第二話
はて、あれから何日経ったのか。自身の最善を尽くすため、とかく町を探し歩き──歩き──歩き。
もはや日にちの感覚も薄れるほどに日の出と落日を見送り、……そうしてようやく、ようやく目の先に捉えることができた──パーティの本拠地が据えてある王国を。
結論から言ってしまうなら、自分が吹っ飛ばされたあの森、およびその周辺、どころか魔王の居城が存在するあの大陸自体に、そもそも人が全く住んでいなかった。
まあ、そりゃそうだ。誰が好き好んであんな人類の敵対種しか棲息してない、文字通りの魔の大陸に居を構えるかって話で、そして俺はその事実に気付くのにたっぷり数日を要した。
そんな自分のバカさ加減に心底うんざりしつつ、もうじゃあいっそのこと、一旦拠点のある王国に戻った方がいいんじゃないか、そうすればきちんと準備できるし、と判断、その他なんだかんだと理由を付けて、王国への帰還を開始した。
……まあ、ちょっと自棄を拗らせて始めた決死行ではあったものの、しかし大陸どうしそのものは隣り合っていて、しかも魔王討伐の道中で大陸間には橋のような雲が架けていたため、旅路自体は難しいものではなかった。
とはいってもその道程は遥かに長く、とても両の指では数えきれない日数が掛かり、この時ほど自分に体力やら野営の知識やらがあってよかったと思った日々は無い。王国へ続く石畳を目にした時は思わず涙が出そうになったほどだ。
けれど、ああ、けれどそんな苦労もやっと終わる。もう自分の盾を野草を焼く鉄板がわりにしなくてもいいんだ、もう盾から漂ってくる焦げた臭いに悩まなくてもいいんだ──なんて感慨を胸一杯に広げ、敷き詰められた石畳の上を駆け出す。
そうして国の出入り口である門まで到着した時、そこで門番をしていた兵士二人におい、と呼び止められる。
おっと、これは少し気が逸りすぎたようだ、まずは入国の許可を貰わないと。
「あっ、と……すまん、勇者一行のサンドだが……」
まずは無難に身分を明か「バカを言うな!」え?
「貴様のような襤褸しか纏わぬ卑しき者が、よりにもよって彼の“静なる盾”を騙り、ぬけぬけと王国に入り込もうとするとは不届き千万!
何を企んでいるのかは知らんが、この国には足指一本たりとて入らせはせぬぞ!」
がごぉん! と痛烈な音を立て、目の前に金属製のバツ印が現れ、……そこで俺はようやく自身の格好に気が回った。
……ああ……そういや、未だに上裸のままだったな……下履きも……何日も旅してきたせいで……穴だらけに……
……あれ? これ完全に不審者じゃね? しかも勇者一行の名を騙って入ろうとしてるから不敬罪が加わって……あっ、
──やっべ、このままだと間違いなく牢屋行きになっちまう……!
なにか、なにか証拠──あ!
「だっ、ちょ、えと、待て! これ見てくれ、これ!」
何やら既に“不敬”だの“逮捕”だのといった言葉を飛び交わしている兵士たちの目の前に、慌てて背に負っていた半壊盾を、示すように持ち上げる。
最早フライパンもどきと成り果てている我が相棒ではあるが、しかしまだその全貌は盾の面影をまだ残しており、加えて確かこれ、王都出立の際に国民全員の前で掲げたから、兵士なら多少なりとも見覚えがあるはず……!
「うん? なんだこれは、こんながらくたがどうしたというのだ」
駄目だ、通じねえ……そりゃあそうか、こんな文字通り半壊したこいつじゃ、使い手の俺はともかく一度完全を見ただけの彼らでは判別など出来ようはずもない……
ああ、くそ、一体どうしたら……「おや、おや、どうやら揉め事のようですが、はて、これはどういう状況なのですかな?」お……
「「……!」」
後ろからの声が掛かった寸後、目の前の兵士たちの顔が、驚愕、と……これは緊張か? 緊張だな、うん。緊張に固まっていく。
この反応から察するに、今背後にいる誰かはこいつらにとって大分“上”の人物のようだ──と──するなら。
「ああ、ああ、兵士さま、兵士さまがた! どうか、どうかこの門をお通しして下さいませ、この町へと入れて下さいませ!
わたくしこの先に家を構える母に、今も一人寂しくわたくしを待っている母親に、一目顔を見せたく遠くからここまで旅をしてきたのです!」
利用しない手は、無い、よなぁ?