第六話
ああ、やっぱり、やっぱりだ。なんとなく気配が、最近多く感じていた何か……恐らく直感の履歴あたりに引っ掛かったと思ったんだ。これあの大陸で散々っぱら戦った魔族のやつだな、間違いない。
しっかし、なんでこんなとこに魔族が隠れるようにして歩いているんだ? 確か魔王や四天王以外のやつらは、あの時の最終決戦で惜しみ無く、魔物を率いる将とか兵とかとして投入され続けたはずで、そんで途中から姿をまったく見なくなって、だからてっきり全滅したものと思っていたが……
一体なんで、こんな人間の都市に「離して──!」もわっぷ?! あっつ、顔が急に熱い! まるで火炎の放射を直に浴びたくらい熱い!!
「っぶは、てっめいきなりなにすんだ俺じゃなかったら顔だけ先に火葬されてたとこだぞ!」
「そんっ、……なんで無傷……!?」
そんなん俺が聞きたい。昔っから身体だけはむちゃくちゃ丈夫で、生まれてこの方怪我らしい怪我や病気らしい病気なんてしたことがない。まあ、多分生まれが生まれだからだろうが……っと、それは一旦置いといて、
「てめぇ、いきなりこんなことするってこたぁ、やましい……それこそ人様に、殺してでも知られたくない何かがあるってことだよわっぐ」
こい、……こいっつ、懲りずにまた俺の顔面燃やしやがった。しかもさっきより勢いが激しい……いや、火力の問題じゃねーし、そもそもこんな程度じゃ髪の毛一本も焦げねーし、せめて火竜の全力吐息ぐらいじゃねーと……いや、それでも軽い火傷ぐらいだけど。
「そんな、これでも……?!」
いやこれでもじゃねーよ、なに“自分の全力を込めた一撃防がれた”みたいな声出してんだキレんぞ──ああ、違う違う、落ち着け俺、今はとりあえずこいつから目的を聞き出さんと……
「──おい」
「ひっ……」
お、いい感じにビビってくれてる、これなら快く質問に答えてくれそうだな……
「まず、再確認しとくぞ。
てめえは、魔族だな?」
「は、はひ……そう、です、魔族です……でも、」
「ん?」
「よく、分かっ「あ"?」っ、……分かりました、ね。あたし、その、変装、の……」
ああ、魔族お得意の人化かしな。確かにあれには何度も手を焼かされたが、あんなんよくよく見ればすぐに分かる……ってか、目の色が全く変わってねーから近づいてみれば一発で判別できる。いや、それ以外は肌の色から体の臭いまで完璧に人間だし、そもそもそこしか見分ける部分無いからそこ隠されたら……まあ、それこそさっきみたいな微妙な気配の差異ぐらいでしか探知できないだろうな。
けど、とりあえずここは、
「ああ? あんな程度の変装魔法、俺の眼からすれば眼鏡かけただけぐらいにしか見えねーよ──ばれっばれだっての。
まったく、あんま人間侮ってんじゃねーよ」
お、さらに目が恐怖に歪んできたな……これならなおさら素直に質問に答えてくれるだろう。
だが、あんまりここに留まりすぎるのも良くない。だって俺ってば今人類最強パーティに命を狙われてるからね、そろそろ移動しないと存在そのものを抹消される、比喩抜きに。
しかし……なら、どうするか。この魔族から聞き出したいことは山ほどあるが、けれどこいつを抱えたままあの勇者一行たちから逃げ切る自信など当然無い、だって足手まといにしちゃったから……いや、恐らくこれが万全でも、結局同じ結論に達しただろうけど。
いっそのことこれをあいつらへの囮にするか? そっちのほうがいいかもしれん、何せ例え雑魚とはいえ魔族、あいつらは間違いなく殲滅のために一手これに割く。そんでこいつは……何を企んでるか知らんが、その抱えた企みごとこの世から消し飛ぶ。さらに俺はその隙を突いて逃げられる……あれ、これやらない理由が無いな。
よし、そうと決まれば「見付けたぁ……!」げっ、やっべ、まだ逃げる算段が……!
「ようやく追い詰めたぞ、この罪人が……!」
「さあ、懺悔なさい……いや、しなくてもいいわ。
どうせしたって、お前が行くのは──地底の牢獄って決まってるんだから」
「いいえ、それすらも許さない……貴様の肉体から魂まで、ありとあらゆる全てを……
──消し、散らせてやる」
あ、やっば、これちょっと殺意が尋常じゃない、もうこれだけで並みの竜とかなら気絶したあと心の臓が止まってるレベルだよこれ、いやぁこんなに怒ってくれるなんて、かつての俺はなんてしあわせものだったんだ──これがこっちに向けられてなきゃ最高の気分になる自信があったんだが……まったく人生はままならんな。
「……ぅ。うあえうえあ……?!!?」
おや。よく勇者一行の全開殺気を、余波とはいえもろに浴びて、よく正気を失うだけで済んでるな……てっきり心の臓が止まってそのままぽっくりかと思ったが、なんだ意外と丈夫じゃないか──と、あ、やめろ、そんな暴れたらフードが取れちまう……
「うー! うぅー!」
あ、こいつ幼児にまで精神退行しやがった! やっめろそんな頭振んな、今魔族と一緒にいるとか思われたら今後人間がいるところで住めなくなんだろ、いや、こら、だからてめ、暴れ、暴れん、
「うぁーー! やーあー!!」
あ──
「…………! その目──貴様、貴様が抱えているそいつ……、そいつは…………!!」
────終わった。
「なるほど、…………なるほど、ならば、ならば貴様も……貴様は……!!」
あー。あー。やっばい。あれなにかとんでもない勘違いしてるやつだ、俺が魔族と繋がってるとか思われてるやつだ、俺がこいつ手引きしてなんかするとか思われてるやつだ──ちくしょう、こうなったらこいつ差し出してももろとも死ぬじゃん……もう囮とか意味無いじゃん……あ、こら、人の耳を掴んで遊ぶんじゃない、はははこの困ったちゃんが殺すぞ。
「……そうか。そうか。本来ならただ捕縛だけで済ますはずであったが、こうなってしまっては、ああ、ああ、仕方がない……!」
いやさっき魂まで滅する気まんまんだったじゃねーか、今こいつを殺す理由が出来て嬉しいですっていう凄惨な笑み浮かべてるじゃねーか──くっそ、これ、これはどうやって逃げたもんか。
あっちはいつの間にか最終決戦仕様の最強装備、しかも殺意全開の臨戦態勢。しかしこっちはそこらの村人仕様の最弱装備、ついでにでけえ幼児まで抱えている……このヤロー絶望的にもほどがあんだろいい加減にしろ。
ちくしょうこちとら丈夫さだけがウリのただの凡人だぞ……こんな状況を打開するだけの知恵だの天啓だのが降りてくるわけないだろ、つーか見つかった以上どうやっても逃げられるわけがねえ。だってあっちには今も両手に持った短剣でこっちの首元狙ってる例の斥候ちゃん(21才・女性)がいるからな、なにあの娘常に俺の死角に入ろうとじりじり動いてんだけど、普通に怖いんだけど。
まあ、逆に言えばあいつを何とかすれば、とりあえずしばらく動けなくできれば……もしくは目を塞げれば、なんとか……いやでもあいつ確かこの前目を暗闇で覆われても普段と変わらず敵殺ってたし、そういうのの対策もしてるって言ってたしなぁ……ちょっと狙うのは無理か。無理だな。
……よし! じゃあもうこそこそ逃げるのはやめっか! こうなったら逃げられないしな、しゃーないしゃーない、無理だって無理。
「……。どうやら、観念したようだな」
「ここまで、そこらにいる溝鼠みたいに逃げ回っていたっていうのに、諦める時は意外と潔いのね」
「……まあ、だからってあなたの輪廻がここで終わることには変わりないけど」
おっと、言いたい放題言ってくれるな、別にどうでもいいけど……っとと、とりあえずこの魔族はおんぶしといて……こらこら髪の毛掴むな引っ張るな抜けないけど痛いことは痛いから。
さて、それじゃあ──
「さあ、さっさと死「う、っらあああああああ!!」なっ──」
真っ向から──打開するとしようか!!