第1章 プロローグ
始業式を終えた[瀬名 修一]は桜が舞い散る道を駅に向かってひとりで歩いていた。
『今日から高三か……何かあっという間だったな』
そう独り言を言いつつ空を見上げると雲ひとつない真っ青な景色に桜の花びらが舞っている。
春を告げる少し生温い風が修一の顔を撫でた。
(何だろうこの季節は切ない気持ちの方が新しい出会いの期待感を上回ってしまうのは俺だけか?)
「よぉ瀬名」
後ろの方から修一を呼ぶ声が耳に入ると修一は溜め息をついた。
その理由は残念ながら男の声だったからだ、しかもそれが学校で一番聞く声だと分かると更に溜め息が深くなる。
(可愛い女の子だったらこの切ない気持ちも吹っ飛ぶのになぁ)
『なんだ坂田か』
後ろを振り返ると見慣れた仲のいいダチがいたのでいつもの塩対応的な調子で応えた。
この坂田とは、放課後になるとすぐにバイトに行ってしまう弊害でクラスで孤独になっている修一の唯一の友達と呼べる存在だった。
「なんだとは何だよ! 冷たいなぁこの! 今日もバイトか?」
そう言って修一の首にグっと腕を回す。
『いてて! ああ今日からタイ料理店でバイトなんだ』
「はあ!? またバイト変えたのかよぉ」
『まあな、色んな飯屋で働いて作り方を知りたいんだよ』
修一は料理に関しては趣味を越えており、高1になってから和食、イタリアン、中華とバイトをやって作り方など勉強していた。
坂田は呆れた顔をしている。
「はいはい相変わらずの料理バカだな! 引くわ」
『バイトは続けなきゃいけないんだし、これをうまく生かさなきゃね』
中学2年の時に事故で両親が亡くなり親戚に引き取られたが上手くいかず修一はとにかく早く自立したかった。
高校生になり一人暮らしをしたく義父に掛け合ったがバイトを条件に出されるとバイトで料理を勉強できるし一石二鳥じゃん!
と、この条件を受け入れ一人暮らしを始めた。
将来は料理人になって多くの人に美味しい料理で幸せにしたいと日々勉強をしている。
「そうだ!お前に言いたい事があったんだ!そろそろ返せよブレイズファンタジー」
大ヒットしたRPGだからと無理やり押し付けられたゲームなのだが普段そんなにゲームをしなかった修一は何となくやってみるとあまりの面白さに夜中までやるくらいハマったのだ。
美形の主人公が魔王を倒す旅に出るオーソドックスな展開だが道中で出会うパーティーメンバーの女の子と結婚出来る恋愛シュミレーション要素が含まれている。
グラフィックのクオリティも高く魅力的な女の子が多く用意されていた。
さらにこのゲームの世界は一夫多妻制で何人でも嫁にできるので頑張れば全てのヒロインと結婚できたりする。
「お前の推しって誰だっけ?」
『言ってなかったっけ?圧倒的にエレナだな』
このゲーム第一夫人にしたヒロインのステータス上昇値が上がり新しい技を覚えるので必然的に最終メンバーに入る事になる。
修一はエレナというヒロインに第一夫人はもちろん新しい装備を真っ先に与えていたほど気に入っていた。
「まあエレナは人気投票でも1位だからな」
最近ネットで公式が出したファンによる人気投票がありエレナは圧倒的な1位になっていた。
『ソフトのパッケージにも大きく写っているしメインヒロイン扱いが露骨に出てたけど俺は顔とかの見た目じゃないんだよ! 性格が好きなんだよ!』
俺は他とは違うと言い張る修一。
『悪いもう少しでクリアできそうだから今日終わらせるよ』
「絶対だぞ!明日返さなかったらエンディングのネタバレするからな」
坂田は意地悪そうな顔をして「嫌だろ?」と言ってくる。
『わかったよ!じゃあ駅に行くから」
別れ道に来たので軽く手を上げて駅の方へ歩いて行く。
「おー、まあ頑張れや」
坂田からのねぎらいの言葉を背に受けバイト先に向けて歩いているとさっきの会話を思い出す。
『料理バカねぇ』
(いつからだっけな料理人を目指す様になったのは……きっと母さんの影響だろうな)
修一の母親は料理が得意で作れるレパートリーは数知れず小さい頃から修一は毎日美味しい料理を食べては幸せを感じていた。
(美味しそうに食べる俺を見て嬉しそうに笑ってたな)
少し感傷的な気分になると赤くなった目から出そうな涙を堪えた。
やがて駅近くにあるバイト先の店が見えた時、遠くから聞こえる女性の悲鳴が修一の足を止めた。
その悲鳴で修一に緊張が走ると騒ついていた駅の方に視線を移した。
(何かあったのか? 事故か? 駅の方でザワザワしてるな……様子を見てみるか)
駅の方へ歩いて行くと向こうの方で数人が何かから逃げる様に走って行くのが見えた。
その表情は恐怖でこわばっており必死さが伝わる。
すると遠くの方で怒号が発せられた。
「逃げろー!!」
「早く逃げろ!」
「キャー!!」
(あれ?昔ニュースでこの光景を見たことあるぞ確か秋葉原で……)
「やだー足痛いぃー」
「お願いだから立って!」
その時数十メートル先でうつ伏せで泣いている子供を必死で起こそうとしている女性が見えた。
(マズい!あれじゃもし通り魔がいたとしたら標的にされる!)
すぐに女性の元へ駆け寄り声を掛けた。
『大丈夫ですか!何があったんです!?』
「は、刃物を持った男が」
顔が青ざめている女性の言葉に背筋がぞくっとして恐怖に襲われた修一は何とか体を動かし子供の前に跪いた。
『は、早く逃げなきゃ! この子は僕が抱っこしていきます!』
「すいません! お願いします」
泣きじゃくり駄々をこねる子供を何とか抱えた……
「キャー‼︎」
ドス!
修一は背中に焼ける様な痛みを感じその場に倒れた。
耳には男の奇声が聞こえるが体が動かない。
(痛ってぇ……まだやり残した事があるのにここで死ぬのかよ……)
徐々に意識が薄れていく、子供と女性の泣く声を聴きながら修一は心の中で呟いた。
(ごめんね守れなくて……)