第三章22 貴族のたしなみ
謁見の間での陞爵・叙爵の儀が無事終わり、休憩を挟んだ後、夕刻より今回は王城のボールルームでの舞踏会が開催される。
前回俺がこの舞踏会に出席したのは三年前。
魔族軍カヴァ将軍の討伐後、伯爵に任命された後だった。
田舎の子供がいきなり連れてこられて、何も分からず壇上の上でお飾り感が半端なかった。
だが今回は十三歳になり、貴族としての経験も積み、前世での記憶も多少持つ。
この大人の社交場という場違いな戦場、様々な貴族の思惑が入り組んだ知略と策略の戦場では、前世のラフィット将軍の記憶が大きくものをいう。
⦅………。 意気込みはそんな感じだが、そんな酷い場所ではない⦆
通常の貴族は十二歳で社交のお披露目を行い、その後数々の社交をこなす。
その社交で気の合う相手、婚約者候補を見つける。
また、この社交で側近候補や自分が仕える相手、取り入る派閥も見つけるらしい。
⦅俺は派閥とか考えたこと無かったな~⦆
そして十三~十四歳で婚約、十五~十六歳で最初の婦人を娶る。
権力、経済力によって、婦人の人数は変わるが、男爵以上の上級襲爵貴族(爵位を子に継承)は、第三婦人くらいは普通だそうだ。
これは、爵位を代々受け継がせる子供の数が欲しいという事もあるが、政略結婚の意味合いも大きいらしい。
貴族同士の争いは、武力ではなく婚姻で行うのだそうだ。
平民だった俺には、政略結婚には忌避感があるが、むしろ貴族には争いを避けるために行う常套手段、義務のような物だという。
受け継がせる子供の数が欲しいという事も、襲爵貴族でも子が居なければそこで断絶となる。
人族滅亡危機の今、跡取り候補一人だけでは直ぐに戦争で死んでしまうらしい。
血の繋がらない子供を養子に迎え、襲爵させる貴族も多いいと聞く、貴族には自分の血よりも、その爵位を続けていく事の方が大事なのだ。
⦅威張っているだけだと思ったけど、貴族も大変なんだな……⦆
だからラスさんとラローズ先生は貴族の常識からはかなり逸脱した存在だ。
まぁ、ラローズ先生は家出して冒険者になった時点で不良娘なのだろう。
ラスさんが、一代限りの名誉伯爵だと言う事も、先に進まない理由なのかもしれない。
騎士団第三部隊のマクシミリアン将軍も、副官のエミリーさんと仲良さそうだったけど未婚だった。
人族滅亡寸前のこの十年あまり、貴族の慣例など有って無いような物だったのかもしれない。
この頃俺は、王城のマール宰相に呼び出されては、毎回言われる困った事がある。
『婚約者』と『側近』だ。
この婚約者をそろそろ決めよ、と言うのはいきなり言われても無理だ。
諦めてもらうしかない。
しかしもう一つの『側近を付けろ』これは確かに必要みたいだ。
側近が居ないから細かな連絡も行えず、王国での細かな内勤実務が滞り迷惑なのだとか。
今までは全てマール宰相が肩代わりしてくれていたそうだ。
お手本になりそうな俺の身近な上級貴族は、ラスさんしか居ない。
ラローズさんは親が伯爵なので本人は伯爵ではない。
⦅二人は軍事色が強いから、側近も兵士っぽいんだよな……⦆
俺には、ララ、ディック、ギーズが居るけど……
⦅友達であって、側近では無いんだよな……⦆
今日もマール宰相からは、常日頃から社交に出席して――
『婚約者と側近を早急に探せ!』だの
『その方なら見つけるのは容易いだろう、何をグズグズしている』だの
『探したくても断られる下級貴族の身にもなって見ろ!』だの
とグチグチ言われている……。
⦅もう、貴族界のお父さんみたいだ………⦆
特に今回の舞踏会は戦争もひと段落し、三種族同盟も締結し、人族としては久しぶりに明るい雰囲気で執り行われる。
『今回のような大きな舞踏会はチャンスだ!』とか…… メンドクサイ
俺は舞踏会用の衣装に着替え、ララが着替え終わるのを待つ。
ララの初めての舞踏会デビューのエスコートは、誰にも譲る気はない。
⦅今日だけはディックとギーズが居ない事をありがたく思う、ララのエスコート役で奪い合いになるところだった⦆
俺が着替え室前の待合室でララを待っていると……
マクシミリアン将軍が俺の所にやって来た。
タキシードに身を包んだ将軍とその隣にはイブニングドレス姿の美女。
いつもとは雰囲気が違う、とても奇麗に着飾ったミラー伯爵の令嬢エミリー・ミラー嬢だ。
その着飾った姿からは想像もできないが、軍服でいつもマクシミリアン将軍のそばに控えている副官殿だ。
もう…… なんだろう。 まさに上級貴族の美男美女と言った絵になるお似合いの二人だった。
「これは副官殿……、いやエミリー公女。 とても美しい! 軍服姿しか拝見したことが無かったものですから見違えました」
『ありがとうございます』とエミリー嬢は真っ赤な顔で答えた。
「ソーテルヌ閣下、先ほど伯爵への陞爵と第二部隊への任命を受け、その足でエミリーに結婚を申し込みました!」
「へ………?」
「彼女の亡くなった姉、メアリーは第二部隊の隊長官位だったんです。 私達の憧れの人でした。 そして『伯爵になれたらエミリーとの事を許してくれる』と言うのが私とメアリー姉との約束だったんです……… 正直もうこのまま結婚出来ないかと焦っていました。 閣下のお陰です! どうしても最初に報告したくて来ました。 ありがとうございました!」
『あ…… ハハ。 おめでとうございます』いきなりの事で、気の利いた言葉も出てこなかった。
メアリー隊長はたしか、六年前の『アルザスの悲劇』で亡くなったと聞く。
そうか…… 人に歴史あり、マクシミリアン将軍が今まで結婚しなかったのには、他人が簡単には立ち入れない理由が有るんだな……
⦅聞かなくてよかったよ~ アブネ⦆
「そうだ後日お祝いに、うちの屋敷に来ませんか? 折角ですからきちんと祝わせてください」
「ありがとうございます。 陛下を招待されたと噂のソーテルヌ邸の夜宴ですね? 楽しみにしています」
後日改めて祝う事を約束し二人を見送った。
二人を見送った後、ちょうどララが出てきた。
ララの水色のロングヘアーは後ろで編み込まれ、生花で飾られている。
その水色の髪に合わせてイブニングドレスは、水色、青、紺を組み合わせた、アジサイの様に色の組み合わせがきれいなドレスだった。
舞踏会のドレスは、主催者や主役以外は白を来てはいけない。
ララの髪色には白も似合うが、今日のドレスも格別に美しかった。
俺は手を差し出し、ララをエスコートする。
そして、華やかなボールルームの舞踏会会場への扉を潜る。




