第8章 ギルド長のゼン
部屋に入ると年配の男が窓際にある机の椅子に座っていた。
元冒険者だったのか鋭い眼光とムキムキな身体をしていてエレナは少し怖かった。
受付嬢にソファーへ促されステラと座ると暖かい飲み物が出された。
男は移動して来ておもむろにドカっとエレナ達と向かいのソファーに座るとエレナ達を睨んだ(本人はそのつもりは無い)。
ステラは怖いのかエレナの袖をぎゅっと掴んで震えていた。
「俺はここのギルド長をやっているゼンだ」
『エレナと言います』
「君がこれを売りたいというのは本当かね?」
ゼンの視線が机の上のさっき受付嬢に渡した赤い宝石に移るとエレナは頷いた。
『はいそうですけど』
「君はこれが何か知っているか?」
ゼンの顔には少し戸惑いの表情が現れていた。
『いえ、何か特別な物なのでしょうか?』
「これはマナの結晶石と呼ばれる物だ鑑定させてもらったが間違いない」
『マナの結晶石?』
「マナの結晶石にはその名の通りマナが凝縮されていて使うとマナの力が増幅したり体内のマナの回復が早くなる物で大変に貴重で高値で取り引きされてるんだよ」
(という事はこれはかなりのレア物なのかも!)
エレナは貴重という言葉に期待が膨らみ値段が気になり始めた。
「しかも大きさにも価値があり普通の大きさでもこの宝石の半分くらい大きくてもこの3分の2程度だ」
『もし売るとどのくらいの値段になるんですか?』
「1000」
『1000ラナ?』
「違う1000万ラナだ」
(マジか⁈ 一生宿屋で暮らせる額じゃん! 売ってもまだ他に3つあるし1個くらいいいよね?)
エレナは当分の活動資金が手に入ると思い喜んで答えた。
『売ります!』
「本当にいいのか? まあ話を聞いてなお売りたいと言うなら止めはしないが……では額が額だからな少し時間がかかるぞ」
『はい、あとお願いがあるのですが』
「ん? なんだ?」
『この結晶石の出所をできれば僕からだと言わないで欲しいのですが』
エレナは余計なトラブルは避けたかった。
「確かに色々な面倒事に巻き込まれるかもしれないしな、売った者は何処かへ行ってしまったと言っておこう、受付した者にも話しておく」
『ありがとうございます』
ゼンがいい人で良かったとエレナは胸を撫で下ろした。
『後聞きたいのですがマナの結晶石の色で何か違いがあるのでしょうか?』
エレナは気になっていた事を口にするとゼンは少し考えた後結晶石について説明を始めた。
「まずこの結晶石がどうやってできるのか気にならないかね? マナは人からしか生み出せないものだ」
(どうやって? マナ使いの人が水晶か何かにマナを込めたりして作るのかな?)
『マナを使って人工的に作られた物とか?』
「残念ながらハズレだ、それだったらこんなに価値が付かんだろ?」
(確かにそうだな……という事は自然に出来た物、化石みたいなことかな?)
「これは昔存在していたマナ使いそのものだよ、今は存在しないがその昔この大陸には大きな力を持ったマナ使いの一族がいたんだ」
(ちょっと話が長くなりそうだな)
既に隣でステラは眠そうに頭を上下にコクコクと揺らしている。
「その一族は人里離れた場所で生活していたがその力を恐れた者も多くいた特にカダル王国の人間だな。そしてある時その一族の村に魔物の群れが押し寄せるという事件が起きたんだ、それを好機と見たカダル王国は彼らを根絶やしにしようとした」
それを聞いたエレナは違和感を感じた。
(何で人里離れた場所で起きた事を知っていたのかな? もしかしてその王国が村を常に見張ってたか、ちょっかいを出していたのかも)
「各地に逃げ延びた一族の者は王国の兵士から逃げ切れないと悟ると魔物になって戦ったそうだ、これはその魔物を倒した時に出る結晶石だ、一族の人間が魔物になる時に自らを結晶化するんだろう」
(洞窟にいたのは元人間だったのか⁈ じゃあユギルはその一族の人間なのかな? またなって言ってたしその時に聞いてみよう)
「結晶石の色や大きさは元の人間のマナの量や強さで変わると言われているが数が出回っていないから分からないことも多いらしいな」
『よく分かりました、そんな歴史があったんですね』
「ところで君は冒険者にはならないのかね? 結晶石を手に入れる程の力だ、自信があるなら登録していくがいい」
『そうさせてもらいます』
「分からない事は受付嬢に聞いてくれ」
(冒険者かぁ、まあ登録しておいたほうが色々情報も集まりそうだし良さそうだ)
『あ! そうだ!』
隣りで眠ってしまったステラを抱き寄せた。
『この子の事なのですが、実は……』
ゼンに事情を説明した。
「その報告はこっちにもきている。襲われたのはバルト村だ、そうかその子は生き残りか」
『他にそこから逃げてきたという報告はないのですか?』
「まだ聞いてないな、報告を聞いたが他の生存者については厳しいだろうな……この街にはその子の様な孤児を預かる場所があるが」
エレナはステラの安らかな寝顔を見るとそんな気にはなれなかった、ゼンに首を振って答えた。
『まだこの子の両親が死んでんいるか分かりませんし、それにしばらくそばに居たいんです』
「分かった、何か情報が入ったら提供しよう」
『お願いします』
話が終わるちょうどいいタイミングでガチャっとドアが開くと「準備が出来ました」と女性が袋がつまれた台を持って入るとすぐに「失礼します」と出ていった。
(すごい量だな……)
手で触ると指輪に収納していくがそれを見たゼンは唖然としていた。
(しまった……驚いてる……)
エレナはいつものように指輪に収納するとそれを見たゼンの反応にやってしまったと笑ってにごす事にした。
『はは、これはご内密にお願いします』
「君は一体何者だね? もしかしてどこかの王族のものか?」
少しエレナの正体が気になり出したゼンにエレナは焦る。
『違いますよ、ちょっと世間知らずなだけで』
「まあ余計な詮索はしないがあんまり面倒事に巻き込まれないように注意しろよ」
はやく部屋を出ようと隣りで寝ていたステラをゆすって起こすとステラは目を擦って欠伸をした。
『ステラ待たせたね、行こうか』
「うん……」
エレナが冒険者ギルドでゼンと話している頃、町では事件があったかのような騒ぎになっていた。
「本当だってメチャクチャ綺麗なんだぞ!」
「本当かよお前女の趣味わるいからなぁー」
「じゃあ見てみろよ今冒険者ギルドにいるらしいぜ」
「なあ女神様のような綺麗な顔をした人が今冒険者ギルドにいるらしいぞ!」
「見た人によると誰でも見惚れるくらいの容姿だってさ」
あちこちでそんな話がされ冒険者ギルドには人が集まってくる始末だった。
「あの! 冒険者以外の方は入って来ないで下さい!」
受付嬢を含め職員が動き回って事態の収拾に走り回っていた。
エレナの受付をした受付嬢はこの状況を見ながらエレナの顔を思い出す。
(確かに可愛いし綺麗な顔してたわね、この私が一瞬止まったくらいだから、でも彼女何者なのかしら? さっきギルド長から結晶石に関する出所について秘匿するよう言われたし、はぁーこれからしばらくはこの状況が続くかもね)
ため息をつく受付嬢の耳に奥の扉が開く音が聞こえ噂の美少女を確認する。
(あ、噂をすれば!)
エレナとステラが部屋を出ると一斉に視線が集まった。
(な、何があった⁈)
エレナは先程の空いていた部屋が満杯になっていて驚く。
「あれが噂の美少女か、確かに可愛いな」
「いや綺麗といった方が正しいな」
「噂以上じゃねえか!」
「本当に綺麗な子……うちのパーティに誘いましょうよ」
「でもギルド長の部屋から出てきたぞもしかしてどこかの貴族か王族なのかな」
あまりの人の多さに固まっているエレナの隣ではステラが「エレナお姉ちゃん人気者だね!」と笑顔で言っていた。
(もうどこにいてもこれだな、ひとまず宿屋に行こう)
エレナは注目の中そそくさとステラの手を取りギルドを出て行った。