第三章28 幕間 メアリーへの誓い
王国騎士団第三部隊フォン・マクシミリアン将軍視点です。
俺の名はフォン・マクシミリアン、子爵家に生まれた上級貴族だ。
俺は自分で言うのもなんだが、顔もそれなりに整い、努力をしなくても何でもできる、優等生だった。
そして家柄も上級貴族の子爵家、毎日のように俺に取り入ろうと、多くの女がアプローチしてくる……… くだらない。
何をやっても誰も俺には勝てない、俺が少しでも努力すれば、みな俺についてこられなくなる、俺に媚び、持ち上げて機嫌を取る。
ホント何もかもつまらない、全てが色あせて見えた。
だが、そんな俺にもどうしても剣でも身分でも敵わない奴がいた……
メアリー・ミラー。 ミラー伯爵の令嬢だ。
メアリーとは幼馴染、歳は三歳年上だがとにかく女だてらにメアリーは強かった。
そんなメアリーには五歳年下のエミリーという妹がいる。
エミリーは『お前本当にメアリーの妹か?』と言うほど普通の女の子だった。
だけど、エメリーも他の女と違い、俺には一切媚びることなく接してくれた。
俺、メアリー、エメリーこの三人はいつも一緒だった。
俺を心から楽しいと思わせてくれるのは、この二人だけ。
この二人だけが俺の色あせた世界に彩を与えてくれた。
メアリーの夢は『人族の解放』。
『強くなって、滅亡寸前の人族をこの窮地から解放するんだ!』このメアリーの夢が、いつしか俺達三人の共通の夢になった。
メアリーは戦士学校では常に主席、年上の男性騎士との試合にも負けた所を見たことが無い。
俺も何度も挑み、一度も勝てたことが無い。
メアリーは戦士学校を卒業して、騎士団に入隊後すぐに頭角を現し、わずか十八歳で王国騎士団第二部隊の隊長に抜擢された。
王国騎士団のナンバーは第一を筆頭に、数字が少ない隊が格上になる。
メアリー姉の第二部隊は、あのダドリー・グラハム将軍の第一部隊の次に偉い部隊だ。
メアリー姉はグラハム将軍を尊敬し、軍での親の様に慕っていた。
そんな目標にしていたグラハム将軍のすぐ近くまで駆け上がった、有言実行のメアリー姉は俺とエミリーの英雄であり、憧れであり、目標だった。
しかし…… 王国騎士団に突然、英雄ラス・カーズが入る事になる。
ラス・カーズ将軍の部隊はもちろんエースナンバーの第一部隊だ。
隊長順位は玉つき的に下がり、メアリー姉は第三部隊に落ちた。
俺とエメリーは悔しがって泣いたけど、メアリーは笑うだけだった……
でも俺は知っている、一番悔しがっていたのはメアリーだった事を。
その日から俺は、ラス・カーズ将軍を目の敵にして、『俺がメアリー姉の第二部隊を絶対に奪い返してやる!』と、自分の目標を決めていた。
俺も王国騎士団に入隊し、破竹の勢いで功績を上げていった。
「フォン、王国騎士団隊長の就任おめでとう」
「フン! メアリー姉! やっと第十二番隊だよ…… やっとスタートラインに立てただけだ! 俺はもっと上り詰めてやる!」
「フォン…… 目標が高い事は良い事だけど、あなたの良い噂をこの頃聞きません。 『出世欲ばかり』とか、『自分の事ばかり』とか…… 戦争は一人では勝てません、命を預ける兵士たちと、意思疎通出来なくては、大事な時に取り返しがつかない事になりますよ」
「フン、あんな言われた事もろくに出来ない兵士共なんか、俺の言う事だけ聞いていれば良いんだよ。 どうせ俺が出世すれば美味い汁を吸う事が出来るんだから!」
「………………」
「そんな事よりもメアリー姉、今度エミリーがメアリー姉の部隊に配属されるんだろ? 久しぶりに三人でお祝いしようよ!」
「うん、ありがとう。 彼方は本当にエミリーが好きね。 フフ」
「ち、違うって! 俺が好きなのはメアリー姉だって、昔から言っているじゃないか!」
「あなたは昔から、私に『手っ取り早く伯爵になりたいから結婚してくれ』って言うけれど、エミリーの前でしか言わないものね…… 私には好きな子の気を引くために言っているようにしか聞こえなかったけれど……」
「そ、そんな事無いって、俺が結婚したいのはメアリー姉だって!」
「はいはい、そ~言う事にしておいてあげる。 でも、『手っ取り早く』なんて理由で私もエミリーも貴方と結婚する事は無いわ。 私に認められたかったら自分の力で伯爵位に成って見せなさい! それが出来たら姉としてエミリーとの結婚を許してあげても良いわ!」
「………………」
俺は、メアリー姉から言われた結婚の条件を成し遂げる為、必死に頑張った、そしてメアリー姉の次の騎士団順位、第四部隊まで上り詰めていた。
自力で伯爵位に成ってやる。
メアリー姉が奪われた、第二部隊を俺が取り返してやる。
「フォンおめでとう。 がんばっているようね」
「あぁ、もうメアリー姉の次の騎士団位まで来たぞ! もたもたしていると追い越してしまうぞメアリー姉」
「フォン…… 今、魔族の動きが活性化しています。 次の魔族大侵攻予想は貴方の担当のモンシャウ村付近です。 次の作戦では、私の部隊も北から南下して参戦いたします。 魔族軍を挟み撃ちに致しましょう」
「あぁ、任せてくれメアリー姉。 大侵攻って言っても、アイフェル山脈に守られたこの立地、大して侵入できるわけがない。 メアリー姉の部隊が来る前に全て片付いているよ」
「フォン…… 油断しすぎですよ! この前も言いましたが、兵士たちと分かり合う事は出来ているのですか? 兵士たちがあなたの言葉を理解出来なければ、大事な情報を逃し取り返しのつかない失敗が起こりますよ!」
「ハイハイ、大丈夫だってメアリー姉、しっかり部下たちとも上手くやっているから」
「フォン! 戦争はキレイ事ではすみません、命を預ける兵士たちと、意思疎通出来なくてどうして生き残れるでしょうか?! 私は貴方を死なせたくないの! この事はしっかり心に刻んでおきなさい」
そして…… あの魔族大侵攻の日が来てしまった。
魔族軍は明らかに今まで見せなかった連携を取ってきた。
今までは多くても三カ所の抜け道からの進行だったが…… この日は一気に十ヶ所以上の抜け道を作り魔族軍が攻めてきた。
これほどの抜け道が作られている事に気が付かなかった……。
いや、気づけなかった!
俺は今でも後悔している、メアリー姉の言う通り、部下たちともっと話し合っていれば、この大侵攻の抜け道を、些細な予兆すら見つけ出し防げたのではないか?
もっと部下の言葉に耳を傾け、情報収取に力を入れていれば、あの恐ろしいデーモンスライム軍からの被害を減らせられたのではないか?
もっと部隊の状況を聞いて、部隊に足りないものを把握していれば、兵士を守るための回復魔法師や回復薬を準備できたのではないか?
そうすれば…… あの惨状をもっと軽減できたのではないか?
そして…… メアリー姉を死なせずに済んだのではないか……と。
その日、魔族軍が溢れた……
俺達は成す統べなく惨敗し、敗走した。
もしここに、メアリー姉の部隊が何も知らずに来てしまったら……
誰か頼む、メアリー姉に知らせてくれ――!
もう第四部隊は壊滅、挟み撃ち作戦は失敗、ここに来ちゃだめだ!
俺の願いも届かず……
メアリー姉の部隊も、人族同盟軍も、ラス・カーズ将軍の部隊も、全ての軍が魔族軍に飲み込まれていった。
『アルザスの悲劇』この歴史的大惨敗。
俺がもう少しこうしていれば…… などとは只の思い上がりだろう。
この圧倒的な大惨敗は、そんな小さな事でどうこう出来る戦いでは無かった。
だけれども、その努力もしなかった俺は、『誰もどうする事は出来なかった』と自分を納得させることは出来なかった。
納得できない程、失ったものが大きすぎた。
俺は敗戦軍の医療テントを回る。
メアリー姉、メアリー姉――! エメリー! エメリー――!
二人とも無事でいてくれ、生きててくれ――!
そこに第三部隊の生き残りが運ばれてくる。
その中に致命傷を受けたメアリー姉を見つけた………
「だ、誰か回復魔法をかけてくれ! 白魔法師は居ないのか? 頼む! 誰でもいい、メアリーに回復魔法を! メアリーが死んじまう……… 頼むよ誰か――!」
ヒールをかける魔法師、薬師のヒールポーション、全て有限だ……。
この大惨事下には命の選別が行われる。
どれだけ偉くても、強くても、致命傷を受けた者には使われない……。
メアリー姉は俺の腕の中で息を引き取った。
最後に俺の手を『ギュッ』と掴み、『まだ死にたくない』と生にしがみつくように……
メアリー姉……
痛かっただろう、悔しかっただろう…… もっと生きたかっただろう。
⦅メアリー、俺の腕の中で、最後なにを思ったんだ? 教えてくれ……⦆
メアリーが息を引き取ったあと、俺は呆然自失で動けなかった……
だが戦争はそんな感傷の時間すら与えてくれない。
次から次へと運ばれてくるケガ人。
『動ける者は救護の手伝いを――』 俺も救護に駆り出される。
だがむしろ……、仕事に忙殺され、悩む時間すら無い事が俺の救いだったのかもしれない。
ケガ人の救護が一通り落ち着き解放され、俺はエメリーを探す。
しかし、エメリーは幸運にもこの作戦には参加していなかった。
隊長命令で無理矢理後方支援に回されていたようだ、もしかしたらメアリーは今回の作戦は酷い事になると気づいていたのかもしれない。
俺はメアリーの遺骨を持ち、ミラー伯爵家を訪れる。
扉の前で中に入れず、ずっと立ち尽くす……
『俺はどんな顔してエミリーに会えばいい?』
いくら考えても答えは出ない。
しかし、後ろから声をかけられる。
外出から帰ってきたエミリーだった………
ミラー伯爵家では、淡々と作業の様に遺骨の受け渡しが行われる。
「この度、アルザス渓谷において起こりました、魔族軍との大規模な戦闘におきまして、ご息女――王国騎士団第三部隊隊長メアリー・ミラー将軍が――――――……………」
すでにメアリー殉職の報は、家族には届いていたようだ。
取り乱す者は誰も居ない……
だけど皆が感情を押し殺し『なぜメアリーが死ななければならなかったのか?』その答えのない問答を心の中だけで繰り返した。
遺骨の受け渡しを終え、いつも三人で遊んだ、ミラー伯爵邸の庭でエミリーと佇む。
「フォンだけでも、無事に帰って来てくれて嬉しかったです」
エミリーの声を聴いたとたん…… 我慢していた涙が溢れ出す。
「エミリー…… ごめん。 メアリーが死んじゃった…… メアリー姉がもう居ないんだ。医療テントにメアリー姉が運ばれてきたとき…… メアリー姉まだ生きてたんだ! なのに……」
「大勢の人がこの戦争で亡くなりました……、隊長の姉だけ優遇されることはありません」
「メアリー姉、最後に俺の手を『ギュッ』と掴んで、『まだ死にたくない』って生きようとしていたんだ…… なのに何もできなかった! 俺の手の中で…… メアリー姉が少しずつ冷たくなっていくんだ……」
「フォン……」
「毎日夢を見るんだ…… あの瞬間の夢を。 もし回復魔法が使えたら、ポーションが有ったなら……。 何度も何度も同じ夢を見て、何度も何度もメアリー姉は俺の腕の中で冷たくなっていくんだ……」
「………………」
「俺がいけないんだ! 俺がもっと部下たちとわかり合ってたら! この戦争だってもっと事前に対処出来てこんな事には――。 メアリー姉に何度も怒られてたんだ! 『命を預ける兵士たちときちんと意思疎通出来るようになれ』って、このままだと大事な時に失敗するって――」
「なのに…… 俺、兵士たちを見下して、一緒に居る事を避けてた。 なんでそのツケがメアリー姉に来るんだよ! 俺の責任なら俺を殺してくれよ――! くそ……なんでだよ…… うわぁぁぁぁぁ!!!」
「フォン、自分を責めないで。 あなたのせいではありません。 そんな事で回避できるような戦いでは無かったの。 あの慎重なメアリーですらダメだったのだから」
俺はひたすらエメリーに懺悔をした。
エメリーに俺を恨んでほしかった!
『お前のせいでメアリーが死んだんだ!』と罵ってほしかった!
だけど、エメリーは俺を慰め、優しく包み込んでくれるだけだった……
それからしばらくして、俺はメアリー亡き後の第三部隊の隊長に任命され、エメリーは『遺族恩賞』を使い、俺の隊への転属を志願してきた。
「フォン、姉に変わり私があなたを守ります。 決してあなたを死なせはしない。 メアリーは本当にあなたの事を愛していましたから」




