第三章27 幕間 王の矜持と責務
マルサネ王国の王子、コート・マルサネ視点になります。
私はコート・マルサネ、マルサネ王国の王子だ。
シャントレーヴという二歳年上の姉がいるが、次期王として私は育てられた。
人族は滅亡寸前、王族と言っても戦争のために励まなければならない。
人族同盟四ヶ国の王族、貴族、才能がある平民は、十二歳になると盟主シャンポール王国の学校に通う習わしになっている。
姉上は私と違い血気盛んな性格、魔法も使えたが体を動かしたいと、戦士学校に留学した。
私は黒魔法の才能が高かったため、魔法学校に通う事になった。
だが理由はそれだけではない、アルザスの奇蹟が魔法学校に通うからお前も行けと父上に言われたのだ。
ソーテルヌ伯爵、彼と同じ年の王族は私だけ、父上は必ず縁を結べと言われた。
姉上も興味津々だ、ソーテルヌ卿が使ったとされる剣に炎を纏わせる技、姉上はあれからずっと研究しているようだ。
入学式の日、私は三十人の魔法師を使い、ソーテルヌ卿に挑んだ!
⦅その中に上級生を入れた事は秘密だ⦆
しかし結果は手ひどくやられてしまった……
精霊を使った大規模な『ウォーター』私は流され、駆け付けたネグロ子爵の娘プーリアに助けられた。
私はなんだかんだ言って、甘えていたのだろう………
治外法権と言っても、学校の中では『殿下』と皆私を立ててくれていた。
だがアヤツはなんの忖度もなく私を他の魔法使いと一緒に『ウォーター』で流した。
それから私は、プーリアがソーテルヌ卿に誼を通じているのを良い事に、彼から距離を取っていた。
姉上に知られれば、鼻で笑われ卑下されただろう……… だがどうしても苦手意識が拭えなかったのだ。
しかし、そんな甘い事を言っていられる場合ではなくなった―――!
エルフからの宣戦布告、そしてメガメテオが王都を襲う。
成す統べなく絶望し、地に座り込み、神に祈りながら死の瞬間を待っていた………
だがそんな状況で、彼は立ち向かい打ち勝った。
私は……… どうしようもない敗北感に打ちのめされた。
私は何に対抗意識を燃やしていたのだ………
メガメテオなんかに勝てる存在に…… 私は何を考えていたのだ………
本国から緊急帰還命令が届く。
何をしていいのか分からず呆然とする私を、姉上は襟首をつかみ連れ出した。
「プーリア! 悪いがお前はここに残り、ソーテルヌ卿の力になってくれ!」
「はっ!」
「私はこの腑抜けを本国に連れ戻さなければならない、こんな不甲斐ない愚弟でも、次期王だからな」
「はっ! お任せください!」
「プーリア……… お前が羨ましい。 私も此処に残り見ていたい、ソーテルヌ卿の戦いを―― あの一人でエルフ軍に立ち向かう後ろ姿は、鳥肌ものだったな」
「はい! このプーリア、最後までこの戦いの結末を見届け、シャントレーヴ様にご報告する事をお約束いたします!」
姉上は、獲物を見つけた時のような笑みを浮かべ、王都を睨んでいる。
姉上はなぜこの状況で、そんな笑みを浮かべられる! 本当に私と同じ親の血が流れているのか?
姉上に引きずられ、本国に向かう。
シャンポール王都からマルサネ王都までは八日ほどだ。
馬を走らせ無事に帰還できたが、本国も大騒ぎになっている!
マルサネ王国はエルフ領と隣接する国、先祖代々エルフ族と戦ってきた国だ。
アルザスの奇蹟以降、エルフ族との戦争は行われなかったが………
しかしそのエルフ族が突如人族に宣戦布告をしてきたのだ。
一番エルフ領に近いこのマルサネ王国が戦場になる事は自明の理だ。
そして…… 本国に帰還した翌日、思いもよらぬ人物の来訪を伝えられる。
謁見の間に現れたのはソーテルヌ辺境伯だ!
⦅なぜ彼が今ここに居る? しかも我が国と因縁のあるモンシャウ砦のマクシミリアン将軍まで引き連れている⦆
そして彼は父上にここに来た理由を述べる!
『明日、エルフの首都アールヴヘイムを攻略に向かいます』と………
その衝撃の発言に、王族一同息をのむ。
そして彼はさらに衝撃の発言をする―――。
『私がすでに精霊シルフへの支配権を持っているとしたらどうしますか?』と………
その発言を聞き、父上が興奮のあまり震えるのが分かる。
おかしい、彼の使役している精霊は、水・火・木・月。 この四柱のはずだ!
『あっ!』彼が我が国に来た時に、大きな『青い狼』に乗っていたと聞いた!
まさか、この九日間に昔から伝え聞くアイフェル山脈に住むと言う『氷の精霊フェンリル』を従属させたと言うのか? ならばアイフェル山脈の麓を守るマクシミリアン将軍と一緒に居る事も説明がつく。
だが…… シルフはエルフ族の里、アールヴヘイムに居ると伝え聞く……。
どのようにしてシルフと契約したと言うのか……… 流石にこの場でハッタリの嘘はつくまい。
『ぎりっ』私は歯を食い縛る!
この九日間、私と姉上はシャンポール王都から、マルサネ王都に戻る事しかできなかった。
なのに彼は、この九日間でどれだけの事をして此処に来たのだ―――!
父上がソーテルヌ卿に願い出る、私を共に連れて行ってほしいと……
そして私もソーテルヌ卿と共にアールヴヘイム攻略に向かう事になる。
翌朝まだ夜が明ける前、私はマルサネ騎兵隊五〇〇〇の中で最高指揮官のソーテルヌ卿を待つ。
普通ならば、王族が待つなど考えられないが、父上もソーテルヌ卿に約束した、私が一騎士として参加すると。
私が騎士たちの中で待っていると……… 見覚えのある騎士を見つける。
あれはたしか…… 我がマルサネ王国公認の勇者パーティーに居たミデゥス……?!
『なっ!』ミデゥスの隣に居るのは姉上じゃないか―――!
私は直ぐに駆け寄る!
『姉上! なぜここに』みなに聞こえないように小声で話す。
『うっは! コート! バレちゃったみたいねミデゥス』
『殿下、だから言ったではないですか!』
『姉上! 隠れてこの遠征に加わるつもりなのですか?!』
『当り前でしょ、コート! シャンポール王都でソーテルヌ卿の戦いを見たいと切に思っていたのに、強引に王の命令で戻されたのよ! そうしたらまさかのソーテルヌ卿のアールヴヘイム攻略が始まると言う! これを見られなかったら私は一生後悔するわ!』
『し、しかしこんな事父上にバレたら―――』
『大丈夫だと思いますよ、コート王子』と後ろから男の声が聞こえる。
『勇者ヴォルタ、それにクインス…… ミデゥスも居ると言う事は……… それに国が管理している【勇者の証オリハルコンの剣】を持っている?!』
ヴォルタ、クインス、ミデゥス――
マルサネ王国公認のヴォルタの勇者パーティーがそろう。
『はい、陛下より子供たちを頼むと、この剣を渡されました』
『あら…… 父上には私の行動などお見通しだったのですね』
『はい…… 俺としてはありがたい話でしたがね。 俺も伊達に英雄と言われている訳じゃない! アルザスの奇蹟…… その実力を見させてもらいます!』
そんな話をしていると、ソーテルヌ卿が、マクシミリアン将軍を引き連れて現れる。
『ほぉ~ あのマクシミリアン将軍を従者のように従えての登場とはね………』ヴォルタが呟く。
『フン、ウチの英雄様はライバル心が旺盛すぎるようね』
『殿下…… 俺は自分の目で見たものしか信じない、いくら奴の噂を耳にしようが、噂なんてクソ食らえですよ!』
「マルサネ騎士団の皆さん、お集まりいただきありがとうございます! これからアールヴヘイムの攻略に向かいます」
ソーテルヌ卿の出陣の檄は激しいものでは無かった。
しかし………
⋘―――Ενδειξη・κρύβω(気配遮断)―――⋙
ソーテルヌ卿が集まった七〇〇〇の騎兵隊に『気配遮断』の魔法をかける―――!
『ば、ばかな! 七〇〇〇の兵に魔法をかけるって! ありえないだろう!』ヴォルタがその事実に愕然とする。
そして――― ソーテルヌ卿が巨大なフェンリルを顕現させる!
その体には黄金の鎖を巻き、体は神秘的な氷河と同じグレイシャーブルー。
フェンリルは見る者を畏怖させる!
『………………』
あれほど悪態をついていたヴォルタも、もう言葉は無い。
ソーテルヌ卿には、激しい言葉など要らない、その彼の起こす奇跡が騎士たちの心を揺さぶる!
「「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉ――――――!」」」」」」
一気に騎士たちの士気が最高潮に達した!
七〇〇〇の騎兵隊は、夜明け前の瑠璃色の世界を音もなく駆け抜ける、その行軍は神秘的な雰囲気さえ漂わせた。
一切音のしない異様な行軍―――
しかしその行軍に参加している者たち全て、私も含めて全てが胸を躍らせて馬を走らせていた。
『コート! ねぇもう鳥肌ものでしょ! こんな行軍、もう一生味わえないかもしれないわよ!』と姉上が叫ぶ。
『はい姉上! これからアールヴヘイム攻略なんてとんでもない行軍なのに――― まったく負ける気がしません!』
ソーテルヌ卿は、彼が約束した通り、無血でエルフの里アールヴヘイムを落として見せた。
そして、ハイエルフ六賢者を服従させ、エルフ族を傘下に下らせた……
その後、アールヴヘイムにシャンポール王都と同じ『精霊結界』を施し、エルフ族への庇護を約束する。
彼はエルフ族の宣戦布告から、たった十五日で戦争を終結させ、大国エルフ族を従属させてみせた……
その手腕は圧巻の一言だった、見ているだけで震えが来て鳥肌がたった。
彼に追従した一週間、それは私の人生を劇的に変える濃密な時間だった。
姉上も震える声で歓喜しながら、ソーテルヌ卿に追従した。
私は小さい頃から、比べられてきた。
姉上に比べて………
先代に比べて………
シャンポール国のミュジニ王子と比べて………
国民、家臣、親族、全てが私に誰よりも強くあれと……
それが次期王として当たり前の責務だと言われて、私もそれに応え乗り越えてきた。
しかし、いま目の前に乗り越えられない程の大きな山がある。
それを認めてしまう事は今までの私の人生を否定する事になる。
だから、わたしは目を背けてきたのだ……… 彼から。
しかし私はこの度の戦いで彼の隣に立ち、多くの事を学んだ。
私は彼には勝てない………
ソーテルヌ卿は、一王国の英雄と言う括りには到底収まらない。
その圧倒的力とその手腕は、王族の私ですら平伏して膝をついてしまいそうだ。
シャンポール王と英雄ラス・カーズは、彼を人族の希望と言った。
その事の意味をこの一週間彼の背中を追い続け、十分知ることが出来た。
ディケム・ソーテルヌと言う強烈で圧倒的な光に導かれて我々は彼の背中を追いかけ走り続けた。
そして私は理解する。
彼と同じ光を放つことは出来ない……。
だがしかし――! それは彼の土俵に立つからだ!
私は私の土俵で自分にできる最善の努力をすれば良い!
マルサネ王国の次期国王、それは彼にはできない事、私にしかできない事だ。
私はマルサネ王国の次期国王として、努力を続け、いつか彼の隣に立つに相応しい王になって見せる。
そして彼の力になろう。
『フン、少しはマシな顔になったようだな!』と姉上が私の頭をワシャワシャする。




