームに俺も入っていた。
俺はティナ達を見たが、彼女たちは下を向いたままだった。
とても戦闘に加わりたい精神状態ではないようだ。
それはそうだろう、やっとの事で繋いだ命なのに、今度は魔王討伐など命がいくつあても足りない。
だが、ディケム様達の話だと、逆にここで戦闘に参加して、トラウマに打ち勝たせるのだと。
ティナ達は、攻略組ではないが、王都防衛に参加することになった。
各部隊事に、細かい打ち合わせをする。
攻略組は、魔王相手にもディケム様の力を封印して戦うみたいだ。
さらにギーズにパズズのスキル、『アバドン』をラーニングさせたいという……
嘘だろ!? 魔王相手にそんな余裕があるのか?
でもラトゥール様は当たり前のように頷く。
そしてディケム様は俺とカミュゼに言う!
『魔神族の将軍と共闘出来る機会は少ない、このチャンスを生かせ!』と……
ディケム様は魔王相手でも、俺とカミュゼに経験させようとしている。
俺はビビりまくり、死なない事ばかり考えていたが、カミュゼはディケム様を信頼している。
あの顔は、負けることなど考えても居ない顔だ――
カミュゼに対し『死地を経験していないからだ!』
そういう思いがカミュゼに対し無いわけではない………
だが、ディケム様とラトゥール様がいらっしゃる部隊で経験を積めるのだ、今はカミュゼが正しい。




